第3話 魔法陣

「……るな」


 少年は俯いて何事かを呟いた。


「え?」

「ふざけるなと言っている! そのナリで魔術師だと!? 子どもと見て侮れば、困るのは貴様だぞ!」

「いや、ふざけてなんて……」


 困惑されたり笑われたりするのはよくあるが、突然キレられたのは初めてだった。


「いいだろう! 貴様の実力を見せてみろ! 魔術師としての力をなあ!!」

「見せてみろって言われても……」


 少年は胸倉を掴みかかる勢いで怒鳴り散らしてきた。


「僕相手に見せることもないと、そう言うのか!」

「そうじゃなくて、俺、魔力ないから、魔術は使えないっていうか……」

「はあ? 魔力のない魔術師だと!? 貴様、僕を馬鹿にするのもいい加減にしろ!」

「ちょっ、馬鹿になんて……!」

「いいだろう! 来ないのならばこちらから行く! この家もろとも吹っ飛ばしてくれる!」


 少年は一歩下がると杖を掲げて呪文を唱え始めた。

 こちらの言葉はまったく耳に入っていないようだ。


 展開が早すぎてついていけない。

 どうやら地雷を踏んでしまったらしい。


 言葉が空気を震えさせ、ふわりとローブが持ち上がる。


「わーっ、やめろやめろっ!!」


 なんっつー強力な魔術をぶっ放そうとしてるんだこいつは!

 銀髪も特審官の肩書きも伊達じゃないってか。


 やめさせようとするが、魔力の奔流ほんりゅうに弾かれて手が出せない。

 一緒に来た女に助けを求めて視線をやるが、にやにや笑ったまま眺めているだけで、動く気はなさそうだった。

 止めろよ! 止めてくれよ! あんたの雇い主だろう!?

 

「危ない! 危ないからっ! 結界が……!」


 猛烈な早口で呪文を唱え終わった少年が、杖を振り下ろし、ことわりの言葉を叫ぼうとしたその瞬間。


 バシインッと、弓の弦が弾け飛んだような、タライいっぱいの水を岩の上にぶちまけたような、鋭く激しい音がした。


「うわああぁぁっっ!!」


 同時に弾かれたように少年が宙を舞い――


「……ぐえっ」


 ――落ちた。


 うわ痛そう。

 だから言わんこっちゃない。


「だ、大丈夫ですかっ!?」


 慌てて、吹っ飛んでいった少年の元に駆け寄った。

 よかった。生きてる。


「ぶっ」


 ぶ?


 声がした方向を見ると、護衛役の女が腹を抱えて笑っていた。


「ぶっひゃっひゃっひゃっひゃ! シャル、んだよそのザマはっ! いきなりキレて、自分からっ、自分から仕掛けた挙句に、吹っ飛ぶとかっ! マジあり得ねぇっ!」


 ええええぇぇぇ……。

 そこ笑うところ? 心配するところじゃなくて?


「くそっ。なんだ今のは」


 痛ててと後頭部をさすりながら少年は起き上がった。

 意外と丈夫だ。

 下敷きにされた俺の畑は無事ではすまなかったけれど。


「家の周りに魔法陣を敷いて、魔術が発動しないようにしているんです」


 手を差し伸べて少年を助け起こす。

 ああ、俺のアカナスちゃん。今日の夕飯にしようと思っていたのに。


「魔術が? 魔法陣で?」


 ぱんぱんと泥だらけになったローブを払っていた少年が俺を見上げ、ぱちくりと緑色の目を瞬かせた。


「ええ、発動直前の魔力を吸収して術者にぶつけるっていう単純なものですよ」

「単純……? これは貴殿が?」

「そりゃあ、自分の家ですし」

「そうか」


 少年は少し考え込むような顔をした。

 そしてぶつぶつとつぶやき始める。


 ってそれ呪文じゃねえか!


「ストーップ! だから魔術はダメですって!」

「ああ、無意識だった。すまない」


 少年は、いわく「無意識に」持ち上げていた右手を不思議そうに見た。 

 無意識って。これだから力の強いやつは。


「ローブの泥を落としたいのはわかりますけど、後で離れたところでやって下さい。魔法陣だって劣化するんですから」


 あと数年はもたせるつもりなのだ。修繕するには家を取り壊してどかさないといけない。


 でもさっきのでかなり消耗しただろうなあ。一軒どころか五、六軒吹っ飛ばせる規模の呪文じゃなかったか。


「おい、リズ! いつまで笑ってる!」

「あはは、ごめん、ごめん。いやおかしくって。だってぽーんって! ぽーんって綺麗にすっ飛んでくもんだからさ」


 少年が怒鳴った方に振り向けば、護衛役はまだ笑っていた。地面にうずくまり、涙を拭きながらひぃひぃ言っている。

 笑い上戸なんだろうか。


「……」


 少年は少し顔を赤らめて押し黙ってしまった。


 気まずい。


 白いローブが泥だらけになってしまったことも。

 そして特審官サマを、故意ではないとはいえ、吹っ飛ばしてしまったことも。


 明らかに自業自得だし、むしろ一方的に攻撃されそうになった俺は怒っていいと思うのだけれど、キレて反撃に合うという情けない事態に、同情すら覚えていた。


「ああ、そうだ。じゃあその泥、俺が手伝いましょう」


 とりあえず空気を変えるために、提案してみた。


「ここでは魔術が使えないのでは? まさか手洗いするとでも?」

「魔術は使えませんが、魔法陣なら使えます。ここじゃちょっと都合が悪いので、こちらへどうぞ」

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