第3話
(どうしてこんなことになっているんだろう……)
テントの立ち並ぶ境内を背に、叱られた子供のようにとぼとぼと歩く詠史の視界には、何も語らない尊人の広く大きい背中が映っている。逃げるのを許さないとばかりに掴まれた手首を引かれて
鳥居を抜け古びた石段を下りきったところで、不意に尊人が振り返った。
「どこで話そうか。――詠史の家はこの近くなのか?」
家でふたりきりになりたくないと思いながらも、話の内容が別れたときのことならばひとの居ない所が良いことはわかっている。俯いていた顔を上げれば、真っ直ぐに自分を見つめる尊人と視線がぶつかった。
「……あそこの住宅街だよ。畦道を通っていけばそんなに遠くはないけど、革靴が汚れちゃうから、ぐるっとまわらなきゃいけないかな」
広がる田園地帯の向こうに見える住宅地を指さしながら、ぼそぼそと答える。
「靴の心配はしなくていい。おまえが普段通っている道を行ってくれ」
そう言い切られてしまえば逃れる
未だ離して貰えない、掴まれた手首から伝わる熱がじわじわと腕を遡って、
(そんなことあるわけないのに……)
草紅葉が色づく畔道に刻まれた
刻一刻と近づく執行の
10年前、大学4年になったばかりの頃だった。同じ教授に師事していた尊人と付き合うことになって1年が経ったその日に「法的には結婚できないけど、生涯を共に生きたい」と小さな
小さく頷いた詠史の左手薬指に、シンプルなプラチナの指環を
両親が居らず施設で育った詠史は、初めて得た家族と等しい存在に浮かれていたのだと思う。尊人が永嶺グループの御曹司だということを忘れてしまうくらいに。
奨学金を貰いながらも、生きていくためにバイトに明け暮れる詠史を心配した尊人に
誰に恥じることも無いとペアの指環をしたふたりを、あるがまま受け入れてくれた友たち。生きていて良かったと思えるような幸福は、尊人が実家に呼ばれて不在のときに訪ねてきた人物によって繊細なガラス細工のように、
永嶺家の執事だと名乗った男は、ふたりの生活が単なる同居ではないと知っていて、永嶺家の嫡男の伴侶がどこの馬の骨ともわからない男では困ると告げた。尊人には、
尊人に知られぬように姿を消して欲しいと請われ、差し出された手切れ金の小切手を目の前で破り捨てる。幸せな日々を金で
執事の帰ったあと、小さなボストンバックに荷物を詰めながら堪えきれない涙が零れ落ちるのにまかせて
見合いの話だったと
尊人のことは忘れて、新しい相手を探そうと考えたこともある。同じ嗜好の者が集まる場所に顔を出してみたことも。
それでも、いざとなると尊人の顔がちらついてダメだった。
時間が忘れさせてくれるだろうという願いも
それでも、心は尊人を求めて悲鳴を上げる。そんな日々を繰り返すうちに、やっと幸せだった記憶を噛み締めて生きる術を見つけたところだった。
無意識でもなれた道はあっという間に歩けてしまうらしい。目の前に見えてきた古びたアパートに、我知らず溜息が零れ落ちた。ペンキの所々剥げ落ちたドアの前で足を止める。
「――ここだよ。狭いところだけど、入って」
ジーンズのポケットから鍵を取り出して開錠したドアを開けて、半歩後ろで立ち止まる尊人を促した。
「お邪魔します」
待っているひとなど居ないというのに、律義に挨拶をしてドアを
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