58 永遠に1
脇役の話が落ち着いたので本筋に戻ります。
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即位式を数日後に控え、本宮には国の内外から多くの招待客が集まっていた。国賓としては既にガウラの王太子とタルカナの王子がタランテラ入りしている。他の国からの使節も続々と到着しており、この日は見届け役となる賢者が到着する事になっていた。
礎の里に敬意を払い、エドワルドとフレアは出迎える為に正装に身を包み、着場で重鎮達と揃ってその到着を待つ。やがて、南の空に数騎の飛竜が姿を現し、黒い飛竜を先頭に8頭が着場に降り立った。
「パラクインスか?」
降り立った黒い飛竜はパラクインスで、しかもその背から降りた騎手はアレスだった。そして次の瞬間、フレアは驚きのあまりその場に凍りついた。
「お祖父様?」
「え?」
フレアの呟きに傍らにいたエドワルドは思わず二度見する。アレスに手助けしてもらいながら飛竜の背から降り立ったのはくクーズ山聖域神殿の神官長を務める賢者ペドロだった。足の悪い彼は、アレスに支えられながら出迎えの為に整列している一同の元へ歩いてくる。
「お祖父様」
作法も何もかもなげうって、フレアは駆け寄ってその手を取っていた。今まで模範的な作法を崩す事など無かった彼女の行動に驚いた周囲はざわつく。
「元気そうじゃの」
「お祖父様……」
感無量の彼女は言葉が続かない。そこへエドワルドが歩み寄り、ペドロに竜騎士の礼をとって頭を下げる。
「遠路ようこそお越しくださいました、賢者殿。タランテラ国主代行を務めておりますエドワルド・クラウスと申します」
「この度はご即位の儀、おめでとうございます。礎の里より見届け役として参りました、クーズ山聖域神殿の長をしております、ペドロと申します」
ペドロも丁寧に挨拶を返すと、彼の体を支えているアレスも一緒に頭を下げる。その胸には無事に上級騎士に復帰できた証となる記章が誇らしげに輝いていた。
「お疲れでありましょう。フレア、賢者殿を客間に案内してくれるか?」
「はい」
積もる話もあるだろう。エドワルドの気配りにフレアは感謝し、ペドロの手を取って歩く。足の悪い賢者の為にすぐさま輿が用意され、フレアもそれに付き添って南棟の客間に向かった。
「うわ~」
2人を見送ったところで、いきなり騒ぎが起こる。何事かと振り返ると、パラクインスが見習い竜騎士の襟首をくわえて持ち上げていた。どうにか振りほどこうともがいているその見習い竜騎士はティムだった。
「パラクインス、離せ!」
慌てたアレスが黒い飛竜に鋭く命じる。だが、飛竜は少年の襟首をくわえたままイヤイヤと首を振り、その都度彼の体は左右に揺さぶられて目を白黒させていた。周囲にいた竜騎士が助けようとしていたのだが、アレスが発した大陸で最も有名な飛竜の名前に衝撃を受けて固まっている。
「我儘が過ぎるぞ」
アレスが飛竜に近づき、半ば脅す様に声をかけるといかにも渋々と言った様子で少年を解放した。お仕置きとして眉間を小突くと、キュウゥゥゥと情けない声を上げる。
「大丈夫か? ティム」
「す、すみません」
客人に助け起こされ、ティムはフラフラしながら立ち上がる。すると、アレスに怒られて反省していたはずのパラクインスは自分の尾をティムの体に巻き付けていた。
「あ、こら!」
もう一度怒るが、パラクインスはティムの体に巻き付けた尾を解こうともしないで、ティムにクウクウと甘えた声をだして頭を擦り付けている。
「一体どうしたんだ、パラクインスは?」
エドワルドやアスター等、竜騎士達も集まるが、飛竜はかたくなな態度を崩そうとはしない。
「それがですね……どうも、コイツはティムのブラッシングが忘れられないらしくて……」
心底困った様子のアレスの説明によると、パラクインスはある日突然、一頭だけで聖域にやってきた。後からきたプルメリアの竜騎士の説明によると、係員のブラッシングが気に入らないらしく飛び出してきたらしい。飛竜の思考を読むと、聖域に来ればティムがいると勘違いしたらしい。
「母上と相談して、とりあえず今回はこちらまでつれてきました。係員を同行させていますので、彼の……タランテラの技術を学ばせてはいただけないでしょうか?」
アレスの申し出にエドワルドは思わず傍らにいたアスターと顔を見合わせる。
「それは構わないが……」
確かに、ティムと彼の師匠になるルークの2人は多く飛竜から懐かれている。気難しいグランシアードさえ彼らの世話は喜んで受けている。だが、多く竜騎士や係員がルークの助言をもらっているが、彼らと同等とはいかないのが現状だった。
そうしている間にもティムはパラクインスに締め付けられて苦しそうにしている。早めに解放してもらわないと、少年の体の方がもちそうにない。
「ティム、とにかく相手をしてやれ。ルーク、ちょっと手伝ってやってくれ」
彼女も国賓と言って過言ではないだろう。丁重にもてなせば大人しくなるだろうとエドワルドは判断し、義理の兄弟(予定)にパラクインスの世話を命じる。
ルークが声をかけるとパラクインスは不思議なくらいに大人しくなり、命じられるままティムを解放する。安堵した少年は思わずその場にへたり込み、再び客人に手を借りて立ち上がった。
「悪いが、頼むよ」
「はい、任せてください」
アレスが苦笑して頼むと、快諾した少年は義兄(予定)と共にパラクインスを宥めながら竜舎へ連れて行った。
だが、この時のもてなしに味を占めた彼女が毎年来るようになるとは夢にも思わず、アレスもエドワルドもちょっと後悔するのはまた後の話である。
パラクインスがようやく竜舎に落ち着いたころ、南棟の客間に案内されたペドロはフレアの淹れたお茶で旅の疲れを癒していた。
「でも、おじい様がいらっしゃるとは思いませんでしたわ」
年齢の事もあり、いくら孫が心配だからと言っても聖域からペドロが出てくるとは思ってもいなかった。フレアの疑問に老賢者は少しばかり顔を顰める。
「ふむ……里の方の混乱が長引きそうでの……。せっかくの即位式。高位の者を送ろうとしたのだが、野心のあるものは少しでも上を狙い、心あるものはそういった輩を押さえるので手一杯の状態。動けるものが居なかったというのが正しいな」
「それでおじい様が?」
「まあ、そんなところじゃ」
フレアを気遣い名こそ出さなかったが、ベルクの失脚により彼に関わっていた多くの神官が粛清の対象となっていた。中には彼の伯父、老ベルクも含まれており、その空いた席の争奪戦が激化していた。ベルクを排除できても似たような輩が後釜になってしまえば改革した意味がなくなる。当代を中心に人選は慎重に進められているのだが、この事態が収まるにはまだまだ時間がかかりそうだ。
「それに……慣れない土地でどうしておるか気がかりだったからのう……」
ペドロの言葉にフレアは項垂れる。反対を押し切って聖域を飛び出してしまい、改めて心配かけていたのだと反省した。もちろん、内乱終結後にお詫びの言葉も添えた手紙をアレスに託し、その後再訪してくれたルイスにもこちらでの暮らしぶりを書き連ねた手紙を頼んでいた。それでもやはり完全には安心させることが出来なかったのだろう。
「じゃが、随分と大切にしていただいておるようで安堵いたした」
着場から客間に至る間を垣間見ただけではあったが、フレアに対する女官や護衛の態度から彼女が大切に扱われているか感じ取ることが出来たらしい。そして何よりも当の本人が幸せそうであり、ここでの生活がいかに充実しているかがうかがえる。内包する力故に彼女が諦めていた全てがここには揃っている。ペドロは孫娘が淹れてくれたお茶を飲みながら安堵の息を吐いた。
「ええ。過分なほどに皆さん良くして頂いております」
幸せそうに微笑むフレアの姿が眩しく感じる。ペドロは満足げに頷くと、孫娘が注いでくれたお代わりのお茶に口を付けた。
やがて知らせを受けたコリンシアとエルヴィンを抱いたオリガが訪れ、更には所用を済ませたアレスも顔を出した。即位式の準備で忙しい日々を過ごしていたフレアだったが、久しぶりに会えた家族と穏やかな時間を過ごせた。
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