50 姫提督の挑戦1
即位式の翌日、ブランカはブランドル家に招かれていた。エルフレートとの結婚の約束はまだ公表していなかったので、彼女は緊張の面持ちで馬車から降り立つ。迎え出てくれた家令に案内された部屋でブランドル公夫人が待っていた。
「お招きありがとうございます」
「急にお呼び建てしてごめんなさいね」
いつも通り軍の正装姿のブランカは騎士の礼を取る。その姿にお茶の支度を手伝っていた若い侍女達が見とれ、年配の侍女にたしなめられている。ブランカにしてみればいつも通りの反応だった。
「エルフレートから聞きましたわ。ご結婚を考えていると」
「はい。問題は多々あると思いますが、2人でよく相談して解決していこうと思っております。問題が解決した暁にはまた改めてご挨拶に伺わせて頂きます」
男前な答えに夫人はおもわず苦笑する。
「そう固く考えなくてもいいのだけど、自分達が納得できる答えを探し出せるといいわね」
「反対はなさらないのですか?」
見ての通り自分は女性らしさのかけらも持ち合わせていない。模範的な名門貴族の奥方など、到底勤まらないだろう。だからこそ国元では打診した縁談が
「私達が反対する理由はないわね」
「よろしいのですか?」
「ええ。結果を報告して頂けたら十分ですわ」
笑いかけて来る夫人にブランカもようやく肩の力を抜いた。
「それで、その相談は出来そう?」
「すぐには難しそうです」
前日の即位式とその祝宴では、警備で立っているエルフレートと込み入った話などできるはずもなく、今後の互いの予定のすり合わせだけしかできなかった。ブランカは明日帰国するのだが、結局それまでに2人だけの時間を取ることは叶わなかった。直接会えるのは来年以降。それまでは手紙でのやりとりになるだろう。
「そう……」
生真面目な2人の慎重な恋愛はもどかしく思えるのだろう。夫人は小さく息を吐きだした。
その後は話題を変え、前日の即位式の感想などを語り合って時間を過ごした。そしてそろそろお暇しようと席を立ったが、ブランドル家の家令が遠慮がちに進言する。
「現在雨足が強くなっております。恐れながら、弱まるのを待ってからお戻りになる方がよろしいかと思われます」
即位式には奇跡的に雨が止んだが、その前からずっとぐずついた天気が続いていた。運悪く今になって雨足が強まってきているらしい。
「無理はしない方がいいわね。本宮には使いを送って、今夜はこちらにお泊りになってはどうかしら?」
「ご迷惑では……」
「問題なくてよ。今夜は主人も息子達も本宮に詰めていて1人の予定だったから、私としてもお客様がいるのは賑やかで嬉しいのよ」
窓の外を確認してみたが、家令の言う通り雨足はかなり強くなっている。帰れなくはないが、彼女が育ったエヴィルは雨が少ないお国柄。日も傾いて暗くなってきているので、確かに無理はしない方がいいだろう。
「わかりました。それではお世話になります」
ブランカが応じると、すぐに客間が整えられる。晩餐まで時間があるので、そこで一休みさせてもらう事にした。
「ブランカ様、こちらにどうぞ」
1人でゆっくり過ごすつもりだったが、控えて居た侍女に浴室へ誘われる。エヴィルでも有数の貴族の家に生まれたので
だが、侍女達はお構いなしに彼女の衣服を脱がす。そして浴室にしつらえられていた寝台に横たえられると、全身くまなくマッサージされる。自分が思った以上に疲れていたらしく、香油の優しい香りに包まれて、気持ちよさに思わずうとうとしていた。
その後は体の隅々まで磨き上げられ、夫人が手配したらしいドレスに身を包み、髪を簡単に結い上げられていた。ここしばらくは公式の場は軍の正装で済ませていたので、こうして盛装するのは何時ぶりだろうか。だがそんな彼女の為に夫人は締め付けの少ないドレスを選んでくれていた。これなら食事も美味しく頂けそうだ。
「どうぞ、こちらへ」
侍女の先導で食堂に向かう。
「まあ、素敵。良く似合うわ」
「おかしく、無いですか」
先に食堂で待っていた夫人はブランカの姿に至極ご満悦だった。一方のブランカは戸惑いを隠せないままだ。そして席に案内されると、食前酒で乾杯しようとしたところで俄かに外が騒がしくなった。
「何事?」
いつもの癖で、不測の事態に対処しようと立ち上がって身構える。夫人が笑いながら
「母上、何ごとですか?」
「あらあら、そんなに急いで来たの?」
「大至急来いと言ってきたのは母上ですよ」
ブランカの姿も目に入らない様子で母親を問い詰める。どうやら手掛けていた仕事を放りだして駆けつけてきたようだ。
「ええ、見逃しては損でしょ?」
夫人がブランカに視線を移すと、そこでようやくエルフレートもその存在に気付く。そして彼女の艶姿に見入ったまま、彼は固まった。
「ブランカ……?」
「お、おかしいか? やっぱり着替えて……」
凝視されて恥ずかしくなり、いたたまれなくなったブランカは逃げ出そうとしたが、その腕はいつかの様に掴まれて引き留められる。
「綺麗だ」
「……」
陶然として彼が呟いた言葉に彼女は真っ赤になった。
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