49 愛のカタチ5
イリスが身支度を整えて部屋を出ると、既にアンドレアスとノーラは旅装を整えて玄関に立っていた。グンターとデボラ、そして騎士服に着替えたラウルも見送りに出ている。
「まあ、2人とも気を付けて」
「おう」
ラウルが声をかけると昨夜同様袖なしのシャツにひざ丈のズボン姿のアンドレアスが応じる。どうやらこの格好が彼の普段着らしい。
「イリスちゃんも元気でね。今度はゆっくりお話しましょうね」
「はい。お2方にダナシア様のご加護が賜りますように」
居住まいを正し、神殿の作法に
「お袋、イリスが苦しがっている」
「あら、あら、ごめんなさいね」
「はい、大丈夫です」
ちょっとふらつく体をラウルが支える。彼を見上げると、優しく微笑んでいた。
「うむ、ご利益がありそうじゃの。では、行こうか」
アンドレアスが声をかけると、ノーラも馬の背にまたがった。そして2人は見送りの一同に手を上げて挨拶をすると馬を出した。離れていく2人を見送っていると、またもや「勝負」という言葉が飛び交っている。全く懲りていないとラウルは呆れたように呟いていた。
「じゃ、俺たちも帰ろうか?」
「はい」
2人の姿が見えなくなると、グンターがラウルの馬を厩舎から連れ出して来る。ラウルがイリス抱き上げて馬の背に乗せ、彼もその後ろにまたがる。デボラからまとめていた荷物を受け取ると、見送ってくれる2人に挨拶をして彼等も出発する。
街中は相変わらずお祭り騒ぎが続いている。今日は広場に大道芸人が来ていて多くの見物人を集めていた。ちょっと見てみたい気もするが、この後小さな女主が帰ってくるので時間が無い。賑わう広場を尻目に馬は本宮へ向かった。
「何だ、もう帰ってきたのか?」
ラウルに北棟の通用口まで送ってもらい、帰還の挨拶をしにフレアの元へ行くと、休憩に来ていたらしいエドワルドが驚いたように声をかけて来た。
「はい、姫様をお迎え致したく戻ってまいりました」
「生真面目だな」
「それだけが取り柄でございますから」
イリスが胸を張って答えると、エドワルドは苦笑し、フレアは深く息を吐きだした。
「もう少し、気楽に勤めてくれていいのよ?」
フレアとしてはもっと恋人との時間を楽しんでもらいたかったのだろうが、イリスとしてはこれ以上欲を言っては罰が当たると本気で思っていた。
「まあいい。まだ時間があるからゆっくりしていなさい。先触れが来たら知らせよう」
「ありがとうございます」
夫婦としての貴重な時間を過ごしているのはこの2人も同じである。イリスはエドワルドの配慮に感謝して頭を下げると、賜っている部屋へ戻った。
夕刻、知らせを受けたイリスが着場へ向かうと、そこには既にラウルの姿があった。2人が付き合っているのは周知の事実。出迎えに来ている仲間の竜騎士達に冷やかされている彼を見ていると、自然と頬が染まっていた。
やがて北の空に飛竜の姿が現れ、順次着場に降りて来る。先ず降ろされたのは2頭がかりでバランスを保ちながら運んできた大きな木箱。すぐに蓋が開けられて中から人と同じ大きさまで育った仔竜が出て来た。ラウルからティムの相棒となる仔竜が決まったと教えてもらっていたので、きっとこの子がそうなのだろう。
エアリアルと共に降りて来たシュテファンの相棒の背からいち早く降りたティムが真っ先に仔竜に駆け寄り、マルモアからの長旅をねぎらっていた。既に絆が出来上がっているらしく、仔竜の方も嬉しそうに頭を摺り寄せている。
そして最後にファルクレインとカーマインが降り立ち、それぞれの騎手とコリンシアが降り立った。
「あ、イリスだ!」
姫君は彼女の姿を見付けると、真っ先に駆け寄って抱き付いてきた。
「お帰りなさいませ」
「ただいま。ラウルとデートじゃないの?」
「コ、コリン様……」
姫君の無邪気な問いかけに周囲に笑いが起こり、イリスは狼狽えて顔が赤くなってくるのが自分でもわかった。視線を泳がせていると、ラウルも上司や同僚に冷やかされている最中だった。
「えっと、その……」
答えに困っていると、姫君はにっこりと微笑んだ。
「コリンの為に帰ってきてくれたの? ありがとう、イリス。大好き」
「私も大好きですよ」
無邪気な仕草に気持ちが和らぐ。
「さ、お母様が待っていらっしゃいますよ。行きましょう」
この場に長々と留まっていては他の人達の仕事ができない。チラリとラウルの姿をもう一度見てから、イリスは姫君を促して着場を後にした。
「これでお終いね」
最後の荷物が運び出されたのを確認し、イリスは10年間使った部屋を感慨深く見渡した。つい先日、彼女が仕える女主がフォルビア公に認証された。今日領地へと出立するコリンシアに伴い、イリスもフォルビアに同行するのだ。それに伴い、10年間使ったこの部屋を引き払う事になったのだ。
その間、色々な事があった。彼女も無事にラウルと結ばれて今では立派な2児の母となり、今回のフォルビア行きには子供達も同行することになっている。国内各所を飛び回っているラウルの帰る先が皇都から今度はフォルビアに変わることになったのだ。
「イリス、これからもあの子の事をよろしくね」
「はい、皇妃様」
恐れ多くも皇妃自ら声をかけてくれる。イリスは深々と頭を下げると、コリンシアに付き添って馬車に乗り込んだ。
奇しくも10年前、川船で皇都に来た順路を逆にたどり、一行はフォルビアに向かう。多くの人に見送られ、彼女達は新たな生活に向けて旅立った。
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