36 叶わぬ恋に4
エドワルドとルイスが長時間に
昨夜はプルメリアからの使節であるルイスを歓待しての公式な晩餐会が行われたのだが、ワールウェイド公のマリーリアも皇女のアルメリアもフレアと同道したために欠席し、国の重鎮達だけで行われた為に華やぎにかけた晩餐会になってしまっていた。
今夜はエドワルドの計らいで北棟での晩餐にルイスを招待したのだ。あの婚礼からまだ2ヶ月余りしか経っていないが、それでも話す事は山とあるはずだ。プルメリアにいる彼女の養父母へのいい土産話にもなると考えたのだろう。
実は、母親の様に理屈だけでは納得できなかったルイスは、婚礼の時はまだ胸の奥がチリチリして2人が並んでいる姿を見ている事が出来ず、後の宴も中座してしまっていた。だが今は、2人で幸せそうに並んでいる姿を見ても胸を焦がすような痛みを感じなくなっている。
タランテラに再訪し、エドワルドがフレアをどれだけ大切にしているかを聞かない日は無い。身分の上下に関わらず、2人がどれだけ国民から慕われているかが
「ルカ、来てくれてありがとう」
「お招きありがとうございます」
紅蓮の公子の異名通り、炎を思わせる赤を基調とした竜騎士正装に身を固めたルイスは北棟の入口で出迎えてくれた次期国主夫妻に頭を下げる。その横には昼間は姿を見かける事が無かったコリンシアもいる。前日に霊廟神殿に出かけて勉強が出来なかったので、今日は午前中から家庭教師が来て勉強していたのだ。
「ありがとう、お兄ちゃん。コリンが案内するね」
ラトリでは色々とお話ししてくれたお兄ちゃんから個人的なお土産を貰い、姫君は嬉しそうに彼の手を引いて奥へと案内する。通されたのは普段から一家が食堂として使っているらしいこぢんまりとした部屋だった。フレアの好みが反映されているのか、家庭的で温かみがある雰囲気はどことなくラトリの母屋にある居間を連想させる。この事からしても彼女は随分と大事にしてもらっているのが窺える。これならばこちらでの生活を気にかけている両親にいい報告が出来るし、もちろん彼自身も安堵したのは言うまでもない。
昨夜は公式の晩餐会だったので、宮廷料理と呼ぶにふさわしい手の込んだものが出されていたが、今夜は部屋の雰囲気同様に家庭的な料理が並んでいる。ラトリに居た時と同様に行われているのだろう、ダナシアに感謝の言葉を唱えて晩餐が始まった。
「父様とお兄ちゃんの試合、見たかったな」
昼間の試合が自然と話題に上る。家庭教師が来ており、試合を見ることが出来なかったコリンシアは少し残念そうにしている。
「コリンの父上は強いね。一本取れなかったのは久しぶりだよ」
「私もだよ、ルイス卿」
全盛期には及ばないが、それでも現在のタランテラでエドワルドに敵う竜騎士はごく一握りである。今日のルイスとの試合は実際に戦ったエドワルドだけでなく、見学していた竜騎士達にとってもいい刺激になっていた。
「父様が勝ったの?」
結果を知らないコリンシアが不思議そうに父親を見上げると、エドワルドは首を振る。
「あまりにも長い時間試合をしていたから、私達の体を心配した母様に止められたんだよ。だから引き分けだ」
「そうなんだ……お兄ちゃん、強いんだね」
コリンシアの中では父親が最強に位置づけられている。目の前にいる仲のいいお兄ちゃんがその父親と同じくらい強いのだと理解すると、彼への見方がちょっとだけ変わったのだろう。
「だけど、あのまま続けていたら、きっと負けていたと思うよ」
正直、あれ以上続けていたらルイスの方が先に倒れていただろう。力は拮抗していても持久力の差を思い知らされた一戦だった。
「そのお話はそこまでにして、そろそろ居間に移動しましょう」
全然懲りていない様子の2人に少しだけ呆れながら、フレアが一同に声をかける。既に食事は済み、この後は居間で一緒に食後のお茶を頂くことになっていた。
促されるままに隣の部屋へ移動すると、こちらもまたラトリの居間の雰囲気をそのまま受け継がれていた。部屋の端に置かれた揺籠にはエルヴィンが眠っており、コリンシアが真っ先に駆け寄って中を覗き込む。フレアも息子の様子を確認すると付き添っていたユリアーナを下がらせ、自らお茶の支度を始める。その間にルイスはエドワルドに勧められてクッションのきいたソファに腰を下ろした。その自然な流れから、普段から夕食後ここで一家団らんの時間を過ごしているのだろう。元より堅苦しいのは苦手なルイスには、この家庭的なもてなしは非常にありがたかった。
やがて子供達は寝る時間となり、おやすみなさいの挨拶をして部屋を退出していった。そこですかさずエドワルドはオルティスにワインの支度を命じ、ルイスにも杯を勧める。どうやら彼は、子供達の前では飲みすぎないように自重しているのだろう。
「え、旅に出るの?」
昨夜同様、エドワルドに勧められるままに杯を重ね、酔いが回りだした頃にルイスはソレルの騎士団を辞めたことを切り出した。案の定、フレアは驚き、そしてそうさせてしまった事に責任を感じている様子である。
「フレアの所為では無いよ。ブレシッドに戻る話もぼちぼち出て来ていたしね。ちょうど良かったんだ。それに、一度あの父や母から離れてみたかったのは君も知っているだろう?」
「そうだけど……」
ルイスは幼い頃から出来が良くてもあの2人の息子だから当然と言われ、逆に出来なければあの2人の息子なのにと言われてきた。周囲に個人として見られずに歯がゆく感じていたのは間近にいたアレスとフレアが一番良く知っている。
「期間限定だし、行き先もディエゴ兄さんの伝手だ。心配いらないよ」
「ルカが強いのは知っているわ。でも、アルドヴィアンまで置いていくなんて……」
「信用ないなぁ」
ルイスが少しだけ傷ついた様に肩を竦めると、エドワルドが妻を宥める様に肩を抱く。
「十分計画を練られた上でのことなのだろう? だったら、信じて待つ方が良いのではないか?」
「それは、そうだけど……」
「決して無茶はしないと約束する。そして帰ってきたら真っ先に挨拶に来るから待っててよ」
「約束よ?」
フレアが念押しすると、ルイスはうなずく。
「では、その時にはまた手合わせを願おうか」
「次こそは決着を付けましょう」
「そうだな。それなら、私も鍛えなければならんな」
意気投合してくれたのは嬉しいが、全然懲りていない様子の2人にフレアは深いため息をついた。
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