31 国主の資質2

「では、審議を始めますので、エドワルド殿下とアルメリア姫は別室でお待ちください」

 ここからは5大公家の当主だけで話が進められるため、候補となるエドワルドとアルメリアは会議の間から退出しなければならない。エドワルドはルルーを膝に抱えたまま座っているフレアと一度視線を合わせると、アルメリアを伴って部屋を出て行った。

 本当は不安げな彼女を抱きしめて元気づけてやりたいのだが、選定会議の折には候補と5大公は必要以上の接触を避けるのが慣例である。この場での無駄な争いを避ける意味合いがあるのだが、今回はエドワルドが妻の側からなかなか離れない可能性があり、別の意味で会議に支障が出る為にそれが順守されていた。

「では、始めますか」

 5人は重厚な円卓を囲み、背もたれにそれぞれの紋章が彫り込まれた椅子に座っている。これは5人の立場が平等である事を示している。進行役は大概最年長者が行うのだが、今回はリネアリス公が辞退したのでサントリナ公が行う事になっていた。

「エドワルド殿下、アルメリア姫、どちらが国主に相応しいか、先ずは意見交換と致しましょう」

 先ずは1人1人自分が指示する候補をあげる。意見が割れれば、5人ですり合わせをしていくのだが、通常であればこれに時間がかかり、意見をまとめるのに何日もかかるのも珍しくは無かった。

「私はエドワルド殿下を推挙いたします」

「私もエドワルド殿下が国主に相応しいと感じました」

 先ずはブランドル公が口火を切り、リネアリス公がそれに同調する。

「私も兄上……エドワルド殿下が相応しいと思います」

 マリーリアはついいつも通り兄と呼んでしまい、慌てて言い直す。

「アルメリア姫も優秀ですが、やはりエドワルド殿下が飛びぬけておられる。代行を務められたこの半年間の仕事ぶりも申し分ない。私もエドワルド殿下を国主に推挙いたしたい」

 サントリナ公は先に自分の見解を言うと、未だに口を閉ざすフレアに視線を向ける。

「フォルビア公としての御意見を伺えますかな?」

「……客観的に判断いたしますと、エド……ワルド殿下が国主に相応しいと思います」

 事前にエドワルドからは、気にせず自分が思った通りを口にしていいと言われていた。それでもつい考えてしまうのは、エドワルドが国主になると、その妻である自分は自動的に皇妃と扱われる事だった。

 彼女にとって皇妃としてあるべき姿の良き見本は養母のアリシアだった。養母程ではなくとも夫の役に立たなければと思うのだが、エドワルドには気負わなくてもいいから出来る事をしてもらえればいいとも言われている。それで納得し、エドワルドではないが覚悟はしていたはずである。だが、今思い起こせば、愛する人と再会できたことで彼女も少々浮かれていたのだ。皇都に着き、盛大な出迎えを受け、そしてリネアリス家の令嬢の一件で必ずしも全員が自分を歓迎してくれている訳ではない事を改めて知ると、目の見えない自分で果たして本当に務まるのかと、今更ながらに不安を感じているのだ。

「何やら屈託くったくがお有りのようですが、お聞かせいただけますかな?」

 サントリナ公はそのフレアの迷いに気付いたらしく、穏やかな笑みを浮かべて問いかけてくる。ルルーの目を使って見渡すと、他の大公方も気遣わしげに自分を見ていた。

「ただ……不安なのです」

 ポツリと漏らした言葉にサントリナ公は大きくうなずく。どうやらそう言いだすのが分かっていたようだ。

「慣れぬ地に来られて不安に思われるのは当然の事です。ですが、お努めに関してはそう気に病まれる事も無いかと思います」

「そう……でしょうか?」

「昨年から殿下は奥方様がお戻りになる事を想定して様々な改革を行って来ております。その最たるが公の場でもその小竜を同伴出来る様にした事でしょう。内乱を経て、生まれ変わろうとしている今だからこそ、可能にしたのではないかとも言えます。フレア様だからこそ、気付かれる事もありましょう。どんどん気になる事は仰っていただいて、この国で過ごしやすいように変えてしまうのです」

 自分が合わせるのではなく、周囲を自分に合わせてしまえと言いきるサントリナ公の大胆な発言にフレアは返す言葉が無かった。

 ちなみに今、ルルーの首輪には小さなメダルがつけられていて、これが公の場での同伴を許可した証となる。事前に審査が必要で、ルルーはフォルビアにいる間にエドワルドやアスター、ヒースといった最高位の竜騎士達に基本的なしつけができているかどうかを審査されて合格していた。

「先ずは自信をお持ちください。聖女とも呼ばれた類まれなる気質をお持ちの貴女様が、殿下と並び立たれれば、この国もより良い方向へ向かうでしょう」

「そうです。貴女様以上に皇妃に相応しい方はいらっしゃいません」

 ブランドル公がフレアを諭すと、すかさずリネアリス公が同意する。先日の令嬢が起こした一件で、すっかりフレアに心酔してしまった彼は、彼女を大母の様に崇めている。

「兄上と奥方様が幸せそうにしていれば、それにあやかろうとする人達がきっと増えてきます。幸せな人が増えれば、この国の平和はずっと続くと思います」

 隣の席のマリーリアがフレアに笑いかける。彼女もワールウェイド公に任命された時には自分では荷が勝ちすぎると思っていた。就任してまだ日が浅く、出来る事も限られているが、それでも支えてくれる夫や従兄のおかげで職務もどうにかこなしている。あんなに躊躇していたのが嘘の様に今ではその地位をすんなり受け入れていた。

 皇妃という立場とはまた違うかもしれないが、それでも今までの様にエドワルドに寄り添っていればいずれ彼女の役割も決まって来るだろう。そして今までにもあった事だが、2人が幸せそうにしていると、周りも温かな気持ちになれるのだ。

「こんなに甘やかして頂いて、良いのでしょうか?」

「大役を引き受けて頂くのです。当然でございます」

 自分からその地位に就きたがる人間の多くは、その華やかさに目を奪われてそれに伴う責任をはっきりと理解していない。だが、フレアはそれをきちんと理解した上で、己に務まるかを危惧している。そんな彼女だからこそ、今、この国を支える重鎮達は彼女に協力する方向で一致させていた。代表してサントリナ公が頷けば、フレアの目から涙が一滴零れ落ちる。

「ありがとう……ございます」

 掠れる声で礼を言う。すると膝の上のルルーが心配そうに見上げ、フレアは安心させる様にその体を優しく撫でた。

「それでは、そろそろ採択と致しましょうか? 外で待たれておられる方々も心配しておられるでしょうからな」

 この会議室の控えの間ではエドワルドやアルメリアだけでなく、ソフィアやアスター、セシーリアといった面々が待っている。今回はすぐに決着がつくと思われているので、なかなか開かない会議室の扉にきっとやきもきしているだろう。

「次期国主はエドワルド殿下に決定し、5大公家の総意として公表いたす事に異議のある方は?」

 当然、異議のあるものなどおらず、これによりエドワルドが次期国主に決定した。



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