21 皇都凱旋2
「まるで子供の様ですわね」
セシーリアが苦笑すると、フレアもつられて笑みを浮かべる。
「では、参りましょう」
セシーリアに促され、フレアはまた静々と北棟に向かって歩き始める。噂の奥方だけでなく、エドワルドが妻を溺愛する姿を目の当たりにした出迎えの参加者達は、少々唖然とした様子で華やかな一行を見送っていた。
本人が言い張った為に代行という肩書に留まっているが、周囲はとっくにエドワルドの事を国主と認めている。北棟を取り仕切る責任者としてセシーリアは当初、エドワルドには国主の間、それに伴いフレアには皇妃の間を用意しようと考えていた。
だが、フレアの目が不自由な点も配慮しなければならず、迷ったセシーリアはエドワルドに同行しているオルティスに手紙を送って知恵を借りた。各国の賓客との交渉を終えて一足先に皇都に帰って来たサントリナ公夫妻が持ち帰ってくれた返事には、とにかく段差が少ない事と、長く滞在していた屋敷と家具の配置を揃える事の2点を強調して書かれていた。
国主の間も皇妃の間も北棟の3階にある。フォルビア公として、いずれは皇妃としてフレアは公務をこなしていかなければならないのだが、北棟から南棟へは一階に降りてからでないと渡れない。警護も兼ねた付き添いが常に控えているにしても、毎日の階段の上り下りは大変かもしれない。
悩んだセシーリアがフレアの為に用意したのは、30年前、アロンが南国のエルニアから迎える若い皇妃……エドワルドの母親グリシナの為に
蜜月を兼ねた南部の視察を終えて皇都に一家が着くまで1ヶ月もない。セシーリアは侍官も侍女も総動員し、更にはサントリナ家とブランドル家からも人員を借りて大急ぎで部屋を整えたのだ。一昨日本宮入りしたオリガに手伝ってもらって家具の配置を微調整し、一家を出迎える盛大な儀式の間に船から先回りしたオルティスが最終確認をしてどうにか間に合ったのだった。
「細部まで気を使って頂いてお礼を申し上げます」
北棟の主だった部屋を見て回り、最後に居室となる部屋に案内すると、フレアは嬉しそうに顔を綻ばせた。嬉しそうなその姿にセシーリアはようやく肩の荷が下りた気がしてホッと胸を撫で下ろす。この半月程の頑張りが報われたような気がした。
エドワルドには仕事があるが、フレアにはゆっくりと旅の疲れを
「到着早々にこんなに遅くなるとは思わなかった。1人にして済まない、心細くなかったか?」
仕事を終えたエドワルドが、我が家となった北棟に戻ってきたのは夜が更けてからだった。当然コリンシアもエルヴィンも眠っており、彼を出迎えたのは妻のフレアと改めて家令に任命されたオルティスだけだった。
「皆さまが気を使ってくださったので、コリンも寂しい思いをせずに済みました」
エドワルドが仕事で戻れなくなり、夕食はコリンシアと2人だけで囲む予定だった。だが、エドワルドの補佐をしているアスターからも遅くなると伝言が届いたマリーリアと、更には様子を見に来たアルメリアやセシーリアも同席することになり、女性ばかりの華やかな晩餐となったのだ。
コリンシアの就寝時間の直前まで彼女達は一緒に過ごしてくれたので、姫君も今日一日を楽しく終える事が出来たのだった。
2人はイリスに付き添われて眠っているコリンシアの様子を確認すると、今度は子供部屋に移って揺籠の中で指を吸いながら眠っているエルヴィンを眺める。2人は順に我が子のポヤポヤの頭に口づけ、後はルルー共々夜の付き添いを引き受けてくれた乳母に任せて2人の寝室に移動する。
既にオルティスがワインと酒肴を整えており、湯を使って汗を流したエドワルドはフレアにお酌をしてもらって1日の疲れを癒した。
「随分気を使ってくれたみたいだ。義姉上には感謝しないといけないな」
全てを見て歩いたわけではないが、エドワルドも家具の配置があの館に似せてあるのにすぐに気付いた。特にこの寝室は彼にとっても数少ない母親との思い出の場所でもある。隅々にまで行き届いた配慮に頭が下がる思いだった。
「ええ。お義姉様に伺いましたが、オルティスにも随分と手を尽くして頂いたそうです」
「そうか、手間をかけて済まなかったな」
控えている忠実な家令を労うとオルティスは静かに首を振った。
「当然の事でございます。国の主として相応しいお住まいというだけでなく、奥方様には少しでも居心地良く過ごして頂きたいとセシーリア様もアルメリア様も仰せでございました。」
「しかしなぁ……。今日のあの出迎えはやり過ぎだと思うぞ」
国の主と言われたエドワルドは昼間の出迎えを思い出したらしく、顔を盛大に顰める。執務室に移った後にサントリナ公ら重鎮達にも釘を刺したのだが、加熱する一方の熱狂ぶりに果たして効果があったかどうかは怪しい。
「それだけ殿下に期待しておられるのです」
「だからと言って何でも許される訳がない」
期待されているのは分かっている。そして間近に迫った選定会議が開かれれば間違いなく自分が国主に選ばれるのも仕方がない。もちろん選ばれたなら全力を尽くすつもりではいるが、決まってもないのに同等の待遇を受けるのは彼の主義に反するのだ。こだわっているのは自分だけだとも分かっているエドワルドは、ため息をつくと杯の中身をあおった。
「もう少し抑えて頂くようにもう一度お願いするしかないわね」
正直、この熱狂ぶりはフレアも戸惑いを隠せない。だが、もう自分達でどうこう出来る話ではなくなってきている。彼女は苦笑して空になった夫の杯にワインを注ぐ。ここで愚痴っていてもどうにかできる事では無いので、夫婦は現実逃避をするかのように話題を子供達に代え、控えていたオルティスを下がらせた。
今日は遅くまで仕事を頑張ったので、明朝は少々遅くなっても差し支えは無い。朝食は子供達と一緒に摂ろうと決め、先ずは夫婦2人だけの時間を楽しむことに決めた。エドワルドはそっと妻の体を抱き上げると、奥の寝室へ足を向けた。
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ちなみに、夜間夫婦2人きりの時には、ルルーは夫婦の寝室に入室禁止。
小竜とはいえ、夫婦のコミュニケーションを見られるのは抵抗が……。
ちなみに、ルルーがいなくてもフレアはお酌ぐらいなら問題なくこなす事が可能。
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