199 動き出した時間1

 内乱が起こったのは夏の長期休暇をもぎ取り、恋人のオリガと共にアジュガで過ごす約束をした矢先だった。やっとの思いでフォルビアのあの館に戻って来たが、廃墟と化したその惨状に言葉を無くして立ち尽くした。その瞬間に彼の中で何かが壊れて止まった。

 その後は夢中で働いた。エドワルドを無事に救出した後も皇都を解放した後も彼の心を動かす事は無かった。逃亡したラグラスを追い、妖魔の討伐に奔走し、ひたすら体を動かし続けて春を迎えたが、彼の中で止まった何かは動くことは無かった。


 だが……


『ルーク!』


事態が動いたあの日、騎士団の集合場所となっていたあの場所に使いとして行ったあの時、目に飛び込んで来た彼女の姿を見て止まっていたそれは再び動き出した……。

 



「おい、ルーク、起きろ」

 本宮南棟の客間。熟睡していたルークは親友に叩き起こされた。

「……」

 どうやらすっきりと目覚めてはいないようで、体を起こしたまま彼はボーッとしている。

「もう他の方々は出立されたぞ」

「もう……そんな時間か?」

 昨夜皇都に到着したルークはサントリナ公ら重鎮達に報告を済ませた後、この部屋に案内されていた。そこは以前、使いで来た時に使った部屋だった。

 くたびれきっていた彼は、湯あみと用意されていた食事を済ませると這うようにして寝台に潜り込んだ。本人が思っている以上に疲れていたらしく、どうやら寝過ごしてしまった様で、窓にかけた帳の隙間からは明るい日の光が差し込んでいる。

「あちらに朝食の用意が出来ている。身支度を整えてから来いよ」

 ようやくのろのろと寝台からはい出した彼にユリウスはそれだけ言い残すと寝室を出て行く。ぼうっとした様子で彼を見送ったルークは、頭をすっきりさせるために浴室に向かい、顔を洗うついでに頭から水を被った。

 着ていた夜着を脱ぎ、腕に巻いていた包帯を外す。昨夜は眠いのが先でろくに手当てをしなかったのもあり、今更ながらに受けた傷が痛んできている。ルークは背嚢からオリガにもらった軟膏を取りだすとそれを傷口に塗り込み、再び当て布をして包帯を巻いた。そしてユリウスの忠告に従って衣服を改めると、手早く荷物を片付けて寝室を出る。

「おはようございます」

 居間のテーブルにはおいしそうな朝食が並んでいた。ユリウスはソファに座って彼を待っており、侍官のサイラスがちょうどお茶を淹れたところだった。

「いただきます」

 ルークは席に着くと、勧められるままに食事に手を付けていく。

「なんか、ようやく以前の君に戻ったな」

「ん?」

 ユリウスのしみじみとした感想にルークは首を傾げる。

「ギスギスとした感じが無くなった。いつか壊れるんじゃないかと、皆、心配してたんだ」

「……すまん」

 この1年、どんどん表情が乏しくなっていく親友に、ユリウスはかける言葉が見付からずに悩んでいた。それでも結局、他の竜騎士達同様に腫れ物に触る様に接する事しかできなかったのだ。先日のアスターとマリーリアの婚礼では幾分和らいだ表情を浮かべていたが、それでも声をかけるには至らなかった。

「でも、本当に皆様無事にお帰りになられて良かった」

「そうだな」

 サイラスがほっとしたように口を挟むと、ユリウスもルークもうなずいた。昨夜、ルークがラグラスの捕縛とエドワルドの妻子の帰還を報告すると、普段の冷静さが信じられないくらい重鎮達は大喜びしたのだ。嫡子誕生も付け加えると、厳格なイメージがあるユリウスの父親ですら皆と一緒になって小躍りして喜んでいた。

 それまで本宮全体を覆っていたピリピリと張りつめていた空気が嘘の様に一転し、一夜明けた現在では活気に満ち溢れていた。実の所、北棟では既にセシーリアが中心となって彼等を迎え入れる準備が始まっている。

「セシーリア様が張り切って準備していると姫様が言っておられた」

 内乱中は気丈に振舞っていたセシーリアだったが、本宮が解放され、献身的に看病していたアロンが逝去した後は何をしても無気力な様子で塞ぎ込み、アルメリアのみならず周囲はこのまま病気になってしまうのではないかと心配していたのだ。

 だが、先日のアスターとマリーリアの婚礼で、花嫁の支度を手伝った事をきっかけにまた表情が明るくなり、皆安堵していた。そして今回の朗報を聞いた彼女は、率先して準備を始めているらしい。やはり目標があると自然と元気も出てくるのだろう。

「ほら、行くぞ」

「へ? 何で?」

 食後のお茶を飲み終わったところでユリウスに急かされる。時間が押しているのは分かっている。急かされるのもわかる。だが、なぜ彼も騎竜服姿なのだろうと今更ながらに気付いて疑問に思う。

「名目としては姫様の護衛」

「アルメリア姫の?」

「ああ。君に決定事項を説明するのと、先行した一行の予定を知っている者が同行した方がいいだろうという事で私が君に同行することになった」

 ルークは急かされるまま立ち上がり、ユリウスと連れ立って部屋を出る。そんな2人にサイラスは「お気を付けて」と声をかけて見送ってくれるが、ユリウスの返答に益々頭が混乱してろくに返事もしないまま着場に向かった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



12時に次話を更新します

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る