169 策謀の果て5

「赤ちゃん」

「ほんとだ、赤ちゃんだ」

 赤子の眠る寝台の周りにニコルを始めとした子供達が取り囲んではしゃいでいる。その様子に母となったジーンは満足げな笑みを浮かべた。

 彼女は昨夜遅くに破水し、そして続けて起こった陣痛の間隔はあっという間に短くなり、明け方には男の子を出産していた。ヒースやルークと近々視察に来るエドワルドの警備体制の打ち合わせの為にフォルビアに出向いていたリーガスが、知らせを受けてロベリアに戻って来た時には既に赤子が産声を上げていたくらい安産だった。

 拍子抜けしたリーガスだったが、それでも初めてのお産が軽く済んだことに安堵して妻をねぎらい、息子に対面を果たして再び総督府へ戻って行った。そして夜が明け、自分達に新たな兄弟が産まれた事を知った子供達が朝食前に会いに来てくれたのだ。

「あまりうるさくしてはダメだ。起きてしまうよ」

 一番はしゃいでいるのは今まで末っ子だった女の子だ。年長らしくニコルはそれをたしなめ、若い養母に祝いを述べる。

「おめでとうございます、ジーン母さん」

「ありがとうニコル。みんなも来てくれてありがとうね」

「ねえ、ねえ、男の子?女の子?」

 赤子の寝台を離れ、ジーンが横になっている寝台によじ登りながら末の女の子が聞いてくる。その隣にはそのすぐ上の男の子が同様にしてよじ登ろうとしていた。

「男の子よ。みんなに弟が出来たの」

「そっか……」

「やったぁー」

 妹が欲しかった女の子は残念がり、弟が欲しかった男の子は喜んで万歳する。あまりのはしゃぎ様に今度こそ赤子が目を覚まして泣きだした。

「騒ぎ過ぎだ」

 ニコルは怒るがそれをジーンは窘めて2人をなぐさめる。その間に乳母が現れて赤子の世話をし、この家の侍女頭は朝食の時間だからと子供達を部屋から連れ出した。やがてお世話が済んだ赤子は乳母にあやされながら再び眠り、そっと寝台に戻される。ジーンは乳母を労うと下がらせ、小さな息子を眺める。

「パパに似ていい男になるのよ~。あの素敵な筋肉も絶対よ」

 ジーンは半身を起こし、手を伸ばしてすべすべな赤子の頬に触れる。生まれてきた子供達にも父親に負けないくらいの筋肉をつけさせ、素敵な筋肉に囲まれて生活すると言う彼女の密かな野望はまだまだ始まったばかりだった。




「おう、お前達、よくやった」

 ラグラスは積み上げられた戦利品に上機嫌で部下を労った。畏まる2人は元々ゲオルグの取り巻きで、フォルビアではあまり顔が知られていないのを利用して近隣で情報を集めていた。今回はその情報が役立ち、近くの村の代表者が街へ買い出しに行った帰りを襲撃したのだ。

 細々とした生活雑貨が大多数を占めるが、運がいいことに中には干し肉等の保存食や酒もある。彼等は意気揚々と砦に引き上げてきた。偽物の人質のおかげで竜騎士達も容易に砦へは近づいてこないので、仕事は楽に進められた。

「近日中にあのエドワルド殿下がフォルビア入りするそうです」

「追悼の儀式をすると聞きました」

 新たにもたらされた情報にラグラスは色めき立つ。

「やっと来る気になったか。まあ、審理には顔出さないとなぁ、俺様の不戦勝になっちまうからな。金もしっかり払ってもらおうか」

 以前、ベルクの部下に審理に顔出すのは面倒だと言った所、当事者が出席しない場合、自動的に負けになるのだと脅された。訴えられた方はその要求を呑むことになり、訴えた方はその請求を取り下げたと見なされるのだ。その後も例外や細かな注意事項の説明があったが、ともかく審理に出られなかった場合は自動的に負けになるとだけは記憶していた。

「良いこと思いついたぜ」

 ラグラスが不敵な笑みを浮かべる。その様子に彼の側近達は嫌な予感しかしなかった。

「その儀式をどこでするか探りだせ。護衛の人数もだ。待ち構えて奴を殺す……いや、深手を負わせるだけでもいい。そうすれば、もうこっちのもんだ」

 ラグラスは戦利品を漁って酒を見つけ出すと、早速それに口をつける。

「皆に触れを出せ。奴に関する有益な情報を持ってきた者には銀貨をやる。奴に傷をつけた者には金貨だ。うまく仕留められたら金貨10枚だ」

 一体どこから出すつもりなのか、なかなか気前のいい報酬である。偽の人質を盾にした金が手に入るのを当てにしているのか、それともベルクに出させるつもりなのか。身代金に関してはフォルビアは様子をうかがっているらしく何の音沙汰も無く、ベルクの部下は既にここを出て行っており、連絡を取るのも難しい。

 それでもその触れを聞いた一部の者達は色めき立ち、中には早速行動に移す者もいる。ゲオルグの取り巻きだった2人も例外では無く、彼等も慌てて準備を整えると砦を後にした。

「見てろよ……。フォルビアだけじゃねぇ、タランテラ全てが俺様のものだ」

 ラグラスは安い酒をまたあおる様にして飲むと、酒に支配された頭で己がタランテラの支配者となった明るい未来を夢想する。自称未来の国主様は自分の考えに満足すると、また次の酒瓶に手を伸ばして封を開ける。

 そんな彼を青い顔したダドリーがどうしたものかと様子を窺っていた。



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暴走が止まらないラグラス。

彼の企みは成功するのか?


12時に閑話を更新します。


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