167 策謀の果て3

 薬草園の畑一面に薬草の苗が植え付けられていた。農夫達は額に汗をかきながら一心不乱に作業に励んでいる。心なしか農夫達が嬉しそうなのは、植え付ける薬草が昨年とは違って健全な物だからだろう。

 どこからか連れて来られた幼竜にここで作られた薬草を与え、更にはその幼竜がもがき苦しんだ末に死んでしまったのを目の当たりにした。うすうす良くない物だと気付いていたが、それが大陸全土で使用が禁止されている劇薬の材料だと知ったのはつい最近だった。

 それでも言われるままに作業をしたのは集落に残してきた家族の為だった。いつか失った戸籍と定住する土地を貰え、家族とともに移り住むのを夢見ていたのだが、それはもう叶わない。ここへ彼等を言葉巧みに連れて来た男達によって、住んでいた集落ごと家族は消されていたのだ。

「飯にしようぜ」

 既に太陽は中天に差し掛かっている。監督官に声を掛けられた農夫達は作業の手を休め、近くにある小屋へ足を向けた。既に用意されていた昼食は野菜の煮込みと薄焼きのパン。素朴な内容だが、以前に比べれば格別な待遇と言っても過言ではない。

 そもそも多少の休憩は許されても昼食が出る事などめったになかった。出ても雑穀の粥だったり固くなったパンと水だけだったりで、腹を満たすだけの内容だった。朝食も夕食も同様で運が良ければ野菜屑で作ったスープが出たくらいだった。しかも監督官と同席して同じものを食べるのは有り得なかった。

「お疲れ様。植え付けは今日中に終わりそうですか?」

 昼食を食べ終わる頃、小屋に1人の若者が姿を現した。簡素な服装に長剣を差し、肩に小竜を乗せた彼の姿を見ると、農夫達だけでなく監督官も慌てて立ち上がった。

「かしこまらなくていい」

 若者は農夫達にはそう言って食事の続きをする様に促し、監督官の中でも責任者となっている男を呼んで小屋の外へ出て行った。今こうしていられるのもあの若者のおかげなのだと監督官から幾度も言われ続けた彼等は、彼が小屋を出るまでは不動の体勢をとり続けた。




「順調みたいだな」

 等間隔で植え付けられた苗が整然と並ぶ光景にアレスは目を細めた。

冬の間は皇都に滞在していたアレスは、春になり討伐が一段落したのを見計らってフォルビアに戻ってきた。現在は情報操作をしている諜報員を手伝いながら、制圧した小神殿とこの薬草園を往復する生活を送っている。

「おう。今日中には終わる予定だ」

 そう答えたのは、すっかり監督官が板についたスパークだった。冬の終わり、ここに半ば監禁されていた農夫達の存在を確認し、更には幼竜を使ったおぞましい実験が行われていた事実を知った彼等は、もう放置できないと判断してこの薬草園の制圧を決断した。

 あらかじめ小竜によって綿密な探査を行い、フォルビア正神殿にいるレイドとパットを通じてフォルビアとワールウェイドにも協力してもらったおかげで、ここの制圧は速やかに行われた。

 ここにいた元々の責任者や護衛達は捕えられ、尋問を終えた今はワールウェイド領の牢に捕えられている。

「しかし、奴は本当に来るのか?」

「まだ分からん。母上と大母補様が張り付いて離れないから、ベルクにそんな余裕はないはずだ。だが、何が起きるか分からないから、上辺だけあれを作っているように見せかけておく。じい様の話では、苗の状態なら素人には何を作っているか分からないとの事だ」

「さすがに大母補様をここへ連れてくる度胸はないか」

 グスタフとベルクが金に飽かせて作っただけあって、この薬草園には最新の設備が整っている。このまま放置するのももったいないし、健全に使えば新たなワールウェイド領の特産物が出来るかもしれない。

 タランテラ側の許可を得た上で、ペドロのアドバイスに従い、貴竜膏の原料となる薬草を育ててみることになったのだ。種はエドワルドとも交流のあるビルケ商会に相談した所、すぐに用意してくれ、代金はこの薬草園がうまく機能するようになってから支払う事で合意した。そして解放した農夫達と1人1人契約して再びここで働いてもらう事になったのだ。

「農夫達の様子は?」

「以前との違いに戸惑っている様だが、どうにかやっているな。アイリーンの話じゃまだ精神的なケアは必要だと言ってる」

「そうか」

 アレスの肩に乗る小竜は人間達の話に飽きた様で、大きく欠伸をするとその場で居眠りを始める。アレスは苦笑してその頭を撫でた。

「さっき、こいつがルイスの手紙を運んできた」

「何かあったか?」

「エヴィルが海賊討伐を再開した。ガスパルが掴んだカルネイロとの取引に関する情報を元に作戦を実行するそうだ。うまくいけば審理までに終わる。奴を追い詰める証拠がまた一つ増えることになる」

 海賊との繋がりを示す明確な証拠はまだ揃っていない。だが、今回ガスパルが入手した情報によると、思考を鈍らせる薬をカルネイロ商会を通じて海賊に渡す手筈が整えられているらしい。また、この薬草園を制圧したことにより、この薬にも『名もなき魔薬』の原料となっている薬草の一部が使われていることが分かっていた。

「それからタルカナがこちらについた。あと、ベルクの側近を捕えた」

「ほう……。タルカナにも見捨てられたか」

 率直な感想にアレスは苦笑する。だが、顔を引き締めるとその続きを報告する。

「フレアが2年前に行方不明になったのはそいつの仕業だった」

「何?」

「集落の破壊とあの種の回収を任されたベルクの側近があの集落でフレアを捕え、独断で種と共にタランテラに連れてこようとしたそうだ」

「……許せん」

「しかもその途中、ロベリアで妖魔に遭遇した時に、竜騎士共々フレアを見捨てて逃げたそうだ」

 アレスは怒りを堪える様に拳をグッと握りしめる。

「逃げた? 竜騎士が?」

「そうだ。あの薬に侵され、まともな判断が出来なくなりつつあったそうだ。その後に口封じをしたと言っている」

「何て事を……」

 何事にも動じないスパークもこの惨さに絶句する。

「知らなかったとはいえ、あの件にベルクが関わっていたことも判明した。更には側近を捕えた事で奴の悪事の全てが明らかになった。審理では間違いなく奴を有罪に出来る」

「そいつを一発殴っていいか?」

「ルカがイラついて蹴り飛ばしたらしいが、殴るのは俺が先だ」

「勿論です」

 スパークは神妙に頷いた。

「ラグラスの戯言はまだフレアに伝えてないそうだ。義兄上も本気にしてない様子だし、ブレシッドの別荘に着いてから話す事になったらしい」

「アリシア様もご存知で?」

「ああ。近日中にフォルビア入りするらしいから、様子を見て会ってくる」

「バレませんかね?」

「無理ならレイドかパットに間に入ってもらう。予定外の事が起きているし、一度打ち合わせておいた方が良いだろう」

「確かに」

 やがて昼食を終えた農夫達が小屋から出てきて作業を再開する。アレスの姿に緊張した様子だったが、彼があれこれ話しかけると幾分か緊張は和らいだ様子だった。

 そしてアレスは苗の植え付けが完了するのを見届けると、満足したように薬草園を後にした。


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