166 策謀の果て2
3日間の蜜月を終え、本宮に帰って来たアスターとマリーリアは、竜舎でラグラスの要求の件を聞きつけ、慌ててエドワルドの執務室に向かった。
「殿下」
「……出仕は明日からではなかったか?」
執務室に飛び込んで来た2人の姿に、半ば予感していたらしいエドワルドは大して驚いた様子を見せなかった。だが、相変わらず山となった書類に囲まれており、急ぎの仕事を抱えているのか、2人にちょっと待つように言い置いて再び書類に目を戻す。
ウォルフが2人にお茶を淹れて席を勧めてくれるが、とても落ち着く気になれず、アスターは座らずにエドワルドの執務机に近寄る。
「手伝います」
「……その山だけ頼む」
本当に立て込んでいたのだろう。エドワルドは少しだけほっとした様子で一番端にある山を指す。アスターは予備の机にそれを運び、慣れた様子で書類をめくる。マリーリアがその側に控え、さりげなく手伝う。
髪を降ろして隠してあるが、彼女の首元にはくっきりと赤い跡がついている。今の自分には目の毒なのだが、自分の負担を減らそうと常に先回りして動いてくれているアスターが新妻と2人だけの甘い時間を過ごせ、少しは休養になったと思うとエドワルドは自然と笑みが零れていた。
2人掛かりで黙々と作業したおかげで、予定よりも幾分か早く書類の山は片付いた。ウォルフが全ての書類を運び出すと、改めてエドワルドはアスターに席を勧め、マリーリアが3人分のお茶を淹れなおした。
「……ラグラスの戯言の件はヒースが持ってきたのですか?」
「まあ、そうだな」
エドワルドは優雅な仕草で茶器を口に運ぶ。予測していた答えにアスターは大きくため息をつく。
「どうなさるおつもりですか?」
「あの要求には応じるつもりは無い。だが、すぐに答えず、様子を見るつもりだ」
エドワルドはそう答えると、2通の報告書をアスターに手渡す。1通はヒースが運んできた第1報。もう一つは今朝方届けられたものらしい。
手渡された報告書を受け取ったアスターはそれに目を通していく。隣に座っていたマリーリアも横から覗き込み、その内容に顔を
「……フロリエ様が奴の元にはいない確証は有るのでしょうか?」
「なかなか近寄らせては貰えないが、エアリアルは彼女達の気配を感じる事は出来なかったそうだ。奴の元にいるのは偽物だ」
ラグラス側が見せつけた女性がフロリエ本人では無くても、人質がいる事には変わりない。早く救出をした方が良いのだが、
「今朝届いた報告書によると、ラグラスは近隣の領主から巻き上げた糧食の大半を売って酒に代えたらしい。そのままであれば、配下も含めて審理までどうにかしのげる量だったが、残ったのはどう見積もっても数日が限度。しかも上層部で独占し、下端には行き届いていない状態らしい」
「それでは……」
「既に離脱者も出始めている。ベルクが奴に付けていた部下も砦を出たと聞くし、このままでは砦で暴動が起こる可能性もある」
「何か対策は?」
「ヒースの報告では離脱者から砦内の情報を集め、彼等を利用して更なる離脱を促している」
後から届いた報告書には、帰順した後も砦に残って情報を集めたり、離脱者を募ってきたりする者もいるらしい。どこまで信用できるか分からないが、それでもラグラス側の糧食不足は深刻な状況だと推測できる。
「審理が来月と決まった。それに先駆けロベリアとフォルビア、ワールウェイドの視察を行う」
「私の役回りは?」
「第1騎士団の第1から第3大隊を連れて行く。その指揮を任せる」
手薄になる皇都の警護にサントリナ領とブランドル領から竜騎士を集め、第2、第5騎士団の一部をワールウェイド領に待機させる。ロベリアでは第3騎士団も合流し、第7騎士団はフォルビア領の西で待機。ワールウェイド家はその後方支援を任され、新たな女大公となったマリーリアが指揮をとり、エルフレートとリカルドがその補佐を行う事が決められていた。
ただ、雛が卵から
その大がかりな軍容に2人は思わず息を飲む。武力のみでの解決を禁じたダナシアの教えに反するとも見られ、審理に悪影響を及ぼすのは必至だった。
「その様な事をすれば……」
「あくまで内乱で荒れた地域の復興の為だ。叔母上の墓参をし、焼け落ちた館の跡を視察してあの湖畔の村で犠牲者の追悼をする。ロイス神官長の墓にも参らなければな……。
こちらから仕掛けるつもりは無い。私の目的はあくまで視察だ。だが、向こうが何かを仕掛けてくれば、武力を行使する事は許されているはずだ。だから、騎士団を大がかりに動かしている事を気取られてはならない」
エドワルドの注文にアスターは思わず頭を抱える。地方への視察に同行する竜騎士は通常1大隊である。竜騎士は動くだけで目立つと言うのに、それだけの大軍が動いている事をあのベルクに気取られずに移動させなければならないのだ。
「護衛として連れて行くのは第1大隊。残りの2大隊は小隊単位に別れて移動」
「合流箇所は決めてありますか?」
「叔母上の館の跡だ。火急の時にはそこから駆けつける事になっている」
アスターは思わずため息をつく。自分が蜜月で留守中の間に、何も知らされず、ここまで決められてしまっている事に何だか納得がいかない。
「決定事項ですか?」
「そうだな」
「……」
「アスター?」
黙って聞いていたマリーリアが隣の夫を気遣う様に見上げる。
「仕方ありません。出来る限りの事を致します」
「頼むぞ」
アスターは渋々承諾し、エドワルドもマリーリアもほっと胸を撫で下ろした。
「では、早速手配いたします」
「……明日からでもいいのだぞ?」
2人は今日まで休みだった。返上させるつもりのなかったエドワルドは少し慌てる。
「今度こそ確実に奴を捕えなければなりません。ならば取り掛かりは少しでも早い方が良いでしょう」
これだけは譲れないらしく、アスターは新妻を
自分で休暇を与えたものの、アスターが復帰してくれてほっとしたのも確かだった。エドワルドは2人を見送ると、1つ伸びをして新たな書類が山積みになっている机に向かった。
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