143 一筋の光明3

「全て信じてしまっても宜しいのでしょうか?」

「嘘ではないだろう。だが、まだ隠している事は有りそうだ」

「……」

 正直、ルークはまだ彼等を信じ切れていない。

「お前が不審に思うのも仕方ないが、少なくても我々の敵ではない。そう、邪険に扱うな」

「……分かりました」

 本当に渋々と言った様子でルークはうなずいた。ヒースはそんな彼に苦笑しながらも、閉じていたフォルビアの地図を広げる。

「例の砦に動きがあった」

「本当ですか?」

 少し様子を見ようと、しばらくはルーク自身があの古い砦に足を運ばないようにしていた。西部の有力者達の動向も怪しく、ヒースの命を受けた部下がそれを含めて交代で辛抱強く様子を見守っていた所、ついにラグラスの部下が姿を現したらしい。

「くれぐれも早まった真似はしないでくれよ」

「それは……分かっています」

 正式に審理を受けると決めた以上、居場所が分かったとしても現段階でラグラスの身柄を拘束する事は出来ない。様子を窺うだけに留めるしかできないのが何ともいえず歯がゆい。

「とにかく、冬を乗り切るのが先決だ」

「分かっています」

 有名傭兵団に所属する心強い助人が来てくれたが、やはり率いる立場になったからか不安が付きまとってくる。ルークは気を引き締めてうなずいた。

「見回りに行ってきます」

「一人で行くなよ?」

「分かっています」

 ルークはそう答えると、頭を下げて執務室を辞し、部下2人を引き連れて見回りに出る。落ち着かない時は飛竜と共にいるに限る。そう考えるのはルークだけでは無かった。




 この冬最初の討伐を終えたルークは報告の為にヒースの執務室へ向かった。今回現れたのは青銅狼が20頭ほど。討伐期最初としてはごく普通の出だしだった。

「失礼します」

「おう、お疲れ」

 ヒースは相変わらず山ほどの書類に囲まれていた。入室してきたルークの姿をチラリと見ると、きりの良い所まで終わらせてからペンを机に置いた。

「どうだった?」

「青銅狼が20。怪我人はおりません」

「そうか、ご苦労だった」

 竜騎士になって10年以上経ち、例え騎士団長の地位に就いて自ら先陣を切らなくなってもその冬最初の討伐は緊張する。まだ先は長いのだが、最初の討伐が無事に終えたと聞き、ヒースは安堵の息を吐く。

「つい先ほど、知らせが来た。ロイス神官長が亡くなられたそうだ」

 神殿騎士団が監禁状態のロイスを救い出して10日。既に手の施しようが無かった状態だった彼は、今朝がた静かに息を引き取ったらしい。密かに知らせに来てくれたレイドが、里の医術をもってしても救えなかったと、悔しさをにじませながら報告に来たらしい。

「そうですか……」

 ルークは拳を強く握る。ロイスの為に何の役にも立てなかった自分が腹立たしかった。

「とにかく今日はもう休め。次の出動要請には私が応える」

「ですが……」

「休める時に休んでおきなさい」

「……分かりました」

 まだまだ先は長いのだ。今から無理をしては、後が続かない。ルークは頷くとそのまま自室に引き上げた。


ナオーン。


 窓辺に置かれたクッションの上で寛いでいた白い猫が、部屋に戻ったルークの足元に擦り寄ってくる。その猫はすっかり成猫となったブルーメだった。

 館が襲撃を受けた後はしばらく行方不明だったのだが、近くの村長の家で保護されていた。日増しに表情が乏しくなり、口数も以前に比べてめっきり減ってしまった部下の精神状態を危惧し、引き取って来たヒースがその猫を半ば押し付けるようにルークに預けたのだ。

「水と餌を用意する。ちょっと待て」

 おかげでどうにか人間らしい感情を失わずにいるらしい。フロリエやコリンシアが可愛がっていた猫は彼の恋人も良く世話をしていた。その思い出に縋りながら、猫の世話を嫌がらずにやっている。

「……どうして頼って下さらなかったのだろう」

 世話が一段落すると、ルークは寝台に寝そべった。どうしてもロイスの訃報を思い起こし、役に立てなかった悔しさが沸き起こってくる。

「仲間を頼れと教えて下さったのは貴方だったのに……」

 荒れ果てた館の跡で呆然自失し、僅かな可能性も打ち砕かれて絶望しそうになった彼に助言をくれたのは他ならぬロイスだった。その苦境に気付いてやることも出来ず、結局恩に報えなかった。悔しさに涙が溢れる。


 ニャオン


 餌を食べ終え、食後の身づくろいも済ませたブルーメが寝台に上がってくる。寝転んだルークに擦り寄り、ゴロゴロと喉を鳴らす。緩慢な動きで彼は手を動かすと、その体を少し撫でる。討伐で疲れていた彼はいつの間にかそのまま寝入っていた。



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12時に閑話を更新します。



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