133 冬の到来8

「その色々というのは具体的に?」

「休みの折に城下で会い、竜舎の様子等を話すと酒をおごってもらえたそうです。そしてつい先日、あの薬をカーマインに盛る様に頼まれたそうです」

「二つ返事で受けたのか?」

「いえ、さすがにそれはまずいと思った様で、最初は断ったそうです。ですが、色々と脅されて最終的には報酬に目がくらんで引き受けたそうです」

 ありがちなパターンである。エドワルドが一つため息をつく。

「離れて暮らす家族に危害を加えるとか、本宮内の情報を漏らしている事をばらすとか言った事をネチネチと言われた他に、いつの間にか周囲をその男の仲間に囲まれていたそうです」

「なるほど。それで、その薬が何かは知っていたか?」

「そこまでは聞いてないそうです。芋に仕込む方法を教えてもらったそうですが、それでも食べようとしなかったので無理やり押し込もうとしたところへ殿下が来られたと言っておりました」

「そうか……」

 期待はしていなかったが、やはりあの2人は何も知らされていなかった。まだこの騒ぎは広まっていないだろうが、雇われているのはあの2人だけとは限らない。今から城下を捜索させても、別口から情報を得ていれば、その親切な男は仲間ともども既に逃亡しているだろう。

「手遅れかもしれませんが、僅かでも手がかりが得られればと思いましてその酒場を調査させております」

 エドワルドはうなずくと一通り目を通し終えた報告書を机に置いた。

「使われていた薬は何か分かったか?」

「堕胎薬の一種だったようです。人間には劇薬ですが、飛竜に効くかどうかは疑問です」

「カーマインの産卵を阻止して何の益が有るのか……」

「勘繰った見方ですが、こちらでの産卵が失敗に終われば、マルモアの神殿は堂々とカーマインの引き渡しを求められます。そこまで執着する理由までは分かりかねます」

「マルモアか……。探ってみたいが、余裕はあるか?」

「ワールウェイド領の問題が解決しましたので、本格的に討伐が始まるまでは手を裂けます」

「そうか……」

 前日にロベリア、フォルビア、ワールウェイドの3総督から増援の傭兵部隊のおかげで全軍の配置が完了した旨の書簡が届いていた。ギリギリになったが、これで最大の懸念が解消されたことになる。

 しかし、ワールウェイド領の問題が解決したからと言って、討伐を間近に控えた現状では余裕は殆どないはずである。それでもアスターが引き受けるのはカーマインに、ひいてはマリーリアに関する事だからだろう。

「上級の室には古参の係員が世話をする様に言いつけ、交代で見張りをたてています。他の飛竜達がいれば問題ないのでしょうが、これから討伐期に入るとどうしても隙が出来ると思いますので、人員を割く事に致しました」

「仕方ないだろう。カーマインが産卵し、子竜が無事にかえるまではそうしてくれ」

「かしこまりました」

 アスターは了承し、すぐに執務室を後にしようとするが、そこへ慌ただしい足音が近づき、少し乱暴に扉が叩かれる。

「何事だ? 騒々しい」

 アスターが誰何すいかすると、返事をするのももどかしい様子でマリーリアが室内に転がり込んできた。

「マリーリア、どうした?」

 よろめく体をアスターが支え、エドワルドは腰を浮かせる。

「兄上、大変です。陛下が……御危篤だと……」

「何?」

 兄と呼んでもらったのを喜んでいる場合じゃなかった。すぐさまエドワルドは北棟に駆け出した。なりふり構わずアロンの部屋に駆け込むと、既にセシーリアとアルメリア、ソフィアの3人がアロンの寝台を囲む様にして見守っていた。

「父上」

 セシーリアが場所を空け、エドワルドは寝台の脇にひざまずく。手を握ると氷の様に冷たかった。

「父上……」

 再び呼びかけると、少しだけアロンは目を開けた。そしてエドワルドの姿を認めると安堵したように再び目を閉じる。

「父上?」

 控えていた医師が確認するが、静かに首を振る。アルメリアとマリーリアはその場に泣き崩れ、セシーリアは両手で顔を覆った。ソフィアはエドワルドとは反対側から握りしめていた手に縋り、エドワルドはその場で固まった様に涙を流した。




 3日後、アロンの葬儀が行われた。列席したのは身内のみで、国主の葬儀としては異例なほど簡素に執り行われた。

「父上……」

 アロンの棺が霊廟に納められ、順に花を供えて祈りを捧げた。泣き崩れる女性陣をそれぞれの伴侶や恋人が支える様にして連れ出し、エドワルドは最後に花を供え、改めて国の再建を誓った。

 霊廟を後にしても涙がこらえきれず、彼は天を仰いだ。すると、冷たいものが顔に落ちてくる。

「雪……」

 曇天からひらひらと白いものが舞い落ちてくる。タランテラにとうとう辛く長い冬が到来した。




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おまけ「アノ人は今」

本編に乗せる程ではない小ネタ。


リューグナー

竜騎士達に捕えられた後、ロベリアの牢に収監中。

『名もなき魔薬』について色々尋問され、素直に神殿からの依頼だったと答えたのに誰も信じてもらえなかった。

それでも人手が足りないので、飛竜膏(傷薬)や風邪薬等の調合を兵士の監督下で行っている。

ただ、放っておくとサボるので、報酬として一日一杯の蒸留酒(だいぶ水で薄めてある)を約束。

その上で、少しでも手を緩めるとどんどん酒の量が減っていくと言うペナルティー付き。

これで案外真面目に働いているらしい。


ディアナ&バート

ディアナはロベリアの食堂で竜騎士達の胃袋を支えているのは前述通り。

本人に自覚はないが、落ち着いた雰囲気が若い竜騎士や騎馬兵、果ては文官を惹きつけて、東砦に赴任となったキリアンは気が気ではないらしい。

バートはリーガスの養子となったニコル達6人と仲良しに。

冬季の間、街中の神殿で行われる学校で一緒に勉強することになった。


ニコル

リーガスの養子となり、他の5人と共にロベリアの街中にある家に引っ越した。

ジーンの懐妊を最も喜んだ1人。

バートとも意気投合し、一緒に勉強する仲になった。

将来の夢は村の再建!


リリー

前年に誘拐事件の首謀として捕らえられ、ロベリアの牢に収監中。

後からカサンドラにめられたことに気付くが、事件を起こしてしまった事実が消えることは無く、10年の禁固刑となった。


カサンドラ

父親と共に捕らえられたが、彼女はすぐに解放された。しかし、父親の威光を笠に贅沢三昧した代金が払えず、複数の商会から訴えられて牢に逆戻り。

先住していたリリーが彼女に気付くと、壮絶な取っ組み合いの喧嘩が始まった。その凄まじさは牢番の間で後々まで語り草となったらしい。

トロスト家は破産し、彼女は後に修道院行きとなった。ちなみに母親はさっさと離婚し、夫と娘を見捨てて実家に帰ったらしい。

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