132 冬の到来7

「殿下、ありがとうございます」

「いや、間に合ってよかった。だが、一番の功労者はグランシアードだな」

「そうですか。ならば、今夜は好物を添える様に伝えておきましょう」

 アスターの決定を伝えられ、グランシアードは上機嫌で喉を鳴らした。

 慌てて駆けつけてきた係官にアスターはファルクレインの装具を渡し、室の中にいたままのマリーリアを促して外に出る。そこでようやく上司が部屋着に室内履きという姿でいる事に気付き、慌てて自分の外套を差し出した。

「すみません、宜しければこれをお使いください」

「助かる」

 すっかり体が冷え切っていたエドワルドは、ありがたくその外套を受け取ると体に巻きつけるようにしてはおった。幾分かましになったが、飛竜に合わせて天井が高い竜舎の中は、床暖房が入っていてもしんしんと冷えてくる。

「私の部屋に行きましょう」

 竜舎からはアスターの執務室が一番近いので、一先ずそこで報告を待つことになった。アスターの采配により、執務室には既にエドワルドの着替えが用意され、冷えた体を温める飲み物も準備されていた。

 すぐに机に山となっている書類にかかり始めた部屋の主に勧められ、エドワルドは暖炉の前で冷え切った体を温め、暖かな着替えに袖を通した。そしてマリーリアが淹れたお茶を飲むとようやくほっと息をつく。

「それにしても、カーマインに何をしようとしていたのでしょう?」

 自分にもお茶を淹れ、それを一口飲むとマリーリアは不安を零す。

「芋の塊を無理に食べさせようとしていた。その芋の調査を命じたが、おそらく中に薬か何か仕込まれているはずだ。だが、芋一つに仕込める量の薬では、飛竜はせいぜい体調を崩す程度だ。カーマインは卵を抱えているから、もしかしたら狙いはそちらだったかもしれない」

「そんな……どうして?」

 エドワルドの推測にマリーリアは絶句する。

「玄人にしては随分と雑な仕事ですね。何者かに雇われたのでしょうが、それにしてもある程度の計画は立てられていたはず。期限が迫っていたか、想定外の事が起きたか、とにかく今日、実行に移さなければならなかったとみていいでしょう」

「今までにも何かあったのか?」

 山積みの書類をさばきながら顔も上げずに答えたアスターにエドワルドは鋭い視線を送る。エドワルド自身にも余裕が無かったこともあるが、今までにそんな報告は受けていない。

「近づく世話係に対してファルクレインがやたらと神経を尖らせているんです。単につがいに近づく者を警戒しているだけかと思っていたんですが、今日の事でその理由が分かりました」

「なるほど」

 どうやらアスターも確信があったわけではない様だ。2人の話を黙って聞いていたマリーリアは1人不安げな表情を浮かべている。どうやら彼女が気に病むのを分かっているから、あえて口に出して言わなかったのだろう。

「警備を強化するか……」

「そうですね。飛竜達も協力してくれるでしょう」

 飛竜は弱い者を守ろうとする傾向がある。本宮にいる飛竜達はカーマインが卵を抱えている事を察しているらしく、特に雄竜は彼女を守ろうとする行動が顕著けんちょだった。今日のグランシアードの行動もそれによるものだろう。

「卵に……雛に一体何をするつもりなんでしょうか?」

「芋に何を仕込まれていたかによるな。本当に狙いが卵だったかも分からんし、現段階では何とも言えん」

「確かに……」

 尋問も芋の検分も難航しているのだろう。報告がなかなか上がってこない状態に痺れを切らし、エドワルドは一旦部屋に戻る事に決めて腰を浮かせる。残してきた仕事の中には急ぎのものも含まれていた。グラナトやサントリナ公といった重鎮達の仕事も滞っているかもしれない。

「仕事に戻る。後でまとめて報告してくれ」

「かしこまりました」

 アスターはすぐさま若い竜騎士を呼ぶと、南棟に戻るエドワルドの供を命じる。若い竜騎士は突然の命令に緊張でガチガチに固まってエドワルドに敬礼する。彼は苦笑してそれに応え、部屋の主とその恋人にお茶のお礼を言って自分の執務室に戻った。

 グランシアードに連れ出されたエドワルドが急に部屋からいなくなり、執務を補佐していたウォルフを始めとした侍官は随分と慌てたらしい。だが、混乱が大きくなる前に気が利くアスターから連絡をもらい、大事にならずに済んでいた。

 しかし、仕事は増える一方なので、机の上にはグランシアードに連れ出された時に残っていた倍以上の書類が山積みとなって鎮座していた。

「仕方……ないか」

 サボったつもりはないのだが、結果的に仕事を滞らせてしまったのは確かなので、諦めて席に着くと執務を再開する。小休止を挟みながら黙々と仕事をこなし、全て片付いた時には夜が更けていた。ずっと同じ姿勢でいて強張った体を解していると、扉を叩く音がする。

「アスターです。今、宜しいでしょうか?」

「構わない。入ってくれ」

 何の用で来たかは聞くまでも無かった。おそらくはエドワルドの仕事が一段落するのを待っていたのだろう。返事をすると、アスターはすぐに執務室に入って来た。

「報告を聞こうか」

 エドワルドは席に座り直し、アスターは報告書を机の上に置いた。姿が見えないところをみると、マリーリアは先に休ませたのかもしれない。

「捕えた男達はワールウェイド領からの避難民でした。担当者の話では、小神殿の紹介状を持っていたので採用し、当初は様子を見る為に馬の世話を主にさせていたそうです。仕事ぶりも真面目で試しに飛竜達の世話をさせたところ、臆することなく世話をしたのでそのまま人手が足りなかった竜舎へ配置換えをしたそうです」

「紹介元の小神殿に確認はしたのか?」

「紹介状は偽装された物でした。その小神殿では今年、避難民には紹介状は発行されておらず、昨年かその前の年のものをもとに作られた偽物でした。一見しただけでは区別がつかない程巧妙に作られています」

 エドワルドの眉間に皺が寄る。明らかに不機嫌な様子だが、この程度で臆していては、彼の副官は勤まらない。アスターは冷静に報告を続ける。

「当人達に尋問した所、一月ほど前に親切な男がその紹介状を譲ってくれたそうです」

「その親切な男とは?」

「名も知らない相手で、酒場で意気投合したと言っております」

 要は、その男は自分の目的の為に捨て駒になる男を探していたのだろう。エドワルドは優雅に足を組み、考えるそぶりをしながら先を促した。

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