129 冬の到来4

「風の便りで結婚したと聞いたが、随分と若い嫁さんを貰ったんだな」

「童顔なだけだ」

 皆、仕事に戻り、リーガスが東砦の新たな隊長になったキリアンに宛てた手紙を書く間、ジグムントには執務室に残ってもらった。そんな彼に先程見かけたリーガスの伴侶を興味津々に揶揄やゆされてリーガスは憮然とする。

「美人の彼女をどうやって口説き落としたんだ?」

「……口説かれたのはこっちだ」

「……嘘だろう?」

「本当だ」

 ジグムントは黙々とペンを動かすリーガスに疑いの眼差しを向けるが、彼は気にせず手紙を書き上げた。

 彼にほれ込んだジーンが押しの一手でリーガスを口説いたのはロベリアでは有名な話である。しかも街の名士であるジーンの父親もリーガスを気に入り、婿養子に迎えただけでなく後継者に指名してしまった。これに異議を唱えると思っていたジーンの兄達は逆にこれ幸いと家を出て独立してしまっていた。

「おかげで面倒なお付き合いが増えちまって参ってるんだ」

「俺には惚気のろけにしか聞こえねぇなぁ」

 頭を抱えるリーガスをジグムントは冷やかす。本当に嫌ならばさっさと逃げ出す事も出来たはず。そしてそれをしなかったのは伴侶に惚れ込んでいる証だろう。

「まあ、いい。その辺の詳しい話は春になったらじっくり聞かせてもらおう」

 ジグムントはリーガスから手紙を受け取ると、用が済んだとばかりに席を立とうとするが、リーガスは彼を制すると執務机の引き出しからペラルゴ村で発行された手形の写しを見せた。

「そういえば、お前、この4人に心当たりがないか?」

「手配中の人間か?」

「罪人ではない。殿下の奥方様と姫様、そして側仕えの姉弟だ」

 怪訝そうなジグムントにリーガスは内乱中に起きた出来事と、この手形を見つけた経緯をかいつまんで説明する。

「……境界の原野を通過してタルカナへ? 女子供だけで? 無理だろう?」

「ルークが力説するんだ。ティムがいるなら彼女達を飢えさせることはないと」

「さっき、フォルビアから来た若い竜騎士か?」

「ああ。実際、着の身着のままの状態だったにもかかわらず、漂着した場所から2日間徒歩で村まで移動している。村長のご厚意で十分な装備を整えているし、殿下が持たせた潤沢じゅんたくな旅費もある。可能性は高い」

 ジグムントは信じがたい様子だが、ティムという少年を良く知り、弟分を信じるリーガスはその信念を曲げずに続ける。

「ルークは野営に長けている。その手腕を自分を兄と慕うカワイイ弟分に随分と教え込んでいた」

「ふむ……傭兵としてもやっていけそうだなそいつは」

「ルークか? アイツはタランテラの至宝だ。絶対に出してたまるか」

「いや、2人共だ。是非ともスカウトしてみよう」

 リーガスにジロリと睨まれるが、ジグムントはニヤリと笑う。

「何事も無ければ、ティムは当人の希望通りこの秋に私の配下に置かれるはずだった。ルークは皇都へ栄転。春には慶事が聞けるだろうと思っていた」

 ため息交じりにリーガスが零すと、ジグムントは目を見張る。

「なんだ、あの若いの恋人がいるのか?」

「その行方不明の侍女だ」

「そうだったのか……」

「俺は、奴の心の方が壊れやしないか心配なんだ。元来喜怒哀楽に富み、人情にあつい奴だったが、最近じゃ滅多に表情を変えなくなった。殿下の為だけじゃなく、どうにかこの4人の手がかりが欲しいんだ俺達は。なのにラグラスの野郎、余計な手間を掛けさせやがって……」

 リーガスの言葉にさすがのジグムントも考え込む。

「察するに、あまり触れ回って探していい状態ではなさそうだな」

「分かるか?」

「その厚顔無恥な奴がその4人を先に見つけちまうと、お前達も苦境に立たされることになる」

「ああ。もしかしたら、それが分かっているから彼女達も今いる場所から名乗り出られずにいるんじゃないかという意見がある」

「ならば、俺達に出来る事は、春までお前達を全力でサポートする事だな。ついでにその厚顔無恥野郎の居場所を割り出す」

 ジグムントはニヤリと笑う。

「審理が終わるまでは手が出せないぞ」

「それでも居場所が分かれば奴らの動向が掴めるだろう?」

「それはそうだが……」

「傭兵仲間の繋がりを甘く見るなよ? その仲裁したベルクって準賢者は俺達の様な真っ当な傭兵からは疎まれてんだ。金さえ積めば何でもすると思っていやがる。悪い意味で有名人だから色々と情報も入る。そいつが匿っているラグラスって奴の居場所も入って来るはずだ」

「本当か?」

「ただ、少しばかり時間はかかる」

「春までは動けないんだ。少しくらいは目ぇつむる」

「任せておけ」

「成功報酬は自腹を切ってでも払わせてもらう」

 自信満々に請け負ったジグムントにリーガスは真顔で答える。

「酒を奢ってくれ。一晩飲み明かそう」

「良いだろう」

 ジグムントもかなりの酒豪である。一晩飲み明かせばかなりの額になるだろうが、もたらされるであろう情報はそれよりも何倍も価値があるはずだった。

「頼むぞ」

「おう、任せろ」

 旧知の2人は握手して別れた。




 母屋の居間に即席の祭壇が設けられていた。飾られたのは慎ましやかな野の花、そして捧げられた供物は村で取れた野菜。ただ、お神酒だけはブレシッド産の最高級品が供えられている。

 今日はコリンシアの7歳の誕生日。国主の血筋に連なる家系にとっては一つの節目として、先祖の名を継承する儀式が行われる。未だフロリエの外出がままならない状態なので、神殿には出向かずにここで行う事になったのだ。

 一見、慎ましやかに見えるが、儀式を執り行うのは賢者で、立ち合いが元大母と一国の公子といった豪華な顔ぶれである。それでもフレアの体調を考慮し、儀式は短時間で済むように簡略して行うことになっていた。

「良くお似合いですよ、姫様」

 いつもはリボンで束ねているコリンシアのプラチナブロンドをオリガは丁寧に結い上げ、仕上げにラピスラズリの髪飾りを付けた。父親に買ってもらったあの髪飾りは逃避行の途中で留め具が壊れてしまったのだが、器用なバトスが直してくれていた。姫君の希望で今日の晴れの日にも付ける事になり、まだ十分に伸びきっていない髪をオリガはどうにか結い上げてくれたのだ。

 今日の為にアリシアが用意してくれたのは丈長の深い青色のドレス。古いしきたりだが、7つの誕生日を境に女の子は丈の長いドレスを身に纏う事を許される。コリンシアは少し大人になった気分を味わい、その場でクルリと回って見せた。

「さ、参りましょう」

 ルルーを通じ、その様子を眺めていたフレアは、頃合いを見計らってコリンシアをうながす。少し膨らみ始めたお腹を締め付けないように配慮されたドレスを身に着けている彼女は、オリガに手を取られてゆっくりと立ちあがった。コリンシアが近寄ってその手を取り、母子は連れだって部屋を出る。そしてオリガに先導され、用心しながら階段を下りると、ゆっくりと居間の戸を開けた。

「さ、こちらへ」

 彼女達を迎えてくれたのは見届け役のアリシアだった。フレアを気遣い、ゆっくりと祭壇の前で待つペドロの元へと歩を進める。

「コリンシア・ディア・タランテイル、これへ」

 ペドロがコリンシアを呼ぶと、姫君は「はい」と返事をし、予め教えられていた通り、賢者の前に進み出て跪いた。フレアはアリシアと共に祭壇の脇に立ち、反対側にはルイスが無言で佇んでいる。そしてオリガとマルト、ティムの3人は戸口の脇で儀式を見守る。

「これより、継承の儀を行う」

 ペドロが重々しく宣言して儀式は始まった。先ずは全員でダナシアに祈りを捧げ、コリンシアが無事に成長した事を感謝した。そしてペドロが清めに聖水をコリンシアに振りかけ、アリシアに手を取られたフレアが進み出る。手には金の首飾りが握られており、フレアはそれをコリンシアの首にかけた。

「おばば様のご遺言でコリンはいずれフォルビアの女大公になります。おばば様のようにしっかりとした志を持って民を導けるように、テレーゼの名を継承しましょう」

 まだフォルビアにいた頃に、一度だけエドワルドとコリンシアの7歳のお祝いについて話し合った事があった。偶然にも継承させたいと思った名は一致したので、この名を継がせるのはエドワルドの意思でもあった。ちなみに「テレーゼ」は200年位前に大母に選ばれたタランテラの皇女の名である。以来、資質の高い皇女にはこの名が継承されるのが慣例になっていた。

「はい、おばば様のように立派な人になります」

 コリンシアが元気良く宣言すると、フレアは娘を抱擁する。そして最後にもう一度ダナシアに感謝の言葉を捧げて儀式は終了した。

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