130 冬の到来5

 この日の昼食は随分とにぎやかだった。お祝いの御前が並んだだけでなく、いつもは部屋で食事を摂るフレアや都合で時間帯がずれるルイスやペドロも一緒に席に着き、更には恐れ多いと村に着いてからは同席する事が無かったオリガやティムも一緒である。希望を全て叶えてもらったコリンシアは終始ご機嫌だった。

 午後には村の人達が代わる代わるお祝いに来てくれて、大人にはブレシッド産の美酒が、子供には甘いお菓子が配られて、先日の収穫祭と変わらないお祭り騒ぎとなった。

 体調が悪かったこともあるが、村に来てしばらくは馴染めずにいたコリンシアも今では村の子供達とすっかり仲良くなり、一緒になって遊んでいる。村の友達から艶々つやつやとした木の実を繋げた首飾りを貰い、嬉しそうに話している様子をフレアは膝に乗るルルーを通じて眺めていた。

「体、大丈夫か?」

「うん……」

 フレアは部屋の隅に置かれたゆったりした椅子に座っていたが、ルイスがそっと声をかけてくる。コリンシアにはまだ伝えてないが、タランテラではラグラスがエドワルド達を訴え、審理が行われる事が正式に決まったと知らせが届いていた。

 囚われていた神官長が解放されたとはいえ、明らかに不当な訴えに、交渉をまとめたベルクに強い怒りを覚える。それでも冬を間近に控え妖魔対策に集中しなければならないエドワルドは止むを得ずそれを受ける事にしたらしい。

 正直、居ても立っても居られないのだが、フレアはどうすることも出来ずに歯がゆい思いを募らせていた。そう言った精神状態も影響してか、実の所、今日は体調が思わしくない。だが、色々我慢を強いているコリンシアをがっかりさせない為にも今日の儀式は予定通り行われたのだ。

「部屋で休むか?」

 ルイスが少しぶっきらぼうに尋ねて来るが、フレアは答えず、膝に乗るルルーを撫でながら特に仲良しの女の子と話をしているコリンシアの様子を窺う。再会してから一月以上経っているのに、互いにまだどう接していいのか分からない。結局、2人共そのまま無言でコリンシアの様子を眺め続ける。

「どうして……」

「ん?」

「どうしてタランテラばかりが……」

 ポツリと呟くとともにフレアの目から涙が落ちた。傍らに立つルイスは深いため息をつくと、手にしたグラスの中身を飲み干した。

「確かに、どうしてタランテラなんだろうな?」

 ルイスはそう呟くと、空のグラスを手に一旦離れていく。そしてアリシアと少し会話を交わすと、フレアの元に戻ってくる。

「体調が良くないんだろう? とにかく部屋に戻ろう」

「いいのかしら?」

「母上もそうしろと言っている。部屋まで送る」

 フレアは不安げにコリンシアの様子をうかがうが、おめかしした大勢の友達に囲まれて楽しそうにしている。フレアはルルーを肩に乗せると、差し出されたルイスの手を取って席を立った。そして集まってくれている村人に感謝の言葉を述べると、ゆっくりと2階の自分の部屋へと戻った。

「もう少し話をしても大丈夫か?」

「ええ」

 フレアはお気に入りの安楽椅子に座ると、ルイスにも席を勧める。生憎あいにくと階下での来客の対応に追われているので、マルトもオリガもおらず、誰もお茶を淹れる人がいない。だが、フレアがどうしようかと迷う間もなく、ルイスがお茶を2人分用意した。

「ありがとう」

「味は保証しないぞ」

 そう断ると、傍らのテーブルにお茶を置く。そして手近な椅子を引き寄せると、フレアの向かいに座った。

「美味しいわ」

「世辞でも嬉しいよ」

「お世辞じゃないわ」

 フレアはお茶を飲み、ほぅっと息をつく。入れ代わり立ち代わり来たお客の対応はアリシアやペドロがしてくれたが、大勢の人の前に出たのは随分と久しぶりで緊張していたのだ。部屋に戻り、温かいお茶を飲んだことで少しリラックスできた様だ。肩に乗っていたルルーを降ろしてやると、小竜は役目を終えたのが分かるのか、パタパタと飛んで部屋から出て行く。きっと階下に並べられているお菓子が目当てなのだろう。

「前のと違ってマイペースな奴だな」

「そうね。でも、随分と助かっているわ」

「そうみたいだな」

 ルイスは相槌を打つと、向かいに座るフレアを改めて見る。記憶の中の彼女よりもやつれているが、それでも美しくなったと思う。心から愛する相手に巡り合い、子を宿したことで彼女が持っていた美しさに磨きがかかったのだろう。

 それが自分では無かったことに落ち込んだりもしたが、彼女が夫を慕う様を見てそれを認めざるを得なかった。

「……ルカ?」

 話があると言っておきながら黙り込んだルイスを不審に思い、フレアが声をかける。我に返ったルイスはごめんと一言断ると、居住まいを正した。

「何故、君がタランテラで保護されたのか、不審に思って少し調べてみたんだ」

「え?」

「君が行方不明になる前に訪れたという村というか集落の跡にも行って来た」

 フレアの顔が少し強張る。正直、今の状況のフレアに正直に話していいかルイスは迷った。だが、だからと言って当事者である彼女に何も知らせない方が酷な気がしたのだ。

「建物の土台の跡で辛うじてそこに人が住んでいたと分かる程度だった。徹底的に破壊されていたよ」

「そんな……」

「だけど、同時に不審に思った。ブレシッドやソレルの近郊では大規模な盗賊団が出没する事は無いが、そんな俺でも何度か盗賊に襲われた村を目にしてきた。死者が出る事もあるし、建物が壊されて火をかけられることもある。だが、あの集落は本当に徹底的に破壊されていた。まるで元から何も無かったかのように。そこまで破壊するとなると時間もかかる。騎士団に見つかる危険を冒してまでその集落を破壊した事になる」

「……」

 ルイスの指摘にフレアは言葉を失う。

「驚いた事に、そんな風に破壊されていた集落はそこだけでは無かった。タルカナやエヴィルに隣接する地域にあった集落が7つ、同様に跡形も無く破壊されていた」

「そんなにも……」

「ああ。襲撃を受けずに済んだ近くの集落にも立ち寄ってみたけど、生き残った者はいないみたいだった。襲撃者にとってそこまでしなければならない理由がそれらの集落にはあった事になる。そして、君は唯一の生き残りと考えていい」

「……あの時、何が起こったのかは今でも思い出せないの。かすみがかかった様で……」

 ルイスの言葉にフレアは蒼白となり、頭を抱える。

「すまん、大丈夫か?」

 頭を抱えるフレアにルイスは慌てて腰を浮かせる。配慮が足りなかったと今更ながらに後悔する

「大丈夫……。続けて」

 気丈にもフレアは顔を上げるとルイスに先を促した。

「いや……だが……」

「大丈夫。ルカ、教えて」

 自分に関わる事でもある。フレアの意志の固さはルイスも身を以て知っているので、諦めたように一つ息を吐くと話を続ける。

「この間、北の村でアレスに会った時に聞いた話だが、ワールウェイド領で見つけた薬草園の施設は最近できたばかりの様だ。5年……いや、6年前のあの一件にもあの薬草は絡んでいるから、もうずいぶん前から栽培されている事になる。と、なるとそれは今までどこで栽培されていたのか……」

「まさか……」

「俺の推測では、以前はあの集落で栽培されていて、不要になったから破壊されたと見ている。母上にも賢者殿にも俺の考えは伝えた。アレスにも後から知らせる手配は済ませている。もう少し調べてみる必要はあるが、もし、その全てがベルクの指示によるものならば、奴をもうこれ以上野放しに出来ない」

 ルイスの推測にフレアは動揺を隠せない。重苦しい沈黙が続き、声を発するタイミングさえ掴みかねていると、戸を叩く音が聞こえる。

「母様、これ貰ったの!」

 コリンシアが息を弾ませて部屋に入って来た。パタパタとフレアに駆け寄り、抱えていた贈り物を彼女の膝に乗せる。ルルーがいないのでフレアはそれを一つ一つ触って確認する。

 先程貰っていた木の実のネックレスに刺しゅう入りのハンカチや小物入れ。手作りらしい品の数々に自然と顔が綻んでくる。

「じゃ、俺はこれで。また報告するから、後の事は任せてくれ」

 付け加える様に言い残すと、親子の時間を邪魔しないようにルイスは部屋を出て行く。フレアはルイスの声がした方にうなずくと、コリンシアの話にまた耳を傾けた。

 こうして隠さずに話してくれるのは、彼の心遣いだと知っているので、フレアは小さく「ありがとう」と呟いた。




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