108 不穏な気配5
ラグラスは薄暗い牢の中で固い寝台に体を投げ出すように寝転んでいた。つい先日まで自分がエドワルドを監禁していた場所である。
当座の処置としてここに放り込まれて3日経ったが何の音沙汰もない。特にする事も無いので、時折盛大な
「まあ、俺様の処遇はもう決まってんだろう」
まるで他人事のように呟くと、また一つ大きな欠伸をする。そうやってゴロゴロしていると、この牢へ近づいてくる足音がする。しかも1人では無い。食事の時間にしては中途半端なので、おそらく自分の希望が聞き届けられたのだろう。
「おい、貴様の要望通り神官長様が来て下さったぞ。感謝するんだな」
刑吏の役人が扉の外から声をかけてくる。ロイスの来訪を知らされてラグラスは扉に背を向けたままニヤリとする。
「……」
ラグラスは寝転んだまま答えない。役人は少しムッとすると、牢番を促して扉の鍵を開けさせると中に入って来る。逃走防止に床に鎖で固定された足枷も
「犯した罪を悔い改めるんだな」
「……」
つい先日までこの城を我が物顔で
「
準備が整った所でロイスが現れる。両脇を兵士に固められて身動きできないラグラスは一瞥するとまた視線を下へ向ける。
「……ロイス神官長にだけ聞いていただきたい」
ボソボソとした力ない声で要望を伝えると、役人は眉を吊り上げる。両脇を固める兵士達も黙らせようと乱暴に小突く。
「……」
「神官長にのみお聞き頂きたい」
それでも繰り返し要望を述べると、ロイスはため息をついた。
「構わぬ。下がってくれ」
ロイスの言葉に役人も兵士達も不承不承従い、頭を下げると牢を出て行った。重々しく扉が閉まり、室内は静寂に包まれる。
「下手な芝居はやめたらどうだ。懺悔する気など露程も無いのだろう?」
ロイスが吐き捨てるように言うと、跪いたままのラグラスの肩が小刻みに震えている。
「クックックッ……。さすが神官長、良くお分かりで」
ラグラスは笑いながら立ち上がると、寝台にふんぞり返って座る。その不遜な態度にロイスは顔を顰める。
「一体何の用だ?」
「そう焦りなさんなって。ところで、アイツはもう皇都に向かったのか?」
「……今朝、お発ちになられた」
前日にエドワルドを見舞ったロイスは、オットーに呼び出されたのもあって城下の小神殿に一泊していた。ラグラスが懺悔をしたがっていると聞き、今日、皇都へ出立したエドワルドを見送った後に出向いて来たのだ。
ラグラスの性格からすると懺悔なんて有り得ないのは分かっている。自分を指名して来た事からきっと何か用があるのだろうと足を向けたのだが、嫌な予感しかしない。それでもロイスは彼に会わなければならなかった。
「そうなると主だった竜騎士共もついていったんじゃねぇか?」
「……」
何かを企んでいる様子のラグラスにこれ以上外の情報を教えるのはあまり得策ではない。ロイスは無表情のまま口をつぐんだ。
「まぁいい。アイツが俺様に下す刑罰は決まったようなもんだ。今はまだそんな余裕なんかねぇだろうから放っておかれているが、近いうちにこの世とおさらばするのは目に見えている」
「貴様が殿下やフロリエ様にした事を思えば当然だろう」
「ククク……当然ねぇ……。俺様は只、フォルビアの財産が不当な遺言によってどこの誰かもわからん女に奪われるのを阻止しただけだぜ。フォルビアの血を引く正当な後継者がいるっていうのによぉ」
「……その後継者が揃いも揃って能無しだからであろう?」
「何の繋がりも無い者が継ぐこと自体がおかしいのだ」
「フロリエ様の後を継がれる事になるコリンシア様はフォルビアの血を引いておられますぞ」
「だからと言って許せるものではねぇ」
話は全くの平行線である。結局は自分が選ばれなかったものだから力づくで奪おうと考えたに過ぎない。
「まぁ、いい。こんな事を話す為に呼んだ訳じゃねぇ」
意見が対立する2人はしばらくにらみ合いをしていたが、以外にも先に口を開いたのはラグラスだった。
「里からのお客人に話を通してもらおうか」
「どうするつもりだ?」
「俺様はこんな所で
「そんな事、出来るわけ無い」
「あんたはそうでも、上の人の考えは違うかもしれないだろう?」
まさにその通りなのでロイスは口ごもる。
「とりあえず、オットー高神官に会えるように手配してもらおうか」
ラグラスの要求にロイスは一つため息をつくと、懐から小さな紙きれを取り出して手渡す。ラグラスは
「良く分かってんじゃねぇか。さすがだぜ」
「……」
ロイスは強く唇を引き結び、何かに耐える様に俯いている。彼がラグラスに名指しで呼ばれている事を知ったオットーは、彼を利用して部下達も解放させようと画策していた。その方策がその紙には書かれていた。
一晩かけて体に染み込んでしまった薬の所為で、ロイスはオットーの命に従わないとフォルビア正神殿の神官達は見習いも含めて全員『名もなき魔薬』を作った共犯してその地位をはく奪されてしまうと思い込まされている。
ダナシアに生涯を捧げ、独り身を貫いた彼にとってトビアスを始めとした神官達は家族だった。薬の効果も重なり、彼等を盾に迫られれば拒むことは出来なかった。
「いい仕事してくれるぜ。さすがは里の高神官様だ。了承したと伝えといてくれ」
「……」
「頼んだぜ、神官長様」
拒否権の無いロイスは頷くしかなかった。
ロイスはラグラスの懺悔を聞くと言う名目で毎日城に通い続けた。従順を装うラグラスの姿に牢番も立ち会う役人も気を許し、3日目からは手の拘束は無くなった。
そして4日目……。
「下手に騒ぐなよ」
拘束したロイスの首元に小型のナイフを当てたラグラスは戸口で狼狽する牢番に不敵な笑みを向ける。
「先ずはこの足枷を外して貰おうか」
「……」
首元に充てられたナイフが少し動き、僅かに血がにじむ。それを見た役人は仕方なしに牢番を促して鍵を用意させる。そして恐る恐る近づくと、緊張して震える手で鍵を外した。
「よぉーし、俺様の部下も解放して連れてこい。それから馬車も用意するんだ」
「そ、それは……」
ラグラスの要求に役人も牢番も動揺を隠せない。今は留守を任されているクレストを初め、主だった竜騎士は城を留守にしている。時間を稼ぎたいところだが、ラグラスはロイスの首筋にあてたナイフを見せびらかすように動かす。
「俺様の処遇は既に決まったようなものだ。ここで失敗したとしても結果は変わらない。だが、あんた達はどうかな?」
ロイスを人質に取られている以上、下手に手出しは出来ず、要求に従うしかなかった。程なくして同じ塔の牢へ拘束されていたダドリーと数名の傭兵が自由の身となって現れる。
「こいつらを拘束しろ。馬車は確認したか?」
「はい」
その場にいた牢番と役人は全て牢の中に押し込まれた。そして傭兵達に守られてロイスを人質に取ったラグラスは牢を出る。更に傭兵達はロイスの護衛の兵士を脅して拘束し、彼等から奪った装具を身に着ける。そしてロイスが乗ってきた馬車にロイスを拘束したラグラスが乗り込み、護衛に成りすました傭兵達が付き添って彼等は城を脱出した。
「……すぐに解放してくれる約束ではなかったか?」
「どうだったかな?」
「貴様……」
掴みかかりたい衝動に駆られるが、今、ロイスは両手と両足を拘束されて床に転がされている。ラグラスはクッションのきいた座席にふんぞり返り、城を出る前にせしめたワインで喉を潤している。
「ま、そう焦るな。すぐに解放したら俺様達が逃げ切れないだろう?」
「……」
「あんたは良い金づるになりそうだ。もうしばらく付き合ってもらうぜ」
ラグラスは高笑いすると、足でロイスを小突いた。
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