98 砂上の楼閣4
北宮はグスタフの私兵によって随分と荒らされていた。特にアロンの居室はひどく、扉は全て開け放たれ、床には物が散乱し、調度品の類もひっくり返されていた。
「……」
居室の惨状にアルメリアもマリーリアも言葉を失い、エドワルドは一つため息をつく。そして
エドワルドが自室の戸を叩くと、中から返事があった。
「私だ。エドワルドだ」
「少しお待ちください」
返事をしたのは、別行動していたトーマスだった。ほどなくして内側からかけられていた鍵が開けられる。中にはトーマスの他にケビンもいて、一行をホッとした表情で出迎えた。
ケビンとトーマス、そしてバセットの弟子ヘイルの3人は、ウォルフの護衛として先に本宮へ潜入していた。そして今日の昼前に、
「奥でお休みでございます」
ケビンが頭を下げて報告すると、エドワルドはアルメリアとマリーリアを促して奥の寝室に足を向ける。竜騎士達は手分けして部屋の警備にあたる。
カーテンを引き、遮光された室内にはセシーリアと年配の女官、そして脇にヘイルが控えている寝台にはグスタフが血眼になって探していたアロンが横になっていた。
「お母様……」
「アルメリア……」
アルメリアは真っ先にセシーリアの下に駆け寄り、2人はしっかりと抱き合って互いの無事を喜ぶ。離れていたのは10日程だったが、それでも色々な事が立て続けにあり、もっと長く離れていた様にも感じる。
だがエドワルドは、感動の再会をする母子も目に入らない様子で寝台に歩み寄る。
「父上……」
エドワルドは横たわる父の姿に思わず声を詰まらせた。昨年の夏至祭の折には人の手を借りながらでも自分で立って歩いていたのだが、心労が祟って病が悪化した今では自力で体を起こす事も出来ないらしい。痩せ細った手を取り、声をかけるとアロンはようやく目を開けた。
「……お……おぉ……。エド……ワルド……」
驚きに満ちた表情で自分の手を取る息子を見上げる。死んだと聞かされていた息子の姿を認め、涙を流す。
「ご心配をおかけしてすみませんでした。ただ今、戻りました」
「よぉ……よぉ……無事で……」
アロンは息子の手を握り返した。再会を果たした母子も寝台の側に跪き、アルメリアも祖父の手を握る。
「おじい様、ただ今戻りました」
「アル……メリア……」
頼もしい息子とかわいい孫娘の帰還にアロンは涙を流しながらしっかりと手を握り返した。
「私の不手際により、お2人にはご苦労をおかけして申し訳ありませんでした」
「わ……ワシの所為じゃ。ワシが……」
「父上……」
手に
「父上、この度のワールウェイド公の振舞いは反逆罪に値します。その審議を行う御前会議の準備を整えております。ご臨席頂いてもよろしいですか?」
エドワルドの問いにアロンはうなずく。予めサントリナ公とブランドル公には伝えてあるので、今頃は彼等がその手配を済ませてくれているだろう。
「その前に一つだけ耳にお入れしたい事がございます。義姉上、アルメリアも聞いて欲しい」
「はい」
アロンがうなずき、母子が返事をすると、エドワルドはヘイルと女官に席を外すように促す。2人が部屋を出ると、マリーリアを寝台の側に呼び寄せる。
「父上、マリーリアを父上の養女に迎えて頂けませんか?」
「え?」
突然のことにマリーリアだけでなくアルメリアもセシーリアも驚く。
「今のところ、証拠としてあるのは彼女の母親や叔母が残した手記だけなのですが、それによるとマリーリアはジェラルド兄上の娘です。更に、ゲオルグは我が皇家の血を引いてない事が分かりました」
「……本当に?」
アルメリアの呟きにエドワルドは頷く。そしてアロンは大きく目を見開き、マリーリアに手を伸ばす。
「そなたが……ジェラルドの……」
「あ、あの……その……」
まさかこの場でアロンに伝えられるとは思っていなかったマリーリアは言葉に詰まる。
「ただこの事は、例え裏付けが取れても公にする事は出来ません。しかし、だからと言って彼女をこのままあのグスタフの非嫡出子という立場にしておきたくはありません。異例ではありますが、この度の功績で父上の養女として皇家に迎え入れる形を取りたいと思います」
エドワルドの言葉にアロンは頷いた。
「姉上もアルメリアも異存はないだろうか?」
母子を振り返ると、彼女達も大きく頷いて賛同した。
「ありがとう……ございます」
マリーリアが思わず涙をこぼすと、アロンは手を伸ばして彼女の頭を撫でた。
「殿下、御前会議の準備が整いました」
そこへ部屋の外からアスターが声をかける。エドワルドが父親を窺うと、彼はうなずき体を起こそうとする。
「横になっていてください」
エドワルドは彼を制すと、部屋の外に声をかける。すると、竜騎士達がこの為にサントリナ家で用意した寝椅子を改造した輿を運んでくる。それを寝台の側に一旦降ろすと、竜騎士達がアロンを輿へ移し、寒くないように用意された毛布と共にタランテラの紋章が入った長衣を掛けた。
「行こう」
準備が整った所で、国主が横たわる輿をルークとケビン、トーマス、そしてヒースが担いだ。
先導するアスターを先頭にエドワルド、アロンの乗った輿に女性陣と医師のヘイルが付き添い、殿をユリウスが守った。その行列をまたもや兵士や文官がポカンとして遠巻きに見送る。
「……!」
「……」
合議の間へ着くと、中から言い争う声が聞こえる。どうやらグスタフがサントリナ公やブランドル公相手に猛烈に抗議しているのだろう。エドワルドは一つ深呼吸をすると、護衛として立つリーガスに扉を開けるように促す。
「アロン陛下の御出座でございます」
今までの騒ぎが嘘のように静まり返る。その中を輿が悠々と進み、その後ろにエドワルドは従って歩く。彼の姿に誰もが思わず息を飲んだ。
「本当にエドワルド殿下?」
「生きておられたのか」
「今まで一体どこに?」
集まった貴族は、いずれもハルベルトが国主代行を務める前から国を支えてきた重鎮ばかりである。そんな彼らの間で密やかな会話が交わされていたが、話しているうちに今まで本宮を牛耳っていたグスタフに不信の目が向けられる。中にはあからさまにグスタフを非難する者まで出ていた。
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