34 流浪の果てに4

 前日の大雨が嘘のように、今日は雲一つない快晴だった。だが、吹き渡る風に肌寒さも感じる。夏もそろそろ終わろうとしている。

 この日、聖域を守護する神殿騎士団の面々は、珍しく山脈の北方へ足を延ばしていた。騎士団といっても、タランテラの騎士団の様に揃いの装束があるわけではない。思い思いの格好に多少の防具をつけた軽装で、揃って付けているものと言えば所属を示す記章のみである。飛竜達の装具もばらばらだった。

「一休みするか」

 隊長らしき黒髪の若い男が他の5人に声をかける。夜明けとともに本拠地の村を出て、山脈の西側から回ってきたので既に太陽は中天近くに上っている。

「賛成」

「異議なし」

 すぐさま返答があり、一行は見晴らしのいい開けた場所を見つけて飛竜を着地させた。岩肌が露出した崖の上に降り立つと、眼下に雄大な景色が広がる。この辺りは聖域の外れとなり、地平のかなたに見える平野は既にタランテラ領であろう。この辺りに人は住んでおらず、彼らも普通の見回りでは滅多に来ることが無い場所だった。

「しかし、本当に奴らはこっちへ向かったのでしょうか?」

「あれだけ探して見つからなかったからな。北へ向かったのは間違いないだろう」

 遠慮がちに一番若い竜騎士が隊長に尋ねると、彼は無表情で眼下の景色を眺めている。

 聖域には礎の里に認められた10の村以外にも、住むところを追われた難民が住み着いて出来た集落が幾つかあった。更には法を犯したならず者まで住み着いており、彼等はそういった集落から略奪行為を繰り返していた。

 本来なら聖域神殿騎士団には不法に滞在する難民の守護義務はないのだが、ダナシアの教えの中には竜騎士は弱者を守る義務がある。少人数の彼らには負担が大きかったが、見回りの際には足を延ばしたりして出来うる限りの事はしてきた。だが昨年、そういった難民の集落が盗賊団によって壊滅させられる事件が起きたのをきっかけに聖域神殿騎士団も本気で討伐に乗り出していた。

 しかし、聖域は一国に相当する広さがあるのに対し、駐留する騎士団員は僅か28名。それぞれの村に自警組織もあるが、聖域全てが山岳地帯の為に探索に動員するのも難しい。それでも1年がかりでどうにかそういったならず者の集団を一つ一つ潰していき、ようやく3日前、彼等は最後に残った盗賊団の根城を襲撃し、その盗賊団員の半数以上を捕えることに成功した。しかし、肝心の頭目を始めとした10人ほどの盗賊に逃げられてしまい、行方を追っているのだ。

「若も休んでください」

 北に視線を向けたまま動かない若者に、他の竜騎士が声をかける。

「ああ、分かった」

 黒髪の若者は我に返ると、自分の飛竜のそばに腰を下ろした。飛竜の装具につけていた皮袋の水を口に含み、差し出された昼食のあぶり肉をはさんだ薄焼きのパンを手に取る。半分ほど食べた所でどこからともなく数匹の小竜が集まってきた。

「おう、来たのか。お前たちは変わりないか?」

 若者は小竜たちに声を掛けながら、昼食を分けてやる。彼らは嬉しそうに頭を摺り寄せ、様々なイメージを彼に伝えてくる。ここにこうしているだけで彼等の縄張りの様子を知ることが出来るのだ。

「相変わらず好かれていますね」

 他の竜騎士達はその様子を遠巻きに眺めながら昼食をとっていた。最早見慣れた光景だが、野生の小竜たちが望んで人間に近づいてくることはめったにない。だが、彼だけは特別なようで、初めての土地でも小竜の方から近寄ってきてくれるのだ。この特別な力のおかげで小竜から情報を得て、彼らは少人数でも広い聖域を守ることが出来るのだ。

「向こうにもう一匹いますね」

 年若い竜騎士が離れた木の枝に止まる琥珀色の小竜を見つけた。少し怯えているようで、近寄ってこようとはしない。

「お前たちの仲間か?」

 若者が小竜たちに尋ねると、不快感と否定のイメージが伝わってくる。どうやらよそ者らしく、仲間からはぐれたのだろう。

「聞きたいことがあるから、嫌がらずにそばに来ることを許してくれよ」

 説得に応じた小竜たちは若者の側を一旦離れた。若者は立ち上がり、昼食の残りを持って琥珀色の小竜が止まる枝に近づいた。

「怖くないから、おいで」

 小竜はしばらく首をかしげていたが、恐怖心よりも食欲が勝ったらしい。差し出された腕に飛び移ると、ものすごい勢いで彼の持つパンにかぶりつく。

「おいおい……」

「相当腹が減っているみたいですね」

「他に何かないか?」

 自分の指まで食べられそうで、危機感を感じた若者は見物している部下達に尋ねる。

「集落でもらった瓜がありますが……」

 中の一人が、情報を得るために立ち寄った集落でもらった甘瓜を取り出す。切り分けようとすると、琥珀色の小竜は甘瓜めがけて飛びかかった。

「うわっ」

「お、落ち着け」

 今まで怯えていたのが嘘のように、琥珀色の小竜は夢中で甘瓜にかぶりついていた。相当腹が減っていたのだろう、大ぶりの瓜を瞬く間に食べきってしまった。その様子を竜騎士も野生の小竜も飛竜達ですら唖然として見ていた。

「どうやら落ち着いたか」

 小竜は満足げにゲップをすると、人間達に囲まれているのも気にせずにその場で羽をつくろい始める。

「人に慣れているな」

「誰かに飼われていたのかな。何か巻き付いている」

 小竜の首には何か細いものが巻き付いている。色がせている上に汚れているので、元の色も判別できない。

「……絹だ」

 落ち着いた小竜を腕に抱き、首に巻きつけられたものをほどこうと手にしたところで、若者が驚いたような声を上げる。結び目の中には鮮やかな青い色が残っていた。

「そのぼろきれが?」

「金持ちの家に飼われていたのか?」

 部下達も驚いたように、琥珀色の小竜に注目する。

「お前のご主人様はどこだ?」

 若者の問いに小竜は首をかしげる。質問を理解できていないと思い、彼は言葉を変えてもう一度質問してみる。

「お前が好きな人はどこだ?」

 ようやく理解できたらしく、小竜はのどをクルクルと鳴らしながら彼にイメージを伝えてくる。

「これは……」

 最初に伝えてきたのは、小さな洞窟に子供が寝ている情景だった。こうしてみるだけでもその子は相当具合が悪いのがわかる。そばには男装の若い女性が付き添い、女性の弟らしきよく似た少年が水を汲んで入ってきた。子供のそばにはもう1人女性がいるらしく、熱に苦しむ子供を優しく世話する手だけが見える。彼等はどうやら旅の途中らしい。

「ここはどこだ?」

 若者は小竜が伝えたイメージを自分の飛竜を経由して他の竜騎士達に伝える。彼らも子供の状態がかんばしくないことにすぐに気付いた。

「若、急いだ方がいい」

「分かっている。おそらくこの近くだ」

 既に全員、騎乗準備を終えている。

「お前の大好きな人を助けよう。案内してくれ」

 若者が琥珀色の小竜……ルルーにそう言うと、彼は嬉しそうに一声泣いた。そして晴れ渡る空に飛び立つ。

「行くぞ」

 黒髪の若者を先頭に騎士団がそれに続くと、興味を惹かれたらしい野生の小竜達もその後について飛び立った。

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