11 悪夢の始まり4
ルークは硬い寝台に座ったまま、拳で石造りの壁を叩いた。ここに入れられてから何度もこうしてやり場の無い怒りを壁にぶつけていた。
「くそ……」
ヒースの命令でロベリアを発ったあの日、日が沈む前に本宮に着いた彼は、近くにいた侍官に名前と用向きを伝えただけで逮捕された。理由を何度も尋ねたが、問答無用で数人の兵士に押さえ込まれ、この地下牢に入れられたのだ。
日中も日が差さない牢の中では昼も夜も分からないが、彼の体内時計では既に2日経っている。敬愛するハルベルトの死も嘘か真か気になるが、何よりもエドワルドの到着が遅れているのが気になった。
エドワルドが事情を知ればすぐに自分をすぐに解放してくれるはずである。未だ音沙汰が無いと言う事は、彼の到着が遅れているのだろう。いくら彼の妻子を同行させているとしても遅すぎる。
「一体、どうなっているのだ?」
苛立ちを紛らわすために彼はまた拳で壁を叩いた。
ふと、人が近づいて来る気配に気付き、ルークは顔を上げる。食事や見回りにしては中途半端な時間である。寝台から立ち上がり、鉄格子の側に寄って外の様子をうかがってていると、手燭に覆いをして灯りを抑え、足音を忍ばせた人物がルークのいる牢に近づいて来る。
「ルーク卿」
「君は……」
ルークは手燭の灯りに浮かぶ相手の顔を見て驚いた。急用で皇都を訪れた時に、身の回りの世話をする為にハルベルトが彼に付けてくれた若い侍官だった。名前は確かサイラスといったはずだ。
「詳しい話は後で。とにかく出ましょう」
サイラスは鍵の束を取り出すと、ルークが入れられた牢の鍵を開けた。きしんだ音がして扉が開き、ルークは戸惑いながらも外に出た。ここへ来るのにこれだけ用心をしていると言う事は、自分の容疑が晴れたわけではなさそうである。しかしながら危険を冒してまでこうして助けに来てくれると言う事は、何か理由があるのだろう。
「ありがとう」
彼を信用してついて行く事に決め、ルークは短く礼を言う。
「まだ早いですよ。それに私だけではありませんから」
彼は意味深に小声で返し、一度牢の中に入ると、寝台に背負ってきた布の束に毛布を被せて人が横になって見えるように細工を施した。そして牢から出て再び鍵を閉めると、来た時と同様に足音を忍ばせて歩き始める。ルークもそれに習って後に続いた。
牢の出口付近にある詰め所の中では、牢番が3人共机に伏して眠り込んでいる。机や床に酒瓶が何本も転がっており、古典的な手法だが、おそらくそれに眠り薬でも入っていたのだろう。よく眠っている様子だが、それでも用心しながらサイラスは鍵の束を元の位置に戻しておき、2人は忍び足で外へ出た。日が沈んでいて、辺りは真っ暗だった。
「ルーク卿、サイラス、こっちだ」
植え込みの陰から2人の人物が手招きしている。呼ばれた2人は急いで彼等の側に行く。
「一体……」
呼んでいたのはルークと顔見知りの竜騎士だった。2人ともユリウスと同じ部隊に所属し、春に来た折には彼の鍛錬に付き合い、夕食も共にしていた。
「疑問はあるだろうが、とにかく話は後だ」
そう言って2人はルークを促して暗がりの中を移動していく。本宮に不慣れな彼にはどこをどう歩いたのか見当もつかなかったが、いつの間にか西棟の裏手、騎士団練武場の近くに来ていた。ここまで来ると、かがり火が焚かれて辺りが良く分かり、ルークは見覚えのある場所に着いて少しほっとする。
「来たか、こっちだ」
彼等の姿を見つけて別の人物が一行に手招きする。かがり火の灯りに照らし出されたその人物は、第1騎士団団長のブロワディであった。
「ブロワディ卿……」
「とにかくこちらへ。そこの部屋に着替えを用意した。風呂までは用意できないが、体を拭いて着替えなさい」
「は……はい」
飛竜に乗って長距離の移動をして汗をかいた上に、2日間も牢に閉じ込められていて、着ている物も汚れている。自分は鼻が慣れてしまっているが、相当臭うはずである。
ルークはブロワディの勧めにしたがって部屋に入ると、用意されていた桶の水で手と顔を洗い、布を濡らして全身を拭いた。それだけでも随分さっぱりとした気分になる。
そして用意されていた騎竜服に着替えたところでブロワディが騎竜服姿の竜騎士を連れて部屋に入ってきた。
「ありがとうございます、ブロワディ卿。助かりました」
「いや、礼には及ばない」
律儀に頭を下げるルークに彼は片手で制し、連れてきた竜騎士を紹介する。
「彼は私の部下のデューク卿だ。これから君は彼と共に使いとして出てもらう。行き先は彼が心得ているから、その後をついていけ。詳しくはそこで聞くといい」
「はい」
「急ぎましょう」
ルークは着替えと一緒に用意されていた騎竜帽をかぶり、ブロワディに一礼するとデュークについて部屋を出て行く。部屋の外にはサイラスやここまで案内してくれた2人だけでなく、他の見知った竜騎士も待っていた。
「これを持っていけ」
1人がおいしそうな匂いのする夜食の包みを手渡してくれる。牢ではしょっぱいスープと固いパンしか出なかったので、とてもありがたかった。
「ありがとう」
ルークは涙が出そうになるのをこらえて礼を言い、先に行くデュークの後を追って着場へ向かった。
着場はここへ着いた時にも感じたが、いつに無く物々しい雰囲気に包まれていた。煌々とかがり火が焚かれ、何を警戒しているのか出入り口には兵士が何人も武器を携えて立っている。
「許可証はあるか?」
兵士の中でも隊長格の男が着場へ出ようとした2人の前に立ちはだかる。使いで出かける竜騎士に許可証を求める事など今まで一度も無かったはずである。ルークは何か言いかけたが、デュークが彼を制し、懐から紙切れを出した。
「こちらを」
兵士はその紙を広げて目を通し、フンと鼻を鳴らすと、それをデュークに返した。
「よし、通れ」
ここで短慮を起こせば全てが水の泡である。兵士の態度にこみ上げてくる怒りを必死で抑え、ルークはデュークに続いてその兵士の前を通って着場に出た。
エアリアルは偽装のため、全身を赤褐色の染料で染められていた。知らない者が見れば、この飛竜がエアリアルとは思わないだろう。彼はルークの姿を見ると、うれしそうに頭を摺り寄せてきた。その姿に寸の間怒りが和らぐ。ルークはエアリアルの頭を軽く叩くと、ざっと装具を確認して飛竜の背に跨った。デュークも既に準備を整えている。うなずきあって合図を送ると、2頭の飛竜は一路南へ向かって飛び立った。
「一体、何が起こっているのですか? デューク卿」
本宮を飛び立ちしばらくして、ルークは前を飛ぶ竜騎士に尋ねた。
「その話は目的地についてからだ。それよりももらった夜食を食べたらどうだ?腹が減っているのだろう」
「は、はい……」
デュークの言う通り空腹を覚えていたルークは、エアリアルの背の上でもらった包みを器用に広げて夜食にかぶりついた。暗くて見えないが、薄焼きパンに肉やチーズが挟んである様だ。エアリアルの装具に水の入った皮袋が付けられていたので、それで喉を潤しながら黙々と口を動かし続け、腹を満たした。
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主人公サイドに辛い状況が続きますが、ハッピーエンドになりますので最後までお付き合いいただけたら幸いです。
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