121 門出は悲しみと共に1
気付けば夜が明けていた。いつまでも泣いていられないと、無理に気持ちを切り替えたエドワルドは、グロリアの葬儀に向けた采配を取り始めた。その方がグロリアを亡くした悲しみを紛れさせる事が出来ると思ったからだった。
本来なら婚姻の儀式で巻かれた組み紐は、翌朝まで解かないのが慣わしだった。ただ、今その慣わしを守っていたら何も出来ない。エドワルドは紐をロイスに頼んで解いてもらい、1本は自分の左手首へ二重に巻いて留め、もう一本をフロリエの右手首へ同じように巻いた。ちなみにこうして1年共に過ごした後、お互いに腕輪を交換して改めて愛を誓うのだ。とにかくその辺りはまた後の話である。
エドワルドはその場をバセットとマリーリアに任せ、オルティスとアスターを自分の部屋に呼んで今後の予定を話し合った。
「殿下、その前にお耳に入れておきたい事がございます」
3人が揃うとオルティスが神妙な面持ちで話を切り出した。
「何だ?」
「次代のフォルビア公のことでございます」
「今言っていいのか?」
「はい。女大公様より生前言い付かってございます。自分が
エドワルドもそこまで聞くと、次は誰が指名されたかうすうす分かったようである。
「もしかしてフロリエか?」
「さようでございます」
オルティスがうなずくと、エドワルドの後ろに無言で控えていたアスターも思わず息を飲んだ。一方のエドワルドは顔色一つ変えない。
「ここまでお膳立てしてくれるのには訳があるだろうと思っていたが、なるほど……」
「ご不満でございますか?」
「いや、叔母上には感謝している。2人の間で約束をしたとは言え、この結婚がすんなりいくとは思っていなかった。事後承諾になるが、皇都にはこれで納得させられる」
エドワルドは右手で左手首に巻いた組み紐に触れた。今はこれが2人の絆となる。
「フロリエ様は既にフォルビア家の紋章を継承しておいででございます。しかしながら他の親族方が素直に認めない可能性の方が高うございます。実は、女大公様のご要望で、あの方を御養女になさった事をご親族方にはまだお伝えしておりません。遺言状の公開の折に皆様にはお伝えする様、言い付かってございます」
「分かった。ところで、良くフロリエが継承を拒まなかったな」
「コリンシア様がご成人されるまでお預り頂く形で納得いただき、紋章をお渡しいたしました。ですが当主の証と言う事は、まだお伝えいたしておりません」
オルティスの答えにエドワルドは思わず頭を抱える。
「その辺も私にしろと言う事だな?」
「さようでございます。フォルビアは実質、あなた様に統治して頂く事になります」
「なるほど。大公家を実質取り仕切る立場となれば無理に国主にされる事も無い。叔母上も良く考え付かれたものだ……」
エドワルドは深くため息をつくと、グロリアの知恵に感嘆する。
「女大公様はあなた様の事を大層気にかけておいででしたから……」
「そうだな。今までのご恩を全て返すつもりで一肌脱ごう」
彼はそう言って決意を新たにしたが、気になった事をオルティスに尋ねる。
「オルティス、一つ訊いておきたいのだが、君は新しいフォルビア公に今後も仕える意思はあるか?」
「もちろんでございます。あの方はおそらく、グロリア様とはまた違う意味で、一目置かれる女大公になられると確信いたしております」
オルティスは深々と頭を下げて答え、エドワルドも満足そうにうなずく。
「分かった、今後も頼りにさせてもらう。よろしく頼む」
「勿体なく存じます」
改めてエドワルドが頭を下げると、彼も慌てて頭を下げた。彼と今後も協力できるのなら、館を空ける事があっても心配はない。一安心したところでようやく本題に入った。
「とにかく親族達に私が葬儀を仕切る事を納得させなければならないな」
「さようでございます」
「あちらへはもう知らせたのか?」
「あの儀式だけは誰にも邪魔をされる訳にはいきませんでしたので、ご危篤の知らせは殿下がお着きになられてから小竜で使いをやりました。身罷られた事はまだ何処へもお知らせしてございません」
オルティスは淡々とした口調で報告し、エドワルドは満足そうに頷いた。
「親族達には私が直接知らせに行こう。その上で葬儀を仕切る事の了解を得てこよう」
「お手数をおかけ致しますが、よろしくお願いいたします」
オルティスは深々と頭を下げた。
「後は皇都か……」
グロリアの訃報を国主や他の大公家にも伝えなければならない。フォルビアから使者を送るのが筋であるが、今回は自分が仕切ると決めた。気の毒ではあるが、やはり一番早い彼に行ってもらうことにする。
「ルークを呼んできてくれ」
「分かりました」
アスターはすぐに頭を下げると部屋を出て行き、その間他の細々とした事をオルティスと話し合って決めた。しばらくして扉を叩く音がしてアスターがルークを連れて戻ってきた。
「失礼致します」
目を赤くしたルークが入ってくる。なんだかんだ言って、第3騎士団の中で彼はグロリアに一番気に入られていた。だからこそ、お抱えの侍女と付き合うことを快く許してもらえたのだ。その彼が恩義のあるグロリアの死に涙しないはずはなかった。
「呼び出して済まない。一つ頼みがある」
「私に出来る事なら何でも致します」
「皇都へ行って来てくれるか?叔母上の訃報を知らせに」
「お任せください」
ルークの答えに
「今から手紙をしたためる。準備はアスターに任せて、お前は少し仮眠しておけ。いいな?」
「ですが……」
「いくらお前でも半日以上かかるのだろう?冬のような騒ぎは御免だぞ」
「分かりました」
冬の一件を持ち出されると、ルークは素直にうなずくしかない。オルティスはルークを部屋に案内するために共に出て行き、アスターもルークの準備をするためにその後に続く。1人となったエドワルドは、皇都へ届ける手紙を急いで書き始めた。
手紙を書き終えたエドワルドは、それをオルティスに預けるとフロリエの様子を見に行った。彼女はマリーリアやオリガに付き添われてグロリアの寝台の側で泣いていた。侍女と使用人が総出でグロリアに一番の晴れ着を着せて化粧を施している。最後に紅を差すのを彼女がしているのだが、なかなか上手く出来ない。オリガが手を添えてようやく済んだところだった。
「フロリエ、少し休んでおいで」
エドワルドが焦燥しきった妻に声をかけたが、彼女は首を振った。
「いえ……」
「休んできなさい。私はこれから親族達に叔母上の訃報を知らせに行って来る。彼らが来てしまったら、休む暇はなくなるから、今のうちに休みなさい。コリンシアと一緒に」
エドワルドは妻と娘の肩を抱いて優しく言い諭す。
「エド……」
「いいね?」
フロリエが小さくうなずくと、エドワルドは2人の頬に軽くキスをした。オリガに2人の世話を任せ、グロリアの部屋を出て行く姿を見送ると、マリーリアが近寄ってくる。
「私に出来る事はございますか?」
「今はここにいてくれ。入れ違いにならないとは思うが、親族達が先に押しかけてきた時は彼女を守ってくれるか?」
「分かりました。お任せ下さい」
マリーリアがうなずくと、ちょうどアスターが彼を呼びに来た。
「殿下、準備が整いました。フォルビアの城へ行かれるのなら、私も同行いたします」
「分かった、行こう」
エドワルドはオルティスが用意してくれた喪章を自分の左胸に着けた。アスターもそれに習い、2人は親族達が住むフォルビアの城へと向かったのだった。
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