119 宴の夜に7

 華やかな宴は真夜中まで続いた。エドワルドは宣言通り、フロリエの側から決して離れようとはせず、更にはアスターもマリーリアもそして客として出席していたリーガスとジーン、クレスト夫妻も彼女の為に尽くした。

 心配されたルルーへの反応も、彼が愛嬌を振りまいたおかげで周囲の態度が軟化し、特に女性客にかわいがられていた。そのおかげで序盤に起きた事件を忘れるくらいに彼女は楽しいひと時を過ごしたのだった。

 宴から戻ったフロリエはオリガに手伝ってもらって湯浴みを済ませ、早々に広い寝台に横になった。そして午前中からフロリエの支度を手伝い、その後は休む間もなく逃げだしたルルーを探したりして疲れているはずのオリガを労うと早めに下がらせた。ちなみに総督府を大冒険したルルーはくたびれきってとうに寝入ってしまっている。

 エドワルドと共に何曲も踊ったのでフロリエも体は疲れているはずなのに気分が高揚していてなかなか寝付けない。仕方なくフロリエは、眠気が来るまでと暗闇の中で今日の宴を思い起こす。しかし、礼装したエドワルドのりりしい姿に踊った時に繋いだ手のぬくもり、そして重ねた唇の感触を思い出してしまうと余計に目が冴えて眠れなくなっていた。

 エドワルドが用意してくれたこの部屋は総督府の中でも最上級の客間だった。隣は総督でもあるエドワルドの居室となっている。主寝室には浴室がついており、召使いが泊まる控えの間と次の間の3部屋で構成されていて、寝室の外にはバルコニーもあった。

 フロリエはそれを思い出すと、手探りで寝台から抜け出して手近に用意されていたショールを身にまとった。記憶を頼りに用心しながら窓に近寄り、そっと窓を開けてバルコニーに出る。

「寒い……」

 外の冷たい空気に触れて彼女はショールをきつく体に巻きつけた。風に乗ってどこからともなく音楽が聞こえてくる。総督府の宴にあわせて街中でもお祭が開かれているとエドワルドに聞いた。きっとその音楽かもしれない。

 体が冷えて来たのでそろそろ部屋に戻ろうかなと思い出した頃、隣の部屋からカタンと窓の開く音がする。

「フロリエ?」

 続けて驚いたようなエドワルドの声が聞こえる。

「殿下……」

「眠れないのか?」

「はい」

 フロリエが小さく頷くと、小さな物音がしてすぐ側に彼の気配がする。部屋は隣同士だったが、バルコニーはつながっていなかったはずだ。彼は石造りの手すりに昇り、それを渡ってきたようである。

「殿下はいかがされたのですか?」

「少し飲みすぎたから、酔い覚ましだ。フロリエ、寒そうだ。これを……」

 彼は自分の羽織っていた長衣を彼女に着せ掛ける。

「ありがとうございます。ですが、殿下がお風邪を召されます」

「こうしていればいい」

 フロリエの心配をよそに、エドワルドは彼女を抱きしめた。

「暖かい……」

「ああ」

 そのまましばらくそうしていたが、彼はそっと彼女の頬に手を添えて唇を重ねた。そしてきつく抱きしめあう。

「今宵は楽しんでもらえただろうか?」

「はい」

 エドワルドの問いにフロリエは頬を染めて答える。

「良かった。だが、一番楽しんだのは私かもしれない」

「殿下……」

「君が愛しい」

 やがて彼は何かを決意したかの様に、彼女の肩に手をかけたまま向き合った。

「フロリエ、私はこの夏に皇都へ戻る事になった。もちろん、コリンも連れて帰らねばならない。その時は君も一緒に来てくれないだろうか? コリンの母親としてだけでなく、私の妻として」

「殿下……ですが、お母様を置いては行けません。それに……私は国の中枢を担うお方の妻に相応しくありません。いくら好きでもこれだけは……」

 エドワルドの気持ちが痛いほど伝わってくるが、フロリエはうつむいて答える。そんな彼女を彼は再び抱きしめた。

「フロリエ、やっと口に出して言ってくれたね」

「あ……」

「フロリエ、慎ましいのは美徳だが、自分を卑下ひげしてはいけない。君ほどの教養をもつ女性は皇都にもなかなかいないよ。それに君は叔母上の養女になられた。つまり、この国では最高の後見を得たことになる」

「え?」

 フロリエは驚いて顔を上げる。その顔を覗き込みながらエドワルドは真剣な表情で続ける。

「私の妻に相応しいかどうかは周囲が決める事ではない。私が決める。貴女以外に考えられない。

 それから、叔母上の事を心配する気持ちも分かるが、あの方がそうなる事を一番望んでおられる。分かるだろう?」

「殿下……」

 まだ、答えに困っている様子のフロリエの前にエドワルドはひざまずく。

「フロリエ・ディア・フォルビア嬢。私、エドワルド・クラウス・ディ・タランテイルは類稀なる美しい精神を持った貴女と共に、今後の人生を歩んで行く事を無上の喜びとし、如何なる困難からも貴女を守る盾であることを誓います」

「……」

「答えを頂けないだろうか?」

 エドワルドの誠意が伝わり、フロリエは胸が一杯で、すぐには答えられなかった。それでもやっとの事で小さく頷く。

「受けていただけますか?」

「はい……」

 ようやく引き出せたフロリエの答えに、エドワルドは立ち上がると感無量で彼女を抱きしめた。

「フロリエ、ありがとう」

「夢…みたい……」

 エドワルドは再びフロリエの頬に手を添えると、先ほどよりも長く唇を重ねた。一度離して、また軽く口づけをして、再びきつく抱きしめる。2人とも幸せで胸が一杯だった。

「今すぐに神殿へ駆け込みたいな」

「殿下……」

 あまりの性急さにフロリエは驚くが、エドワルドはそんな彼女に釘を刺す。

「フロリエ、私達は婚約したのだ。色気の無い呼び方は止めてくれるか?」

「エドワルド……様」

「まだ硬いな。エドと呼んでくれ」

「エド……」

 ようやく彼は満足そうに頷く。

「うん、良いな。もっと呼んでくれ」

「エド」

「ああ、フロリエ。愛している」

「愛しています、エド」

 2人はきつく抱き合ったまま、再び口付けを交わした。だが、夜風に当たりすぎた所為か、2人とも体が随分と冷えてきている。そろそろ部屋へ戻らないと、本当に風邪を引いてしまう。しかし、せっかく彼女と気持ちを通じ合えたのに、このまま分かれて部屋に戻ってしまうのはあまりにももったいなかった。

 エドワルドは素早く室内に視線を巡らせる。月光が差し込む部屋の中、広い寝台の真ん中でルルーが小竜らしからぬ寝相で寝ているのが良く分かる。仰向けで何故か片足を上げていて、夢でも見ているのかその足が小刻みに動いている。

 邪魔者はルルーだけではない。壁を隔てた向こう側にはオリガが寝ている。物音を立てればすぐに異変に気付いて起きて来るだろう。こちらの部屋へ入り込むのはまずい。残る選択肢は一つだけだった。

「フロリエ、私の部屋へ来ないか?」

 エドワルドが耳元でそっと尋ねる。彼女も何を誘われているのか分からないほど子供ではない。いつもの彼女であればここで頷くことなど無いのだが、冷めやらぬ宴の熱が迷いを消し去っていた。

「はい」

 自分でも大胆だと思いながらも頬を染めて頷く。そして己の身を愛する人にゆだねた。




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エドワルドの押しの一手に折れた感じのフロリエ。

酔った勢いで……。


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