118 宴の夜に6

身障者に対して不適切な表現があります。ご了承下さい。



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「やはりこの子を連れてここに留まるのは無理がございます。これ以上ご迷惑をおかけする前に退出させて頂こうかと思います」

 広間に戻ったとたんにルルーの存在をとがめられ、いたたまれなくなったフロリエはすぐさまエドワルドに申し出た。

「宴はまだまだ続くのだぞ。その様な寂しい事を言わないでくれ」

 しかし彼は手で彼女を制するとトロストに向き直る。

「彼女は目が見えぬ。しかしながら特別に調教したこの小竜に、意識を集中させる事によって彼の見ているものを見る事が出来るのだ」

「なかなか高等な技術です。我々竜騎士でも常に鮮明な映像を引き出す事は難しいです」

 エドワルドの答えにアスターが補足すると、会場はざわめいている。

「目が見えない? ならば、そこまでして無理にこのような晴れがましい席に出られなくとも良かったのではありませんかな? 殿下のお手を煩わせるだけの様ですからな。殿下にはもっと……そうですな、健常の娘が似つかわしい」

 トロストはちらりとカサンドラに視線を移す。彼女は父親がフロリエの欠点をここぞとばかりに攻め立て、いたたまれない様子で震えている事に満足する。しかし、それはエドワルドの怒りを買う結果となる。

「ほお……。貴公がその様な狭量の持ち主とは思わなかったな」

「問題発言でございますな」

 エドワルドの言葉にアスターが同調する。更にはいつの間にか会場の警備をしていた竜騎士達が彼女を守るかのように集まってきていた。

 同伴していた夫人と共にその場に駆けつけたクレストは、その柔和な笑みとは裏腹に冷たいまなざしを彼に向け、巨漢のリーガスは彼の前に立ちはだかって視覚的にも威圧感を与えている。広間の外にいた若手の竜騎士達も集まってきており、その威圧感にさすがのトロストもたじろぐ。

「彼女が来場した折に紹介したが、フォルビア公である我が叔母上が是非にと彼女を養女に迎えたのだ。更には紫尾しびの爪で負傷した私の命を救ってくれた恩人でもある。つまり、彼女が居なければ私はこうして新年を迎える事が出来なかったであろう。だからこそ今日の宴は彼女を最上級のもてなしで迎えようと決めていたのだ。それに何かご不満がおありか?」

 言葉遣いはあくまで丁寧だが、彼に向けるエドワルドの視線は冷ややかだった。

「良識ある方がお揃いでございますから、殿下のご意向を皆様はきっとお分かり頂いていると思います」

 宴の席である。これ以上騒ぎを大きくするのは望ましくないと判断したらしいアスターが、やんわりと言葉をかける。それでも尚、エドワルドの怒りは収まらず、その気迫にトロストは冷や汗をかき、カサンドラも血の気が引いてくる。2人は遅ればせながら自分達がエドワルドの逆鱗に触れてしまったことにようやく気づいたのだ。その2人にマリーリアが声をかける。

「お顔の色が優れませんが、いかがされましたか?」

「ちょ……ちょっと飲みすぎたようでして、気分がその……」

「それはいけませんな。お休みになられた方がよろしいのでは?」

 しどろもどろに答える彼にアスターがここぞとばかりに声をかける。

「は、はい。今日は、こ、これで失礼をさせて頂きます……」

「良かろう」

 既に顔すら上げられない状態のトロストは、エドワルドの許しが出ると、逃げるように会場を後にする。脅えて立ちすくんでいたカサンドラも我に返ると、慌ててその後に続いた。




 静まり返った会場内では他の招待客が困ったように立ちすくんでいる。そんな中、アスターの合図で集まっていた警備の竜騎士たちは静かに自分の持ち場に戻っていく。

「とんだ事でお騒がせして申し訳ありません。宴はまだ始まったばかりでございます。最後まで御ゆるりとお楽しみ下さい」

 エドワルドは見事に口調を切り替えると、招待客に深々と頭を下げる。その間にアスターは楽団に合図して音楽を奏でさせ、給仕に酒を配らせる。そのおかげでどうにかその場は収まったようである。

「申し訳ございません、殿下……」

 フロリエはエドワルドに深々と頭を下げる。

「あなたが謝る事はありません。無理にお誘いしたばかりにあなたをいたずらに傷つけてしまった。私の方こそ謝らねばならない」

「いえ……」

 フロリエはショックを隠しきれないでいた。他人にこのような場所へ来るべきでないと面と向かって言われたのだ。無理も無かった。

「これを飲んで。落ち着くから」

 ジーンがそっと果実酒のグラスを差し出してくる。

「すみません……」

 フロリエはグラスを受け取ると一口飲むが、涙がこぼれてきそうだった。

「気分転換に踊ろう。あのような言葉をいつまでも真に受けていてはいけない」

 エドワルドがフロリエの手を引いて、広間の中央に誘おうとする。

「ですが、ルルーを抱いたままでは……」

「私がお預かりしましょう。いらっしゃいな」

 小竜の心配をするフロリエにマリーリアが申し出て、腕を差し出す。ルルーは大人しくマリーリアの腕に収まった。

「さあ、音楽が変わる。行こう」

 エドワルドは上機嫌でフロリエを広間の中央へと連れて行く。先ほどの騒ぎが何も無かったかのように、新たに流れ出した曲にあわせて、エドワルドは彼女と踊り続けた。



 その様子をほっとした様子でオリガは会場の外から眺めていた。隣にはルークが付き添うようにして立っている。

「本当に、どうなるかと……」

「うん。でも、もう大丈夫だね」

 オリガは自分が小竜から目を放した為に、こんな騒ぎになってしまった事を後悔して泣いてしまい、ルークはそれをずっとなだめていたのだ。エドワルドとフロリエが広間の中央で優雅に踊り、マリーリアの腕の中にいる小竜は他の客からもかわいがってもらって機嫌よくしている姿を見て、ようやく彼女も落ち着いたのだった。

「さ、そろそろ行こうか?」

 ルークはエドワルドの命令もあって、オリガを部屋へ送っていかなければならない。しかし、彼女は広間の光景が良く見えるこの場所から離れがたそうであった。動こうとしない彼女にルークは声をかける。

「オリガ?」

「ごめんなさい、フロリエ様が楽しそうで……」

「そうだね」

 グロリアが倒れてからと言うもの、皆がその看病に追われていた。コリンシアですら遠慮してはしゃいだりわがまま言ったりせず、館の中は重苦しい空気が常に流れている状態である。そんな状況ではフロリエも微笑む事が無くなり、今日のこの笑顔は本当に久しぶりだった。

「さあ、行こう」

 ルークが再び促すと、オリガはようやく彼の差し出された手を取って歩き出した。

「ねえ、オリガ」

「どうしたの、ルーク?」

「俺、今度の夏にまとまった休みがもらえることになった。もし良かったら、一緒に俺の故郷の町に行かないか?山間の小さい町で何も無いけど……」

 広間から離れ、人気の無い客間へと続く廊下を歩きながらルークはオリガに尋ねた。

「ルーク……。せっかくのお休みなのでしょう?」

「うん。君を家族にも紹介したい」

「……」

 突然の誘いにオリガは驚いて言葉にならない。

「いやかい?」

「そうじゃないの、うれしいわ。行けるかどうかはグロリア様のご容態にもよると思うけど……」

「そうか……そうだよね」

 ルークはそれ以上、強く誘おうとはせず、その後は黙って彼女の手を引いて部屋の前まで送った。

「ありがとう、ルーク」

「どう致しまして」

「さっきの話、フロリエ様に相談してみるね。まだ、どうなるか分からないけど……」

「うん」

 2人はしばらくの間、そのまま見つめあっていた。ルークはオリガの顔に残る涙の跡を指で落とし、そのまま手を彼女のあごに添えて少しぎこちなく唇を重ねた。

「……」

「嫌だった?」

 反応が無い彼女にこんな事を聞くのがルークらしい。オリガは驚いたものの、慌てて首を振る。

「そ……そうじゃないの。ちょっと、驚いただけ」

「そうかい?」

 自分からキスをしておいてルークのほうが真っ赤になっている。その後の対応に困ってしまい、彼は咳払いを一つすると、軽く彼女を抱擁ほうようする。

「そろそろ戻らないといけない。また明日だね、おやすみ」

「うん……」

 今度はお互いに軽くついばむようにして唇を重ね、ルークはオリガから離れた。

「じゃあ」

 ルークは幸せをかみ締めながら、彼女に手を振って広間に戻っていった。


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