83 妖魔襲来4

 マリーリアがここまでかと覚悟を決めた時、妖魔は両目を矢で射抜かれて苦しみ始めた。

「殿下!」

 木々の僅かな隙間を縫ってファルクレインとエアリアルが降下してきた。ルークはエアリアルに乗ったまま、紫尾や青銅狼を牽制けんせいするように矢を放ち、アスターはファルクレインから飛び降りると、倒れているエドワルドとマリーリアに駆け寄る。

「しっかりしろ!」

 呆然と座り込んでいるマリーリアの頬をアスターは叩いた。

「自分の成すべきことができないなら、さっさと皇都へ帰れ!」

 アスターはそう怒鳴ると、エドワルドをそのまま仰向けに寝かせ、流れ出た血で染まった彼の外套と鎧をはだけさせる。彼の右腕は毒の影響で紫色に変色し始めている。

「私が……します」

 我に返ったマリーリアは、アスターから毒消し代わりの香油を受け取り患部に振りかける。そして自分の外套の裏地をさらに引き裂き、先程施した不完全な止血をやり直す。更に細く裂いたものを包帯代わりに巻き付けると、寒くないように彼自身の外套を体に巻いた上から自分のも脱いでかぶせた。

 応急処置を施す間、ルークと2頭の飛竜が妖魔の気をらしていた。それでもアスターは油断なく剣を構え、マリーリアの処置を見守った。

「グランシアードもすぐに来る。グランシアードに殿下を運ばせ、君はそれで先に戻れ」

「……はい」

 戦力外なのは仕方なかった。更には自分が先走った結果、エドワルドが負傷し、命の危険が脅かされている。マリーリアは力なくうなだれる。

「着ていろ」

 アスターは自分の外套を脱ぐと彼女に渡し、自分も妖魔に向かっていく。ルークが紫尾の攻撃を受け、大木に体を打ち付けられているのが見えたからだった。ルークはどうにか立ち上がるが、脇腹を痛めたようである。妖魔はそこに前足を振り上げて襲おうとするが、横からエアリアルが体当たりをしたので難を逃れた。

「……」

 マリーリアは木々の間から見える空を見上げた。その時、飛竜の影が見えたと思ったら、何かが妖魔にぶつけられた。何かが割れる音がして中の液体が妖魔にかかると、紫尾は苦しみ始める。どうやら誰かが香油を壺ごと投げつけたらしい。妖魔が暴れる度に立木が倒され、空が見える範囲が広がる。

 すると大きな黒い飛竜が木々の枝を折りながら無理やり降りてきた。周囲には見向きもせずに真直ぐエドワルドの元に向かう。

「グランシアード、ごめん、団長が……」

 マリーリアが必死にエドワルドを抱き起そうとすると、いつの間にか降下していたジーンが来て手伝ってくれる。グランシアードは器用に前足で彼を抱え上げ、マリーリアがその背中に乗るとすぐに飛び立った。

「グランシアード、総督府へ急ごう」

 森から出ると、ゴルトと西の砦に駐留する3人が入れ違いに降下する。

「騎馬兵団もじきに来る。先ずはこいつだな」

 リーガスがアスターに声をかけるのがわずかに聞こえた。後は彼等に任せるしかない。自分がいかに無力だったかを思い知り、凹んだ気持ちで帰路につく。

「グランシアード、そっちは逆よ?」

 ふと気づくと、グランシアードは西に向かっていた。自分の飛竜ほど意思の疎通はできないが、どうにか彼の思考を読み取る事が出来た。

「グロリア様の館へ行くの?」

 確かにあそこの方が総督府へ帰るよりも近い。リューグナー医師もいるし、何よりもエドワルドが落ち着いて傷をいやせると思った。

「分かったわ、あなたに従う」

 マリーリアは飛竜に肯定の思念を送ると、飛竜は力強く羽ばたいて速度を上げた。

 厚い雲の向こうでは太陽が沈もうとしているのだろう、既に辺りは薄暗くなっている。急がねばならなかった。


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