82 妖魔襲来3
マリーリアは慎重に妖魔の後を追った。彼等は森を抜け、夏には馬の放牧地となる丘を越え、その先にある森の中へと入っていった。
「くっ……」
経験の浅いマリーリアでもわかるほど強烈な妖魔の気にカーマインが
「貴女がここまで感情に流される人だとは思いませんでした」
型通りの注意をされ、最後にいつも無表情で淡々と仕事をこなしていたことを
「すみません……」
「分かればいいんですよ」
今、自分に何かあったら、あの父の事だからただでは済まさないだろう。直接の上司であるエドワルドだけでなく、彼女の移動を決定したハルベルト、そしてそれを強く後押ししたソフィアの嫁ぎ先でもあるサントリナ家も糾弾されるに違いない。それに思い至ると自分の行動を恥じ入るばかりである。
「ですが……おおよその位置が
彼等は問題の森が見渡せる丘の上に飛竜を着地させていた。強い妖魔の気は少し離れたこの場所にいてもひしひしと伝わってくる。飛竜の背に跨ったまま、油断なく辺りを見回すが、場馴れしているはずのウォリスですらこの気配に落ち着きが無い。カーマンに至っては嫌がるように何度も激しく頭を振っている。
「カーマイン、落ち着いて」
マリーリアは必死に飛竜を
「無茶はするな。帰ったら、叱責は覚悟しておけ」
エドワルドが手伝ってくれてどうにかカーマインを宥めたが、先程の命令無視の件は厳重注意を受ける事になるらしい。おそらくその役はアスターで、彼のはっきりした物言いを思い出すとマリーリアは憂鬱な気分になってくる。確かに自分が悪いのだけれども……。
「ゴルト、この位置を西の砦へ知らせに行け。マリーリアは南だ」
「団長は?」
「ここで待機している」
「危険です」
「分かっている。時間が無い、行って来い」
渋々ながらゴルトはウォリスを促して飛び立たせ、すぐに西の砦を目指す。マリーリアも脅えるカーマインを宥め、来た道を引き返すように命じる。素直にそれに従うと思われたが、脅えきった飛竜は闇雲に辺りを飛び回った。エドワルドは慌ててグランシアードに後を追わせたが、マリーリアはカーマインから振り落されていた。
「マリーリア!」
「あっ!」
「カーマインを頼む!」
グランシアードに命じると、エドワルドは
「大丈夫か?」
木がクッションとなって衝撃を和らげ、吹き溜まりとなった新雪の中にマリーリアは埋まるように落ちていたが、運がいい事にかすり傷程度で済んでいた。
「……すみません」
エドワルドに助け起こされてふらつきながらもマリーリアは立ち上がる。辺りは不気味な霧が立ち込めて薄暗い。どこにでもあるはずの森の中の光景のはずなのに、妖魔の気配を強く感じた影響かひどく
「とにかく森の外へ出よう」
「はい」
携行している武器はそれぞれの腰に下げている長剣のみである。妖魔から身を守るには心許なく、彼らのテリトリーとなっているこの森から一刻も早く逃れなければならない。
「……あれを」
森の中を少し歩いたところで、エドワルドが何かを見つけた。彼が指した先に、枯れかけた一本の巨木があった。その表面には黒い一抱えほどもある丸い塊がびっしりと張り付いているのが見える。
「何……」
「妖魔の卵だ」
「あれが……」
思ったよりも巣の中枢に入り込んでいたようだ。目をこらして見て見ると、同じ卵でも硬そうで光沢がある物と柔らかく弾力のある物があった。妖魔の種類が違うのか、産んだ時期が違うのか、どうやら後者が正しいらしく、弾力がある物にはわずかながら黒い影が
「うぐっ……」
卵を産み付けられているのはこの木だけではないだろう。あまりの
「このまま放置すれば、千を超える妖魔が誕生する」
濃密な妖魔の気配にエドワルドも全身に嫌な汗をかいていた。とにかく2人だけでは何もできない。マリーリアを促し、その場を離れようとする。
「最悪だな……」
何かが近づいてくる気配がする。エドワルドがもう一度振り返ると、青銅狼よりももっと大きな妖魔が卵を守るようにして現れた。外見はイタチのようにも見えるが、その口に生える牙は鋭く、体は
「気付かれたか」
紫尾の女王は毛を逆立て、
「森の外へ走れ!」
エドワルドが彼女の背中を押し、長剣を抜いて身構える。マリーリアは逃げようとしたが、足元が悪いのと恐怖のあまり震えが止まらず、数歩走って転んでしまう。妖魔は彼女に狙いを定め、一気に間合いを詰めて前足を振り下ろす。
「ぐっ……」
マリーリアが顔を上げると、エドワルドが彼女に
「団長……」
エドワルドは片膝を立てた状態で長剣を左手に持ち替え、地面に突き刺した。続けて紫尾の2撃目が繰り出されるが、キンッと音がしてそれは弾かれる。エドワルドが防御結界を張ったのだ。
「止血を……」
マリーリアはすぐに外套を切り裂いて止血を施す。受けた傷の為に意識を集中させるのも困難の状態で、彼は反応が無い。更には後続の妖魔達も次々と襲ってくるので、それを受ける衝撃で傷に響き、意識が遠のきそうになる。
「くっ……」
流れ出た血で彼の足元の雪が赤黒く染まっている。毒の影響で右腕に感覚が無く、目がかすんできた。もう限界だった。だが、意識を失う直前に頼もしい気配を感じていた。
「来た……」
エドワルドはその場で意識を失い倒れ込んだ。そこへ紫尾が止めを加えるべく爪を振り上げた。
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12時にももう一話更新します。
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