65 嵐の前1

 夕刻、ロベリアの総督府に3人の新たな竜騎士が着任した。ルークにとっては待望の後輩である。彼等はまず、着任の挨拶の為にエドワルドの執務室へとやってきた。

「第3騎士団へ配属の3名、ただ今到着いたしました」

 先輩の団員達が見守る中、屈強な若者と小柄な少年、細身の女性がエドワルドの前に整列する。

「第2騎士団に所属しておりました、トーマス・ディ・グロースです」

「第5騎士団に所属しておりました、ハンス・ディ・フリーゲンです」

「第1騎士団に所属しておりました、マリーリア・ジョアン・ディア・ワールウェイドです」

 並んでいた順に3人は名乗るが、エドワルドは思わずマリーリアに声をかけた。

「やはり、来たのか?」

「ハルベルト殿下のご命令でございますから」

 驚いたことに、彼女は腰近くまであった長い髪を肩の下あたりでバッサリと切り落としていた。彼女の並々ならぬ決意を感じ取れる。

「来てしまったものは仕方ないか……」

 ついため息をついてしまうが、気を取り直して配属された3人に訓示する。

「予め言っておくが、ここは他の騎士団に比べて人員が少ない。それを補う為の訓練も他団に比べてきついと思う。ついていけないと思えば早々に皇都へ帰ってくれてもかまわない。余談だが、昨年も3人入れたが、残ったのはルーク1人だ。皆、春まで残ってくれることを願う」

「はい」

 新入りの3人は声を揃えて返事をすると、エドワルドの脇に控えていたアスターが一歩前に出る。

「宿舎へ案内させる。荷物を解き、部屋を整えておくように。今日中に旅の疲れを取り、明日からは通常通り働いてもらう」

「はい」

「ジーンはマリーリアを、ルークは他の2人を宿舎に案内しろ」

「了解」

「以上だ。解散してくれ」

 エドワルドが顔合わせの終了を告げると、全員頭を下げて執務室を出ていく。

「今年は何人残るかな」

「2人は残って欲しいですね」

 部下を見送る上官2人は小声でこんな会話を交わしていた。

「しかし、どうされますか?」

「どう、とは?」

 副官の質問にエドワルドは怪訝けげんそうに尋ねる。

「マリーリア嬢です」

「特別扱いはしない方がいいだろう。訓練も同じ内容でかまわない。それで音を上げるようなら皇都へ帰ってもらえばいい」

 エドワルドは書類が山積みになっている机にうんざりした目を向けながらも大人しく席に座って仕事を再開する。昨日の誘拐事件で丸一日仕事が滞った上に、皇都からも書類や手紙がたくさん届いている。逃げ出したい気持ちはあるが、後に回しても結局自分に返ってくるので、せっせと書類に目を通して署名をしていく。

「わかりました。他の団員で遠慮があるようでしたら、私が鍛えます」

「そうしてくれ。それにしても、彼女は変わったな」

「そうですか? 髪を切ったぐらいで印象は変わりませんが?」

 アスターは首を傾げる。

「そうじゃない。何年か前に会った時はもっと喜怒哀楽がはっきりしていた。今の彼女はまるで人形の様だ」

「そういえば、そうでしたね」

 ロベリアへ赴任する少し前、エドワルドが所属していた部隊にマリーリアは見習いとして入ってきた。アスター自身は自分の仕事に忙しく、殆ど接触する機会がなかったが、エドワルドの方はその見目が気になって随分構っていた記憶がある。

「あの髪だからか、妙に親近感が湧いてな、結構からかったりもした」

「……」

 昔を懐かしがる上司にアスターはどう答えていいか分からなかった。ふと、ヒースから聞いた噂話を思い出す。あれを聞いたら彼はどう思うだろうか? いや、もしかしたらもう耳に入っているかもしれない。悩んだものの、不確かな情報を耳に入れる訳にはいかないと自分を納得させ、黙っていることにした。

「それでは、私も失礼します」

 エドワルドの机の上はまだ未処理の書類で山積みになっている。アスターは仕事の妨げにならないように、一礼すると静かに執務室を後にした。



 ルークは大きな荷物を背負った新人2人を宿舎に案内していた。昨年は彼もこうして先輩のキリアンに案内された部屋だった。

「雷光の騎士殿に案内して頂けるなんて光栄です」

 どこかで見覚えがあると思っていたら、ハンスは今年の飛竜レースに出場していた。しかもスタート前、以前に所属していた部隊の先輩と睨んでいたのが彼だったらしい。「あの時はすみませんでした」と謝罪すると同時に、是非、弟子にしてほしいとハンスは頬を紅潮させてルークに頼み込んだ。

「同じように飛ぼうだなんて無茶でした」

 ハンスは更にレース後、あの先輩が降格された経緯を暴露する。所属の上司に成績が振るわなかった理由を問われ、正直に彼が話したところ、第5騎士団の団長も知るところとなった。その後、2人して呼び出され、洗いざらい白状させられた先輩は降格し、今は再教育と称して見習いと同じことをさせられているらしい。ハンス自身も一からやり直す覚悟でロベリアへ移って来たとの事だった。

「俺に習うよりもアスター卿に付いた方がいい。俺はあの人から全てを教えてもらった」

「ですが……」

 正直、あの先輩がどうなろうとどうでも良かった。思い出したくない事もつい思い出してしまい、ルークの表情が硬くなる。それに気づいてさり気なくハンスを制してくれたのは年長のトーマスだった。寡黙な彼にルークは小声で礼を言い、その後は部屋に着くまで無言で歩いた。

 荷物を持っている2人の為に扉を開けると、中には簡素な家具が2組置かれた質素な部屋だった。

「しばらく試用期間になる。その間は2人で部屋を使ってもらう。相手が気に入らなくてもその間は部屋を変えないしきたりで、その間は我慢してもらうしかない。隣は俺の部屋だから、分からない事は何でも気軽に聞いてくれ。何か質問は?」

 気を取り直して先輩らしく説明をすると、ハンスが手を上げる。

「ルーク卿、彼女がいるって本当ですか?」

「は?」

「……自分は、上官の飛竜の前で告白したと聞きました」

 今度はハンスだけでなくトーマスまでもが話に乗ってきて、ルークは絶句する。

「誰から聞いた?」

 殺気を込めた目で睨まれ、2人は狼狽する。

「あ…あの……」

「皇都では噂になっていまして……」

 ルークは思わずバン!と壁を叩いた。

「今度会ったら、絶対にユリウスを締め上げてやる……」

 彼は心の中でそう決意した。

「あ、あの……ルーク卿?」

 2人はルークの殺気に脅え、逃げ出しそうだった。




 その頃、マリーリアもジーンに案内されて自分の部屋に着いたところだった。女性竜騎士は少ないので、彼女には1人部屋が用意されていた。

「何も無いのですね」

 マリーリアはガランとした部屋を見渡すと、一言呟いた。中にあるのは必要最低限の家具だけである。

「贅沢は言えませんよ、男性の場合は相部屋にされますから」

「そうだったのですか」

 マリーリアは無表情で答えると、荷物を広げる。そう多くない荷物の大半は着替えで、装飾が少なく、実用的な物ばかりだった。女性の荷物にしては少ないと感じるのは、足りないものをこちらで揃えるつもりなのだろう。

「何だか意外です」

「何がですか?」

 ジーンの言葉に片付ける手を休めたマリーリアは顔を上げる。

「ワールウェイド家のお嬢様だから、もっと華美な物を好まれるのかと勘違いしていました」

「……」

「気を悪くしたらごめんなさい」

 黙り込んでしまったマリーリアに慌ててジーンは謝罪する。

「いえ、いいのです。私は愛妾の子だったので、母の故郷で育ちました。この髪が無ければ認知されることも無かった。父には正妻との間に5人も子供がいますし、孫も沢山いますから、私などに手をかけている暇は無いのでしょう」

 淡々と答えながら彼女は片付けを再開する。

「ごめんなさい、本当に余計な事を聞いてしまいました」

「いえ、気にしないでください。皇都では有名な話ですから」

 無表情のままマリーリアは手を動かし、少ない荷物はすぐに片付いてしまった。

「じゃあ、私はこれで……」

 話題が見付からず、さすがのジーンも長居する気になれずに暇を告げる。

「はい」

「何かあったら聞いて下さい」

「わかりました」

 ジーンが出ていくと、マリーリアは開け放たれている窓の外を眺める。やがて日暮れを知らせる鐘が鳴りだすが、それでも彼女は微動だにせずにそのまま外を眺め続けていた。




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