47 故郷に錦を2

 ルークの故郷、アジュガの町は山間にあり、200年ほど前までは砦として使われていた。霧を防ぐ城壁と共に新たな砦が築かれ、砦の機能が移転してしまい、小さな町だけが残ったのだ。今では町の外れに残った城壁の土台だけが名残となっている。

 ルークがアジュガに着いたのは夕暮れ時だった。家々の煙突から煙が立ち上り、いい匂いが漂ってくる。彼はしばらく上空でその光景を眺めてから街外れにある家の裏手にある草地にエアリアルを着地させた。

 荷物を降ろしていると、目ざとい町の子供達が数人、エアリアルを見にやってきた。昔は彼もそうだったが、竜騎士は憧れの存在だ。手を振ってくる子供達に手を振り返しながら、表に回って玄関の戸を開ける。

「ただいま」

「おや、ルーク」

「ルーク兄さん」

 台所では母親と妹が夕飯の支度をしている最中だった。

「帰ってくるなら一言言ってくれればいいのに」

 妹が口をとがらせる。ルークは土産の入った背嚢を居間のテーブルの上に置く。

「そう言うなよ、カミラ。寄れるかもしれないとは言っておいただろう?」

「それはそうだけど……」

「俺も今朝、言い渡されたんだ」

「まさか、あんた、クビになったわけじゃ……」

「違うよ、母さん」

 見当違いの心配をする母親に苦笑しながらルークは背嚢はいのうの中身を探り、先ずはワインのボトルを取り出す。

「先に町長さんに挨拶してくる。話は後で」

「そうだね。エアリアルは後ろかい?」

「ああ」

 ルークはワインのボトルを手にまた外に出る。この町の町長は悪い人ではないのだが、未だにルークを竜騎士とは認めてくれず、帰ってくるたびに何かと口を挟んでくる。エアリアルをパートナーにして最初に里帰りをした時に、遊びで来た者に着場も竜舎も使わせられないと言って彼を町に入れてくれなかった。次からは手土産を持参するようにしたところ、何も言われなくなったので、ここへ泊りに来た時には欠かさないようにしている。

 かといって町長が竜舎を使わせてくれるわけでもなく、今はルークの両親が、近所の人にも協力してもらって改装した裏の物置小屋をエアリアル専用の竜舎にしていた。小柄なエアリアルだから入ってくつろげるのだが、グランシアードなら尾の先か頭がはみ出てしまうだろう。エアリアルはルークにとって大切なパートナーだからここに来た時でも寛いでほしかったので、初めてこの手作りの竜舎を見た時には感激したのだ。

「おや、ルーク」

「お帰り、里帰りかい?」

 小さな町なので、皆、顔見知りである。町の人々はすれ違う度に声をかけてくれる。

「はい、これから町長さんに挨拶をしてきます」

「本当にあの人も仕様がない人だねぇ」

「きっと、ルークが偉くなるのが気に入らないんだよ」

 皆、事情を知っているので呆れている。ルークは苦笑いしつつ、町の中央にある広場に面した大きな家を尋ねる。砦が移転する前はここが中枢となっていて、その名残として着場と竜舎はここに併設されている。皇都からの使者は丁重にもてなすらしいのだが、ルークの事はいつまでたっても認めたくはないらしい。

 無駄に大きい家にはこれでもかと装飾品が置かれている。グロリアの館の中を見慣れた彼にとって、それは悪趣味の塊にしか見えない。

 生憎と町長は留守だったが、出てきた執事に形通りのあいさつをして手土産を渡し、ついでに明日は上司も立ち寄る予定と言付けを頼んだ。竜舎を使わせてもらえないかと尋ねてみたが、自分では返答しかねると冷たくあしらわれる。それならいいですとあっさりと引き下がっておいて、一応の義理を果たした。

 立ち寄るのがエドワルドだとわかれば、あの町長ならきっとお近付きになろうとするはずだった。そういった輩のあしらいにはなれているだろうが、姫君もいるし、折角立ち寄って下さるのに嫌な思いだけはしてほしくなかった。竜舎は使わずに済んでかえって良かったかもしれない。いっそのこと明日まで町長が留守にしてくれればいいのだが……。

 ルークが家に戻ると、子供達がまだエアリアルを遠巻きに見ていた。やはりまだ少し怖いらしく、飛竜が顔を向けたり体を動かしたりする度に子供達はビクビクしている。その中で10歳くらいの男の子が1人、勇気を出してエアリアルに近づく。手に甘瓜を持っていて、それをあげようとしているらしい。その様子に気づいたエアリアルが顔を近づけると、子供は驚いてしりもちをついてしまう。

「大丈夫かい?」

 突然声をかけられて子供達は皆びっくりしている。ルークはしりもちをついた子供を立たせてやり、転がった甘瓜を拾って手渡す。

「瓜をくれるつもりだったのかい?」

「う……うん」

 勝手な事をしたと思い、怒られると思って子供は俯いている。ルークは子供の前にしゃがんで目線を合わせた。

「お家の人はこれを持ってきたのを知ってる?」

「うん」

「じゃあエアリアル、折角だから頂こう」

 そうルークが声をかけると、エアリアルは子供に向けて口を開ける。子供はパッと笑顔になり、手に持っていた甘瓜をエアリアルの口に入れる。飛竜はシャクシャクと音を立てて甘瓜を丸ごと食べた。

「おいしいらしい。どうもありがとう。彼らはね、ここを撫でると喜ぶよ」

 まだ口をもぐもぐさせているエアリアルの頭を撫でてみせると、甘瓜をくれた子供は恐る恐る手を伸ばして頭を触る。すると、エアリアルの方から頭を摺り寄せてくる。

「彼はありがとうと言っているよ」

「わぁ……」

 子供はすっかり慣れたらしく、嬉しそうに頭を撫でる。遠巻きに見ていた他の子供たちもだんだん近づいてきて、触っていいかと聞いてくる。

「いいよ」

 子供たちは順番にエアリアルの頭を撫でていく。

「僕も瓜を持って来るから食べさせていい?」

 1人がルークに尋ねると、他の子も自分ももらってくると言い出した。

「よく見てごらん、もう日が落ちてしまったよ。家の人が心配するから、今日はもうお帰り。明日の昼頃までいるから、また明日おいで」

 日が沈んで辺りは急速に暗くなる。子供達は残念がるが、遠くから子供を呼ぶ声が聞こえてくる。ルークは通りまで彼らを送ってやり、それぞれが家に帰ったのを確認してからエアリアルを家の裏にある手作りの竜舎へと連れて行った。装具を全て外してやると、用意してある寝藁の上に寝転がる。お休みの挨拶代わりに頭を撫でてやってから家に入った。

「改めてただ今」

「おう、おかえり」

 父親と兄も仕事を終えて帰っていた。食事の支度はほぼ終わっているようなので、早速お土産を披露する。先ずは父親から一人一人に手渡していき、最後に蒸留酒をテーブルに置く。

「高かっただろうに、お金は大丈夫かい?」

 お土産をもらった喜びよりも、母親はそちらが心配らしい。どれを見ても高価なものと分かったのだろう。逆に急に帰ってきたルークに文句を言ったカミラは上品なレースの付け襟に大はしゃぎしている。おまけで付けてくれたリボンも相当気に入った様子だった。父と兄は個人的にもらったものよりも蒸留酒の方が気になるらしい。

「大丈夫。それより腹減った。食べながら話すよ」

 ルークは台所の隅にあった手洗い用の水桶で手を洗うと、さっさと食卓の自分の席に着く。家族もお土産を片づけると席に着き、ダナシアに祈りをささげて食事を始めた。

 母親は急いでルークの好きなものを追加で作ってくれていた。懐かしい母の味を堪能しながら、皇都で過ごした夏至祭の話をする。飛竜レースで一番手になった事をすぐには信じてもらえなかったが、頂いた記章を見せてようやく信じてもらえた。昇進して敬称まで許される身になった事を彼らは一様に喜んでくれる。ついでに明日、エドワルドが挨拶に立ち寄ると言うと、彼らは驚いた様子だったが、一番の目的はコリンシアの休憩と聞いて納得してくれた。

 食事が終わる頃、ルークが里帰りしている事を知った幼馴染が次々と尋ねてくる。皆、酒や肴を手にして来るので、ビレア家で宴会が始まってしまう。

 ルークはみんなから促されるままにロベリアでの生活や騎士団の仲間の事、そして皇都の夏至祭での話をしていく。城で行われた舞踏会の煌びやかな様子は妹をはじめとした女性陣がうっとりとして耳を傾けていた。飛竜レースで一番手になった事はやはりなかなか信じてはもらえなかったが、話は尽きず、夜が更けるまでビレア家の明かりが消える事は無かった。



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