42 追憶2

「おはようございます、殿下。全員そろっております」

 部屋に戻るとアスター以下、同行してきた第3騎士団の4名が彼を待っていた。

「待たせてすまない」

 エドワルドが居間のソファに腰かけると、すかさず若い侍官がお茶を差し出す。なんだか妙に彼は機嫌がいい。

「何かあったのか?」

「い、いえ…」

 彼はそそくさと部屋を後にする。アスターがそっと『彼女が出来たらしい』と耳打ちする。何がどう転んだか分からないが、先日押しかけてきた美女の1人とお付き合いすることになったらしい。

「そうか」

 そんな、報告を受けながらエドワルドはそろった団員達の様子を見やる。アスターはいつも通り淡々とした表情で控え、ルークは昨日同様に少々顔色が悪い。昨夜の舞踏会は早々に退出したはずだが、部屋に戻ると同室の竜騎士が仲間と酒盛りをしており、それに強制的に参加させられたらしい。よって今日も二日酔いを引きずっていた。それに関してはエドワルドも他人の事は言えないが……。

 リーガスはいつも通り飄々としているがどことなく上機嫌で、一方のジーンは少々疲れた表情をしている。頬をわずかに赤らめ、よく見ると下ろした髪の毛の隙間から覗く首筋に赤い痕が見え隠れしている。そういえばこの2人も早々に舞踏会会場から姿を消していた。リーガスも士官用の宿舎があてがわれていたので、2人きりで後夜祭を楽しんだのだろう。

「夏至祭はご苦労だった。ルークもリーガスも良くやってくれた」

 エドワルドがまずは2人を労い、彼らは静かに頭を下げる。

「先ずはルーク、遅くなったが昇進祝いだ」

 エドワルドは懐から巾着を取り出すと、それごとルークに渡す。促されて中身を見ると、金貨が何枚も入っている。飛竜レースでの褒賞と昨日の褒賞、これも合わせるとかなりの額を彼は手にしたことになる。

「こ…こんなにたくさん……」

「先日は優勝したのに、怒ってばかりで渡しそびれた。本当はまだ言い足りないくらいだが、とにかく優勝おめでとう」

「ありがとう……ございます」

 呆然としていたルークはようやく礼を言った。

「君の故郷はアジュガだったな? 私達は当初の予定通り、明日まで郊外の離宮に滞在予定だ。君は先行して実家に顔を出すといい。皇都で土産でも買い、ご両親に昇進の報告をするといい」

 ルークは信じられずに自分の手元と上司の顔を交互に見ている。

「よろしいのですか?」

「ああ。明日の昼過ぎにあの辺りを通る予定だが、コリンの休憩も兼ねて立ち寄らせてもらう。ご両親に挨拶だけはしたいから、一言断わっておいてくれ」

「う、家にですか?」

 ルークは少し狼狽えた。

「不都合か?」

「いえ、大丈夫です。両親に伝えておきます」

 ルークは内心不安に思いながらも、上司の希望を了承する。家族は驚くだろうが、きっと大歓迎してくれるだろう。

「そうか、頼むぞ」

 エドワルドは頷くと、今度はリーガスに向き直る。

「惜しかったな、リーガス。だが、初出場で2位とは大したものだ。これは入賞の祝いだ」

 エドワルドはもう一つ巾着を取り出すとそれをリーガスに手渡す。彼は短く礼を言うと、中身を確かめずにそれを懐にしまった。

「団長、一つ報告が」

「なんだ?」

 今後の予定を軽く打ち合わせようとしたところで、急にリーガスに改まって声をかけられ、エドワルドは首をかしげる。

「結婚したので、よろしく」

「は?」

 突然の結婚報告にエドワルドだけでなくアスターもルークも目を丸くする。

「する……じゃなくてしたのか?」

「はい」

 確かに結婚は秒読みだと噂されていたが、一体いつの間に……。

「次の春までは第3騎士団で共に戦います。その後は彼女を後方支援に回して下さい」

「わ……わかった」

 どうやら綿密な家族計画まで練っているらしい。リーガスの隣でジーンは少し俯き、恥ずかしげにしている。いつになく漂っている色気に初心なルークは顔を赤らめ、リーガスに殺気のこもった眼で睨まれている。

「まあ、落ち着く気になったのならいいか……」

 エドワルドは内心そう思い、気を取り直して打ち合わせを始めた。

 ルークには打ち合わせ終了から明日の昼過ぎに合流するまで休暇が与えられ、他の4人はコリンシアを連れて行きにも泊まった郊外の離宮に宿泊することが決まった。

 帰りの行程はアジュガに寄るので行きとルートを少し変え、2日後の昼にはロベリアに着くように組まれた。行きでのコリンシアの様子を見て、もう少し飛行時間が長くても耐えられると判断しての事だった。ロベリアで昼食をとり、それからグロリアの館へコリンシアを送っていく事が決まり、アスターが休憩や宿泊に立ち寄る砦にその旨を伝える文書を作成し、使い竜を飛ばす手筈を整えた。




「失礼いたします。殿下にお客様でございます」

 打ち合わせも終了し、アロンの元へコリンシアを迎えに行こうとした所で、席を外していた若い侍官が来客を告げる。

「客? 誰だ?」

「マリーリア卿でございます」

「マリーリアが? 通せ」

 不思議に思いながらも了承し、座っていた団員たちは席を譲る為に立ち上がって壁際に控える。ほどなくして扉がノックされ、アスターが戸を開けてマリーリアを招き入れた。

「失礼いたします」

「どうぞ」

 エドワルドが正面の席を勧めると、彼女は一礼してソファに座った。長い髪を革紐で束ね、騎士服に身を包んだ彼女は思わず見とれるほど美しい。実のところ、城勤めの女官や侍女の間で彼女は密かに人気があった。

「今日はどうした?」

「お願いがございます」

「昨日の件ならお断りだぞ」

 エドワルドは昨夜の舞踏会でワルツを踊りながら頼まれたことを思い出し、少しぶっきらぼうな対応になってしまう。

「分かっております」

「ならば、何だ?」

「アスター卿にお手合わせ願いたいのです」

 マリーリアの申し出に、エドワルドとアスターは顔を見合す。壁際では他の3人も同様に顔を見合わせ、首をかしげている。

「どういう事かな?」

「殿下は私の腕ではまだ討伐に出るのは無理だと仰せになりました。鍛えたいと思うのですが、残念ながら私に指導をしてくださる方はおられません」

「ヒースならば相手にしてくれるだろう」

 彼女は形だけではあるが第1騎士団の所属である。所属の大隊は違うが、エドワルドの学友でもある彼ならば相手の身分など気にせずに指導するだろう。実際にブランドル家の子息であるユリウスへは、常日頃周囲が真っ青になるほど厳しい指導を行っている。

「出来ないと仰せになりました」

「は?」

 マリーリアの答えにエドワルドは首をかしげる。

「ユリウス卿は父親のブランドル公から厳しく鍛えよと命じられているのでそうしているだけであって、私の場合はその…やはり後が怖いと……」

「……」

「何故、アスターだ?」

 名指しされて複雑な表情を浮かべるアスターに代わり、エドワルドが尋ねる。

「殿下にお願いしようとも思いましたが、ヒース卿がアスター卿を推薦して下さりましたのと、昨日の武術試合ではゲオルグ殿下に加減せずに相手をされていましたから、私にも厳しく指導して下さると思いました」

 アスターは『あの野郎…』と内心で毒づきながらも、鍛えた精神力でその怒りを抑え込んだ。

「まあ、確かにアスターは適任かもしれないが……」

「今、父が気にしているのはゲオルグ殿下の事だけです。私の事はもう歯牙にもかけないと思います」

 俯く彼女は少し寂しげだ。元々妾腹の生まれで疎まれていたが、昨日貴賓席でゲオルグの企てを阻止した事が更に彼女の立場を悪くしたらしい。どんな些細な事でもゲオルグにとって不利に働けば、ワールウェイド公は容赦ない。昨日の一件でゲオルグだけでなく自身にも処分が下されたのは自業自得と言うしかないのに、彼の怒りを恐れて一族の間では全てがマリーリアの所為になっているらしい。

「アスター、相手をしてやってくれるか?」

 エドワルドはため息をつくと、複雑な心中を押し殺して控えているアスターを見上げる。おそらく昨日のゲオルグ以上にやりにくい相手かもしれない。

「かしこまりました」

 上官に頼まれれば断ることもできず、アスターはしぶしぶ了承した。

「ありがとうございます。アスター卿、よろしくお願いします」

 マリーリアは2人に深々と頭を下げた。

「明日の朝までに離宮に来い」

「わかりました」

 アスターはエドワルドに頭を下げると、後事をリーガスに任せてマリーリアと部屋を後にする。まるでさっさと終わらせたいと言わんばかりの態度で……。


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