18 華の皇都3

「エドワルド、ちょっと寄っていきなさい」

 すぐに部屋に戻ろうとするエドワルドを引き止め、ハルベルトは2人を自分の居室へ招いた。「お菓子もあるよ」といわれ、コリンシアはエドワルドの腕から降りて伯父の後をついていく。

 ハルベルトは北棟の2階に一家で住んでいた。1階の父親の住居とは完全に独立したつくりになっており、それはエドワルドがロベリアに赴任する前と全く変わっていない。ちなみに3階にはエドワルドが独身の頃に使っていた部屋がそのまま残されていた。皇都に来た時は今でもその部屋に宿泊している。

「お久しぶりでございます、叔父上様」

 ハルベルトの住居で出迎えてくれたのは、彼の15歳になる娘のアルメリア皇女だった。一族特有のプラチナブロンドの髪は彼女にも受け継がれており、結い上げられて美しい髪飾りで彩られている。

「久しぶりだね、アルメリア。随分ときれいになられた」

 エドワルドはお世辞抜きでそう挨拶し、彼女の手にキスをした。実際に中から光り輝くようで、なんだか眩しく感じてしまう。

「ありがとうございます、叔父上。コリン、あちらにお菓子があるの。いらっしゃい」

「はーい」

 大人同士で話があるのを分かっているらしく、彼女はコリンシアを誘って奥の部屋へ連れて行く。綺麗なお姉さんに手を引かれ、彼女は上機嫌でついていく。

 その後ろ姿を父親2人は見送ると、ハルベルトは弟を客間に案内する。彼に仕える古参の女官が冷たい飲み物を用意して静かに去ると、兄弟2人だけとなった。

「アルメリアは随分綺麗になりましたね」

「ふむ。内々にだが、ブランドル家の子息との婚約が決まった。夏至祭の折に正式に発表になると思う」

「ほぉ……それはおめでとうございます。また祝いの品を吟味して贈ります」

「ふむ」

 娘の婚約は喜ばしいのだが、父親らしく一抹の寂しさを感じているのかもしれない。ブランドル家も5大公家の1つなので、家格もつりあい、先ほどのアルメリアの様子からしても相手の子息との仲はとてもいいのだろう。

「義姉上の姿を見かけませんが、今日はどちらに?」

 こんな時は自らお茶を用意してくれる義姉の姿が見えず、エドワルドはいぶかしんで尋ねる。

「所用で留守にしておる」

 ハルベルトの答えはそっけない。喧嘩でもしたのだろうかと思い、彼はこれ以上このことに触れないことにした。お茶で喉を潤し、グロリアから預かった手紙を手渡した後はしばらく互いの近況を語り合うのだが、何分素面で男同士である。会話が続かない。そろそろ部屋に引き上げようとしたところでハルベルトが口を開く。

「エドワルド、妻をめとれ」

「え?」

 唐突な兄の言葉に彼は目が点になる。第一、命令されてすぐに出来るものではない。

「どういうことですか?」

「私は国主になれないだろう」

「どうしてですか? 次代の国主は兄上に内定していたはずです!」

 エドワルドは兄の発言に思わず声を荒げる。国主の選定は5大公家の当主により決められる。アロンが引退の意思を表明した3年前に選定会議が開かれ、ハルベルトが国主に選ばれるはずだった。しかし、ワールウェイド公が猛反対し、内定という中途半端な形で決着していた。

「皇子のいない私が即位したのでは将来にまた混乱を招く。若くともしっかりとした後ろ盾が付いているゲオルグの方が次代の国主に相応しいそうだ」

「ばかな……」

 ゲオルグは現在18歳。両親を早くに亡くし、ワールウェイド家で甘やかされて育ったため、皇家においては数年前のエドワルド以上の問題児だった。エドワルドは遊んでいても公務はおろそかにしなかったが、ゲオルグは任地にもおもむかず、昼間から仲間と酒を飲んで遊び歩いている。トラブルも起こしているが、それらは全てワールウェイドが権力でもみ消していた。

「お前には言ってなかったが、昨年、アルメリアにゲオルグとの縁談があった。あの愚か者に大事な娘をやれるわけがない。即座に断ったが、今度は先ほどの理論を持ち出して内定しているはずの私の即位に待ったをかけた」

「……」

「義兄上が意義を唱えると、あのゲオルグを私の養子にすれば認めると言う。叔母上が引退されて10年。対策は怠らなかったはずだが、あの男は着実に政を掌握している」

 苦虫をかみつぶしたかのような表情にハルベルトの苦悩を感じ取る。だが、それと自分の結婚とどんな関係があるかわからず、エドワルドは首をかしげる。

「それで……私の結婚とどう関係が?」

「そなたに即位してもらいたいのだ」

「え?」

 ハルベルトの言葉にエドワルドは固まる。

「私に息子がいないことが養子の件を持ち出された要因でもある。アルメリアにも帝王学は学ばせてはいるが、この国の慣例では皇子が優先される。仮に私が即位できたとしても、その次代でまたもめる事になる。アルメリアの婚約を急いだのも、ゲオルグとの縁談をまた持ち出されるのを防ぎたかったからだ。幸い、ユリウスとはうまくいってるようだ」

 娘の話になると、少しだけハルベルトの目も和らぐ。

「そなたは若い。新たに妻を娶れば皇子も生まれるだろう。そなたが即位すれば、その子へと自然に受け継がれる。それを認めさせるのも困難かもしれないが、我々にも意地がある。」

 ハルベルトの言葉にエドワルドは唇をかみしめる。

「ですが、兄上、義姉上だってまだ……」

「先日、セシーリアは流産した。医師の話ではもう子は望めぬらしい。姿が見えないのは離宮で静養しているからだ」

「……」

 エドワルドは言葉に詰まる。

「ワールウェイドをこれ以上野放しにはできない。これはサントリナ家、ブランドル家とも共通の認識として一致した。リネアリス家は既にワールウェイド側についているとみられ、フォルビア家の代表は叔母上がおられるにもかかわらず、中立を明言した。この分だとワールウェイド側に回るのも時間の問題だろう」

「ですが……あまりにも勝手ではありませんか? エルダは…エルダはどうなるのですか?」

 エドワルドはようやく恋人の名を口にする。彼女はこの兄の差し金でエドワルドの元に送られたのだ。

「確かに、彼女には酷な事をしたと思う。だが、元々は2年という約束だった。それを引き止めたのはそなた自身だろう?」

「……」

 エドワルドは本気で彼女を愛していたので、真相を知った上でも引き止めてプロポーズをしたのだ。だが、どうあがこうとも彼女はこの先、決してそれを受けてくれない事も分かっていた。

「今しばらくはこのままでもどうにかなるだろう。だが、決断は早い方がいい。考えておいてくれ」

 ハルベルトの言葉に強く反論できない。しかし、応じることもできずにただ「部屋に戻ります」と言ってエドワルドは客間から出て行った。




エドワルドがコリンシアを迎えに行くと、彼女は沢山の玩具に囲まれていた。

「見てー、父様、すごいよー」

 いくつものドールハウスに沢山の人形。積み木に合わせ絵、山積みのぬいぐるみ。色鮮やかな挿絵入りの絵本もある。アルメリアと侍女達と共にそれらに囲まれたコリンシアは、どれから遊んでいいか分からない状態になりながらも幸せそうだった。

「すごいな、これは。……どうしたのだ?」

「昔、私が遊んでいたものでございます、叔父上」

 絶句するエドワルドにアルメリアは微笑んで答える。どうやらハルベルトも娘には相当甘いらしい。

「そうか。話が終わったから、そろそろ部屋に戻ろう、コリン」

「えっー、もっと遊ぶ!」

 コリンシアは頬を膨らます。

「叔父上、よろしかったらこちらでコリンを預かりましょうか?」

 アルメリアがそう申し出る。

「え?」

「妹ができたみたいで、とても嬉しいのです」

 コリンシアの頭をなでながらアルメリアが微笑む。彼女には弟と妹がいたのだが、いずれも体が弱く、幼い時に他界していた。セシーリアの事も聞いていたので、彼女の気持ちをおもんばかり、エドワルドは強く反対できなかった。

「コリン、そうさせてもらうか?」

「うん!」

 彼女は元気よく頷いた。

「伯父上やお姉ちゃんの言うことを良く聞くのだぞ」

「はい。いい子にしていると、フロリエと約束したの」

「そうだな」

 エドワルドは娘の頭をなでると、「では、頼む」とアルメリアに言ってハルベルトの住居を後にした。

 ちょうど1人になりたかったこともあり、彼は内心助かったと思った。だが、これは裏で着々と進む計画の序章である事を彼はまだ知らなかった。



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どうでもいいウラ話


18年前、エレーナの輿入れにガウラへ付き添ったハルベルトは、かの国の貴族の令嬢セシーリアに一目ぼれし、即座にプロポーズしてお持ち帰りしたらしい…

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