10 晴れた空の下で2
「失礼する」
エドワルドはグランシアードをかがませると、フロリエを抱き上げて背中に座らせる。そして彼女にも騎乗用のベルトをつけると、自分も身軽に飛竜の背に乗り、彼女の前に腰を落ち着けた。ルークもケーキの入った籠を預かり、すでに飛竜にまたがっている。体の小さなコリンシアは彼の前に座り、更にルークが小さな姫君の体を自分の腕で支えてやっていた。
「腕を私の体に回して、遠慮せずにしっかりしがみついて下さい」
「は…はい」
フロリエはためらいながらも言われた通りエドワルドの体に腕を回した。彼女の腕の位置を少し直すと、準備が整った合図をルークに送る。ルークも合図を送ってきたので、グランシアードに飛び立つように命じる。
飛竜は数歩助走をつけて飛び立ち、エアリアルもそれに続く。コリンシアのはしゃぐ声が聞こえ、振り返ると玄関前ではオルティスとオリガが一行を見送ってくれているのが見えた。
「あのはしゃぎようでは夕方まで持たないかな。大丈夫か? フロリエ」
心なしかフロリエの手が震えている。
「だ……大丈夫です」
「怖がらなくていい。私とグランシアードがついている」
エドワルドは左手を自分の体に回しているフロリエの
やがて、眼前に湖が広がり、その向こうに煙が立ち上っているのが見えた。近づいていくと、3頭の飛竜と、手を振っている数人の男女の姿がはっきり見えてきた。
「着地する」
ずっと握っていた手を握りなおすと、彼女は小さくうなずいた。エドワルドはふわりとグランシアードを着地させ、少し遅れてエアリアルも軽やかに降りてきた。
「おはようございます、殿下」
5人の男女が近づいてきて、上司であるエドワルドに挨拶する。真っ先に近寄ってきたアスターが騎乗用のベルトを外してフロリエが飛竜から降りるのを手助けしてくれる。
「ありがとうございます」
フロリエが礼を言うと、アスターは「どういたしまして」と短く答える。そこへエアリアルから降ろしてもらったコリンシアが駆け寄ってきた。
「アスター、おはよう!」
「おはようございます、コリンシア様」
アスターがいつものように元気な姫君を抱き上げると、彼女は彼の頬に軽くキスする。
「これは光栄です、お姫様」
そうおどけて答えると、コリンシアは声をたてて笑った。
その間にグランシアードとエアリアルの装具が外され、2頭は跳ねるようにして仲間の飛竜が
「フロリエ、彼は私の副官のアスターだ」
グランシアードの装具をルークに預け、エドワルドはフロリエに信頼する副官を紹介する。
「お元気になられた姿を見て安心致しました。第3騎士団、副団長を務めております、アスター・ディ・バルトサスと申します。以後、よろしくお願いします」
コリンシアを地面に降ろし、アスターは形通りに礼をする。
「お心遣いありがとうございます。今日はお手数をおかけしますが、よろしくお願いします」
フロリエは軽く膝を曲げて挨拶する。彼女の上品な物腰と挨拶に、アスターは少し戸惑うが、残りの団員の紹介を上司に変わって行う。
「殿下を団長とする第3騎士団の団員が本日は他に5人来ております。先ずは隊長格のリーガスとクレスト。後はジーン、キリアン、そして向こうで鍋をかき回しているのがゴルト」
フロリエには姿が見えないので、1人ずつ握手をして挨拶をする。フロリエにはそれだけで、彼らが上級の竜騎士だと感じ取ることができた。そんな彼らが仕事の手を休めて集まっていることに彼女は驚き、おまけになにやらいい匂いがすると思ったら、向こうで昼食の準備をしてくれているらしい。
「皆様はお仕事があったのでは?」
なんだか申し訳ない気がしてきて、傍らのエドワルドを振り仰ぐ。
「これも仕事の一環です。野外訓練と冬季に妖魔が出没した地域の見回りも兼ねています」
フロリエの懸念にアスターが答え、エドワルドは彼女の右手を取ると自分の左腕につかまらせる。
「向こうに天幕が張ってある。慣れない飛竜の背に乗られて疲れたのではないかな? 一息入れましょう」
「は、はい」
周囲の状況がわからず、フロリエは不安で仕方ない。だが、腕を差し出しているエドワルドを信じ、一緒に歩き始める。すると、左手をコリンシアが握ってきて、人が集まっている嬉しさをスキップで表現している。
エドワルドに案内された天幕には、少しでも居心地が良くなるようにと敷物の上にいくつもクッションが置いてあった。大人が座っても十分寛げる大きさのクッションにフロリエが座ると、すぐ隣にコリンシアがちょこんと座った。そんな2人にジーンが温かいお茶を用意してくれ、フロリエにはお茶の入った器に手を添えて持たせてくれる。
「お飲み物をどうぞ」
「ありがとうございます」
この季節はまだ、飛竜の背でうける風は冷たく感じる。こうした移動に慣れていないフロリエにとって、この温かい飲み物はとても嬉しかった。エドワルドは2人が寛いでいるのを見届けると、部下からの報告を受けるために少し席を外す。その間、第3騎士団紅一点のジーンが傍にいていろいろと世話を焼いてくれた。
お茶を飲み終える頃、コリンシアは大人しくしていることに飽きてしまったらしく、天幕の外に出て早咲きの草花を摘み始めた。鼻歌を歌いながらオリガから習った花冠を作り始めるが、なかなかうまくできない。それでも辛抱強く作り続け、不恰好ながらどうにか一つ完成させた。
「フロリエ、これあげる」
コリンシアは完成品を手に、天幕に戻ってくると、大好きなフロリエに花冠を進呈する。
「まあ、私がもらってもいいの?」
「うん」
「……いい匂い。嬉しいわ、コリン様、ありがとうございます」
フロリエは花の香りに目を細め、姫君をお礼代わりに抱きしめ、額に親愛のキスをする。コリンシアも嬉しそうに彼女の頬にキスを返す。こうしたやり取りを見ていると、2人はまるで母子か歳の離れた姉妹のようだ。ちょうど部下からの報告が済み、天幕にきたエドワルドはその光景に目を細める。
「コリン、私には無いのか?」
娘が自分よりもフロリエに懐いていることにちょっとだけ嫉妬し、エドワルドは大人気ないと思いながらつい意地悪く聞いてしまう。
「父様には大きいの作るの。だってここにはちょっとしかお花咲いてなかったんだもん」
フロリエに抱っこされていたコリンシアは、彼女の膝から降りると父親のもとに駆け寄る。エドワルドは駆け寄ってきた娘を片腕で抱き上げると、フロリエの向かいに置いてあるクッションに腰を下ろす。
「そうか。じゃあ、大きいのを作ってもらおうか」
「うん。グランシアードにかけれるくらい大きいの作る」
「それは大変だな」
「頑張る」
親子のやり取りをフロリエはにこにこして聞いている。ジーンは腰を下ろした上司にもお茶を用意し、フロリエにもおかわりを注いで再び器を握らせてくれる。
「フロリエ、馬の用意が整ったら、君を助けた場所に行ってみよう」
「は…はい」
コリンシアを膝に乗せたまま、エドワルドも優雅にお茶を口に運ぶ。今回の一番の目的を思い出し、フロリエは幾分硬い表情でうなずく。
「緊張しなくていい。気分転換だと思って気楽に行きましょう」
「はい」
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