第26話「戦いの結末」
『――――嫌だ、嫌だ、嫌だ――』
耳元からうわ言の様な言葉が聞えてくる。
少しずつ意識がはっきりしてくる。
身体に痛みが走り。それで、意識が完全に回復する。
重たい何かを押しのけ、エルバートは身体を起こす。
なだらかな平野が視界に映る。意識を失う前に見た戦場の光景だった。けれど、その光景は、意識が途切れる前――つい先ほど見た光景とは大きく異なっていた。
傷付いた飛竜の姿がいくつもあった。見慣れた飛竜の姿だ。皆、深手を負い、流れ出た血が地面を赤く染め上げていた。
『白雪竜騎士団』の竜騎士の姿も見える。各々傷を負い、動く者の姿はなかった。
ここにはもう、生者などはいない。そう思える光景だった。
影が刺し、大きな羽ばたきが聞こえる。ゆっくりと音がした頭上へと目を向ける。
赤い返り血を浴びた灰色の竜が、翼は羽ばたき滞空していた。
黄金色の瞳が、ギロリと見下ろしてくる。鋭く、恐怖を覚えさせられる目だ。
こいつが、この化物が、皆を殺したのだろうか?
怒りと、圧倒的な恐怖が沸いてくる。
竜騎士の攻撃をものともしない相手。そんなものにどう対処すればいいというのだろうか。答えなど、あるはずなかった。
灰色の竜が高度を落とし、エルバートの目の前に着地する。目と鼻の先ともいえる距離に降りてくる。
飛竜とそれほど変わらない大きさの身体。それなのに、その姿はもっと大きく、巨大なものに映った。
灰色の竜の腕がゆっくりと動く。鋭い爪を立て、振り上げる。止めを刺しに来ている。そう、理解できた。
「やめろ。ハルヴァラスト……」
音もなく、声も無い戦場で、その声ははっきりと響いた。
灰色の竜の腕がピタリと止まる。
「なぜ止める? こいつは貴様の敵ではないか?」
「もういい。勝敗は決した。だから、もう殺す必要はない」
ゆっくりと視線が動く。『勝敗は決した』その言葉を確かめるため、エルバートは視線を王国軍があった方へと向けた。
王国軍の本陣があった場所は、装備の殆ど放棄した状態で、兵達はバラバラに逃げは始めていた。
王国において圧倒的な力を持つ竜騎士。その竜騎士の中でも優秀な竜騎士を選りすぐって作られ『白雪竜騎士団』。その竜騎士団がたった一体の化物の前に全滅したのだ。それの光景を見せられ、その相手に挑むほどの勇気と力を王国軍は持ってはいない。撤退を余儀なくさせられるのは、当然の結果だった。
「俺がお前の言葉を聞くとでも? 言ったはずだぞ人間。俺は人間が嫌いだ。だから、殺せる人間は殺すと決めている」
再び灰色の竜の腕が動き出す。
「やめ――」
風を切る音共に、灰色の竜の腕が振り下された。
反逆の容疑がかけられたフィーヤ姫と、それの討伐に動いた王国軍の戦いは、圧倒的な力を持った竜――ハルヴァラストの介入によって、フィーヤ姫の勝利で終わった。
そのあまりにも強力すぎる竜の力の前に両軍とも言葉を無くし、勝利に歓声も無いまま、この戦い酷く静かに終わりを迎えたのだった。
* * *
リディアは急ぎ足で街中を駆け抜けていった。目指すは王都の城門。
つい先ほど、王都に反逆者討伐に動いた王国軍からの報告が届いた。結果は敗北。詳細は聞いていない。
初めにその報告を聞いた時、リディアは直ぐに信じられなかった。信じられず、より詳しくその事実を知る人物を探した。
戦場に立ち戦った竜騎士団『白雪竜騎士団』の竜騎士を探した。けれど、彼らの姿は、直ぐに見つかる事は無かった。
討伐に動いたのは、反逆者たちが居る地域の周辺に領地を持つ貴族の私兵が大半だ。敗北し、撤退したのなら、その大半は領地へ戻る。
白雪竜騎士団も同様に、戦闘が終われば自分たちが駐屯していた拠点へ戻るはずだろう。
白雪竜騎士団の拠点は、北方に位置し、今回討伐に動いた地域は、丁度王都へ挟んで南方に位置する。真っ直ぐ拠点へと戻るのなら、一度王都へ報告によると思えた。
王宮の彼方此方を探した。けれど、彼らの姿がなかった。その事に不安を覚え、焦りが生まれる。
王宮に居ないのならと今度は別の場所を探す。王宮にはたとえ竜騎士であったとしても、王の許可なしに騎竜と共に降り立つことは許されない。そのため、どこか別の場所に降り立ち、待機しているのではないかと考えた。
王都において、王宮以外で竜騎士団が集まれる場所。それは、竜騎学舎の敷地か、もしくは王都の城壁の外で待機しているかだろう。竜騎学舎の敷地へ降り立ったのなら、王都の上空を飛行する関係で、直ぐに分かる。けれど、そういった話を聞かない。そうなると、自然と答えは城壁の外という事になる。それを確認するため、リディアは急いで城壁の外へと向かった。
王都の中央を走る王通りを走り、人ごみを抜け城壁の城門へと急ぐ。高い石造りの城壁が見てくる。その向こうは見えない。焦りと不安が募っていく。
開いた城門の辺りで入場の審査を受けている者達の姿が見える。
急ぎ、リディアは城門を駆け抜けていく。後から静止を呼びかける衛兵の声が響くが、それを無視する。
入場審査のための馬車と人の列が城門の前を覆っていた。その間をリディアは駆け抜けていく。
城門を抜け、人だかりを抜けると広々とした外の景色が見えてきた。その向こうに――――竜騎士達の姿はなかった。
城壁の向こうには広々とした平野が広がっており、城門の前には入場審査を待つ人と馬車の列。そして、城壁の近くには、王都へ入れずその場でテントを張り過ごしている者達の姿があるだけだった。
目的の人の姿などは無かった。当てが外れたのだろうか? 竜騎士達は王都へ寄らなかったのだろうか?
「よう、嬢ちゃん。ちょっと俺の話を買わないか?」
城壁の外を眺め、呆然としているとそう声がかかった。目を向けるとみすぼらしい格好をした男が一人立っていた。
「話とはなんですか?」
返事を返すと男はニヤリと笑う。
「噂話だ。王国の竜騎士を倒した、
一瞬血の気が引くような感覚に襲われる。
「竜殺し……」
「ああ、たった一人の騎士が、王国の竜騎士を殺したんだとさ。興味あるだろ?」
「それは、本当なのか?」
男の肩を掴む。
「う、噂だって……実際に見たわけじゃねえ」
「いつ、どこで、誰が死んだ!?」
問いただす。自然と手に力が入り、痛みから男は苦悶の表情を浮かべる。
「リディアは、もう止めなさい。相手が痛がっている」
静止され、そのことに気付くと手を離す。離されると男は、すぐさまのその場から逃げるように立ち去って行った。
「話は聞いている。取り乱したくなる気持ちも理解できる。だが、人に迷惑をかけるのは良くない」
「すみません」
気が付くとリディアの傍にフレデリックが立っていた。王宮を飛び出していったリディアを追ってきたのだろう。
「竜殺し……本当に、竜騎士が負けたのですか?」
震える声で尋ねる。
「話を聞いていたのではなかったのか?」
「詳細はまだ……聞いていません」
「そうか……」
答えに迷い、フレデリックが視線を彷徨わせる。
「何が……あったのですか?」
「それは……」
問われ、迷った末、諦めたように一度息を付くとフレデリックは口を開いた。
「反逆者討伐に動いた王国軍は敗北した。……討伐に参加した竜騎士団――白雪竜騎士団は全滅したと聞いている」
「竜殺しが……殺したのですか?」
「それだけではないらしいが……たった一人の――黒い鎧を着た騎士が、竜騎士を打ち取ったと……聞いている」
ぐらりとリディアの身体がよろめく。それをとっさにフレデリックが支える。
「ショックなのは分かる。だが、これは現実だ。辛いかもしれないが、受け止めてくれ」
「……はい」
* * *
「負けた? 負けたとはどういう事だ!」
王宮の広々とした会議室。そこに、国王代行を務める第一王子クレアストの怒声が響いた。
「『白雪竜騎士団』まで出したんだぞ! それなのに、なぜ負けるというのだ!」
怒りに任せクレアストは握りしめた拳を机に叩き付ける。その音に慄き、報告を告げていた臣下が大きく身体を震わせる。
「し、しかし、事実です。事実、『白雪竜騎士団』は全滅し、討伐軍は敗走……いたしました……」
「ええ、そんな話。聞きたくはない。私は、反逆者どもを討伐しろと命じたのだ。失敗の報告など聞きたくはない。出来なかったのなら、直ちにやり直せ! 良いな!」
「し、しかし、そのような戦力、直ぐに召集するなど――」
「私はやれと言ったのだ! 反論などいらぬ!」
クレアストが喚き散らす。
そんなクレアストに手を焼き臣下たちが困り始めたところで、会議室の扉が叩かれ、返事を待たずに開かれた。
「誰だ! こんな時に!」
「随分荒れているようですね。兄上」
扉の向こうには一人の男が立っていた。第三王子ラヴェリア・ストレンジアスの姿がそこにあった。
「ラヴェリア……何の用だ。今は重要な話をしている」
「それは失礼。けれど、こちらも重要な要件みたいでね。急ぎ兄上に報告しなければと来たのだけれど、邪魔だったかな?」
「なんだ。その要件とは」
「北のアキュラスが、海を渡って南下してきたバリオスに落とされたみたいだよ。その報告だ」
「な……!」
ラヴェリアの報告を聞くと、クレアストは大きく驚き言葉を失う。
アキュラスとは、マイクリクス王国の北方に位置する巨大な港町で、王国においての貿易の要所の一つだ。
そしてバリオスとは、王国のさらに北方の海に浮かぶ群島を領土とする国の名だ。マイクリクスを含む北方地域の中で最も北方に位置する国とあって、冬は厳しく氷と雪に閉ざされるため、暖流のおかげで冬でも暖かいマイクリクスの国土を狙って度々諍いを起こしている。
今までずっとバリオスの負け続きであったために、大人しく衝突はなかったが、それが今になって攻めてきたのだ。
「北方地位の防衛の要は確か、『白雪竜騎士団』でしたよね。それをわざわざ王都にまで呼び戻し、少しの間とはいえ空きを作らせた。その結果がこれですか……」
「な、何が言いたい……」
「いえ。特には……ただ、王国国内でここのところ情勢不安が広がっています。やはり、国王という大役は、兄上には荷が重すぎるのではないかと思っただけです」
「貴様、私を侮辱するのか! いくら弟とはいえ、許さんぞ!」
「事実を告げただけで、これとは……器量が小さいですね。そんなんだから、国王は私か、姉上の方が良いと言われたりするのですよ」
「……なら、貴様ならこの状況をどうにかできたというのか!」
「ええ。出来ましたよ。見せてあげましょうか?」
「ほ、ほう。そこまで言うなら見せてもらおうか……その、貴様の手腕とやらを」
「いいでしょう。では、このバリオスとの件は私に任せてください。それで、その事を証明してあげましょう」
返事を返しラヴェリアは、まるであざ笑うかのような笑みを浮かべた。
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