第24話「閉ざされた扉」
音を立て、重たい扉が閉ざされる。アーネストは閉じられた冷たい扉の前に、立ち尽くした。
閉じられた扉に、アーネストは軽く拳を叩きつける。固く冷たい扉は、フィーヤが示した拒絶を、色濃く示しているようだった。
アーネストとフィーヤの間に特別な関係などは無い。今回フィーヤの傍に居たのは、フィーヤに気まぐれあっただけに過ぎない。状況が変わり、余裕がなくなれば、関わりが薄く信用できるか判らないアーネストと距離が取られるのは、当たり前と言えることだった。
ただ、下された判断に、状況的な理解が示せても、感情で納得することは出来なかった。短い間とはいえ、関わりを持った相手。その相手が危険にさらされて居るかもしれないのに、見て見ぬふりなど、できそうになかった。
『あなたには、あなたのやるべき仕事があったはずです。その仕事に戻ってください』
フィーヤの言葉が思い出される。
己の今の立場、交わした約束、そして、成さねばならないと思った事。それらが今のアーネストを縛り付け、感情の爆発を押さえつける。
握りしめ振り上げた拳を、下へとおろし大きく息を吐く。
未だ目の前の扉が開かれる事は無かった。
拒絶を示す扉に、少しの間未練の籠った視線を向けた後、諦めの気持ちと共にアーネストは踵を返し、その場を立ち去って行った。
昨日と同じ王宮内の景色。見る限り何一つ変化がないはずなのに、今のアーネストには少し違って見えた。
立場が変わったからだろうか? それとも、今まで知らなかった事を知ってしまったからだろうか?
物陰から視線を感じ、見える人影は何かを企てているように見えてしまう。そして、強い居心地の悪さを感じる。
歩む速度を上げ、その場から逃げるように立ち去る。向かう場所などは無い、ただ少し落ち着きたくて、人の視線を感じない場所に行きたかった。
「おい」
広く、迷いそうな王宮の中を歩き、しばらくすると唐突にそう声がかかった。
逃げるように歩いていただけに、呼び止められ、小さく身体を震わせ驚きを見せる。振り向き、相手を確認すると、そこには紅茶を入れる為の用具を手にしたアルミメイアが立っていた。
「お前……何やってるんだ?」
アーネストの反応に、呆れた様な声で尋ねてくる。
「悪い。少し考え事をしていて、周りが見えてなかったんだ。それで、ちょっと驚いた」
「まあ、良いけど……それより、フィーヤは一緒じゃないのか?」
辺りを見回し、フィーヤの姿が無い事を確認すると、アルミメイアが尋ねてくる。
「これ、持ってきてくれって頼まれたのに、戻ったら部屋には誰も居なかったぞ。どうなってるんだ?」
小さく怒りを露わにしてアルミメイアは告げる。
「ああ、その事か……」
アルミメイアの言葉を聞き、何があったかを話そうとして、言い留まる。そして、取り繕う事は無いと思い直し、続ける。
「さっき、暇をもらったよ」
「なんだ、暇って?」
「もう仕事はしなくて良いし、そばに控えていなくていいって事だ」
「は? 何だそれ」
「もう俺達は必要ないって事だよ」
「勝手すぎるな」
アーネストの返答に、アルミメイアは心底呆れた様な返事を返す。
「勝手にあれこれ言って、勝手に振り回して、こんどは必要なくなったらさようならか、なんだか怒る気にも成れないくらい呆れて来るな。王族っていうのは、皆、ああなのか?」
たまった鬱憤を吐き出すようにアルミメイアは一通りまき散らし、息を付く。アルミメイアの乱暴な物言いにアーネストは苦笑する。
「で、どうするんだ? フィーヤの傍に居れないなら、ここには居られないんだろ? 竜騎学舎へ帰るのか?」
「そうだな……」
尋ねられ、少し考える。
フィーヤの近衛騎士としての任が解かれれば、アーネストはただの竜騎学舎の講師でしかない。王宮に居場所などある訳がなく、早々に立ち去らねばいけない。
ここへ来た最初の目的である晩餐会の警護の応援に、今から戻れるか考えたが、主要な晩餐会の予定などは既に消化されており、手が余るように思えた。むしろ、今の状況の対応に追われ、手が回らないように思え、そこへ入り込むのは逆に迷惑になるとさえ思えた。
普通に考えれば、竜騎学舎へ戻り、今までの生活に戻る事ほうが良いだろう。けれど、フィーヤの事があっただけに、どうしてもその判断を直ぐには下せなかった。
「おーい。どうするんだ?」
返事が無いので、アルミメイアが尋ね直してくる。
しばらく考え、そして諦める。
「悪い。急すぎて何も考え付かない……」
「確りしてくれ……私はここでの生活とか知らないんだぞ……」
アーネストの返事にアルミメイアは盛大な溜め息を付く。
「俺だってここでの身の振り方なんて知らないよ」
「じゃあ、どうするんだよ」
「だから……まあ……とりあえず、帰る準備をするかな。居座るわけにもいかないし」
躊躇い、結局帰るという判断を下す。
アーネストにはもう、ここへ居られる理由はなく、逆に立ち入りが許されない人間となったのだから……。改めて、そう言い聞かせる。
「どちらへ行かれるのですか?」
半ば考える事をやめ、歩き始めたアーネストは、その声によって直ぐに足を止めさせられた。
聞きなれた声であり、同時に違和感を覚える聞きなれない声。
声がした方へ目を向ける、フィーヤとよく似た容姿を持つフェミルが、笑顔を浮かべ立っていた。
「何か御用ですか?」
フェミルの姿を認めると、アーネストは立ち止まり、姿勢を正すと一礼をする。
「見知った相手を見かけたのに、声をかけてはいけませんか?」
フェミルは片目を閉じ、可愛らしく返事を返してくる。
「いえ、そのような事はありませんが……すみません。私は、田舎貴族ゆえに、フェミル様等の様な方に声をかけられるのに慣れていないもので……つい」
「あらあら、御姉様の傍に控えていながら、それではいけませんよ」
「そう、ですね。以後、気を付けます」
「よろしい。それで、今は御姉様とご一緒ではないのですか?」
アーネストの返答を聞くと、フェミルは満足そうにうなずく。そして、先ほどのアルミメイアと同様に辺りを見回し、フィーヤの姿を確認する。
「今は一緒ではありません。フィーヤ様に御用でしたか?」
「いえ。御姉様に用があったわけではなく、あなたに用があったのですけれど……これは、丁度よさそうですね。アーネスト、今、お暇ですか?」
嬉しそうに笑い、尋ねてくる。それに、アーネストは一度、隣に立つアルミメイアに目を向け、どうするか問いかける。アルミメイアはそれに「勝手にしろ」という様な視線を返す。
「かまいませんけど、一体どの様な要件ですか?」
「簡単な事ですよ。また、お話がしたいと思いました。お話、しませんか?」
フェミルは、また可愛らしく笑い、そう告げた。
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