第10話「姫の罠」
御前試合まで時間が有り、その間の時間をフィーヤは闘技場に集まった竜騎士達を眺めて過ごした。飛竜が好きだと公言するように、本当に飛竜が好きらしく、闘技場の辺りを飛び回る飛竜達に目を向け続けていた。
御付の騎士であるアーネストとレリアは、そんなフィーヤの傍に静かに控え、やる事が無く暇そうなアルミメイアは、相変わらず後をついて来ていた幼竜を、片足で軽く突きながら遊びその相手をしていた。
そんな風にしながら、アーネスト達は暫くの間の時間を過ごした。
その間アーネストの視線は、どうしても黒竜――ヴィルーフとその騎手リディアへと引き寄せられてしまった。
先日の林間学習の夜の事。近隣の村が飛竜に襲われた事件が有った夜。その現場から少し離れた場所で目にした、悪竜達の躯の上に立つリディアとヴィルーフの姿。その場所で、詳しく何が有ったのかは判らない。けれど、何か良くない事が有ったと思わせる光景。それを目にした後、リディアは直ぐに気絶し、アーネストはリディアを担いで宿舎まで帰る事となった。
その後、リディアは少しだけ体調を崩し寝込んだものの、直ぐに体調を回復させ授業に復帰していった。それまであった、どこか騎竜から距離を置くような態度は無くなり、騎竜を使った授業には積極的に参加するようになっていた。それは、順調な回復と言えるものだった。
今も、騎竜に騎乗しながら動きを確認したり、他の代表者である学舎の先輩などに助言もらったりしながら、準備を整えている。その姿にどこかおかしなところは見受けられない。けれど、あの夜の景色を目にしたアーネストには、そんなリディアの姿にどこか影を感じてしまった。それが気になり、どうしてもリディアから目を離す事ができなかった。
「やはり、飛竜の姿は目で追ってしまいますか?」
暫くの間、ヴィルーフの姿を目で追っていた事を見て取ったのか、フィーヤが嬉しそうに尋ねてくる。
「それは、まぁ、元竜騎士ですから、優秀そうな騎竜を見ると、どうしても気になってしまいますね」
フィーヤの問いに、アーネストはあれこれと説明するのを躊躇い、はぐらかす様に答えを返す。
「竜騎士として、再び飛竜に乗って飛びたいと思いますか?」
「叶うなら、そうしたいと思わなくはないですね」
「そうですか。でしたらもう一度、竜騎士として御前試合に参加してみませんか?」
「は?」
フィーヤの言葉にアーネストは言葉を詰まらせてしまう。
「御前試合、出てみませんか?」
言葉を返せないアーネストにフィーヤは改めて問い返してくる。
「出てみませんか。と言われましても……そう簡単に出られはしませんよ……」
アーネストは返答を返す。
御前試合は、昨日有った騎士たちの武闘会とは異なり、正式な運営機関が存在する催しで、参加者間も特定の団体の代表者だ。気軽に「参加したい」で参加できるような催しではない。
「参加枠でしたら、私の権限でどうにかしてみせます。ですから、出てみませんか?」
「そうは言われましても、私には騎竜がいません。参加は無理です」
「騎竜でしたら、借りればよろしいのでは? まだ時間が有りますし、竜騎学舎の竜舎から借りる事もできそうですよ」
「借りるって、そう簡単に行きませんよ。ただ近付くわけでは無く、乗りこなすのですから。飛竜がそう簡単に懐かない事は、知っていますよね?」
「あなたなら出来ると思いますよ」
ニッコリと笑顔を浮かべて、謎の根拠を投げかけてくる。それに、アーネストはため息を零す。
「私でも、無理なものは無理です」
それに、アーネストはきっぱりと切り捨てる。フィーヤはその言葉に落胆し、不満そうに頬を膨らませる。
「では、聞き方を変えましょう。あなたは、再び飛竜と飛びたいですか? 飛びたくないですか?」
気持ちを切り替えたのか、真面目な表情に切り替えフィーヤが尋ねてくる。
「それは……できれば――」
「はっきりと答えてください」
強く念を押してくる。それにアーネストは一度口を閉ざす。
話の流れから少しずれる言葉に、意図が少しだけ読み取れなかった。けれど、フィーヤの言葉は、強くアーネストの真意を確認しているようだった。
アーネストは息を吐く。
「飛びたい。ですね」
3ヶ月ほど前だった、決して言葉にしなかったであろう言葉。それをアーネストは返した。
嘘偽りのない言葉。それに、満足したのかフィーヤはニッコリと笑う。
「でしたら、参加。で、よろしいですね。その気持ちが有るのでしたら、あなたは出来るはずです」
フィーヤは、そう嬉しそうに告げた。
「え……」
再びアーネストは言葉を詰まらせる。
「では、話を付けてきますので、あなたは準備をしておいてください。レリア、行きますよ」
返事を返さないアーネストの返事を待たず、フィーヤは立ち上がり、レリアを連れてその場を後にして行った。フィーヤの後へ続くレリアは、フィーヤを止めるでもなく、フィーヤをがっかりさせるなよとでも言うかのように、鋭い視線を残しいった。
フィーヤが経ち去って行った後には、反応に困るアーネストと、話を聞いていなかったアルミメイアが残された。
アーネストは再び大きくため息を付く。
「何が有ったんだ?」
溜め息を付くアーネストといつの間にか居なくなっていたフィーヤに気付いたアルミメイアが尋ねてくる。
「ああ、えっと。御前試合に出ろって言われた」
「お前、騎竜とかいないんじゃなかったか?」
「騎竜は、竜舎から借りるなりして何とかしろって言われた……」
借りると言っても、どう考えてもうまくいかないであろう事を想像して、アーネストは再度溜め息を付く。背に乗る事くらいなら、どうにかなるかもしれないが、一騎打ちなどの試合に出るレベルの操作を出来る様に乗りこなすとなると、しばらく訓練が必要になってくる。直ぐにできるような事じゃない。
「で、どうするんだ? 騎竜、借りに行くのか?」
「あのフィーヤ様を止められる気がしない……借りに行くしかないだろうな」
「なあ、アーネスト。騎竜、私じゃダメか?」
空を飛ぶ飛竜達に目を向けた後、アルミメイアが視線を寄越しそう問いかけてくる。
アーネストはその事を一度考え、直ぐに首を振って答えを返した。
「騎竜は飛竜じゃなきゃダメだ」
アルミメイアが騎竜をやってくれるなら、確かにありがたい。けれど、大衆の前にその姿をさらした時の混乱を想像すると、許可は出来ない。そもそも、竜騎士同士の一騎打ちは、あくまで竜騎士と竜騎士の戦いで、騎竜による攻撃は禁止され、ランスを使わなければならない。通常の飛竜の数倍の大きさを持つアルミメイアの巨体に騎乗しては、ランスをまともに扱う事は出来ないだろう。
「飛竜なら問題ないんだよな」
「そうだな。だから探しに行かないと」
「なら、問題なさそうだ」
アーネストの答えに、アルミメイアは小さく笑った。
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