第9話「御前試合」
王宮での生活も数日が経ち、ここでの生活もある程度慣れ始めた頃、数日前から始まった生活通りに、起床し支度を整え宮廷服に身を包んだ時だった。
『グオオオォォ!』
重々しい咆哮が王宮全体に響き渡る。それも、一つではなく複数の咆哮が響いた。
何事かと思い、アーネストは部屋の窓から外を眺める。
王宮の上空に複数の飛竜の影が掠め飛ぶ。それで、アーネストはそれがどういう事なのかと理解する。
今日は、王宮での催しの一つ、竜騎士達による御前試合が執り行われる日だった。そのため、多くの竜騎士達が自身の騎竜を連れ、王宮へと赴き、試合の前の準備運動がてら飛び回っているのだ。
竜騎士達の御前試合。その日程を思いだしアーネストは少しだけ緊張を強める。
御前試合には基本的に各竜騎士団から代表者数名が参加するが、それ以外にも竜騎学舎からも代表者が参加する。剣術講師であり、関係性は薄いものの自身の教え子が参加するものとなると、どうしてか自然と力が入ってしまった。
(見かけたら軽く声でもかけてやるか)
気持ちを落ち着けつつ、そんな事を考えながらアーネストは支度を整え、仕える人の元へと向かった。
「おはようございます」
仕える主であるフィーヤが待つ、王宮を囲う庭園の一角、とりわけ大きなスペースを有する闘技場の様な場所へ赴くと、すでにフィーヤはアルミメイアとレリアを連れて到着しており、ニコニコとした笑顔で迎えてくれた。余裕をもって向かったつもりであったが、相手はそれ以上に早く来ていたようだった。
「おはようございます。随分と早いのですね」
「今日は特別な日ですから、少し早く目が覚めてしまったのです」
嬉しそうな声で答えを返し、フィーヤは空を舞う騎竜達へと目を向けた。空では、未だに複数の騎竜が空を舞っていた。
「何がそんなに良いんだか……」
嬉しそうに空を眺めるフィーヤとは対照的に、彼女の少し後ろで控えていたアルミメイアが欠伸を噛み殺しながら、不機嫌そうに零す。
「私の前では構いませんが、人の目が有る時は控えてくださいね」
欠伸で大きく口を上げたアルミメイアに、フィーヤはそう窘める。それにアルミメイアは恨みがましそうな視線を返す。
「随分と眠そうだな」
今まで過ごしてきて、余り見た事の無い眠そうなアルミメイアを目にして疑問に思い、尋ねる。
「ごめんなさいね。ここ数日無理をさせてしまったみたいで、眠る時間を取らせてあげられて無かったみたいです」
眠そうに再び欠伸を噛み殺すアルミメイアの代わり、フィーヤがそう説明と謝罪を返す。
「大丈夫か?」
見た目通り幼いと言うアルミメイアの事が少し心配になり尋ねる。
「ただちょっと疲労が溜まっただけだ、問題ない」
欠伸を噛み殺し、そう答えると、アルミメイアは目を閉じ、軽く深呼吸すると共に身体を伸ばすと、目をパチリと開き「これで良し」と息を付いた。
そんな気丈に振る舞っている様に見せるアルミメイアを見て、フィーヤは済まなそうに肩を竦めて見せた。
「それでは、少し早いですが、行きましょうか」
アーネスト、アルミメイア、レリアと全員が揃った事を確認すると、フィーヤは全員を促し、闘技場の王侯貴族の為に備えられた席へと移動していった。
開始までまだ時間が有るためか、フィーヤが向かった席の傍には誰もおらず、静かだった。
闘技場の中央と、それから上空と準備のため身体を動かしたり、飛行したりしている竜騎士と達以外ほとんど人のいない闘技場。その闘技場で一番見通しの良い席にフィーヤは座ると、口を開いた。
「アーネスト。あなたは竜騎士なのですから、他の竜騎士の事は良く知っていますよね?」
空を飛ぶ竜騎士達に目を向けながらフィーヤが尋ねてくる。
「交流がそこまであるわけでは無いですが、多少は知っていますね」
「では、今回の御前試合。誰が勝ち上がると思いますか?」
フィーヤは視線を、空を飛ぶ竜騎士からアーネストへと移す。
尋ねられ、アーネストは軽く記憶を探り、それらしい答えを探す。
「フレデリック・セルウィン。やはり、彼じゃないですか?」
そして、アーネストが答えた名は、酷くありきたりな答えだった。
フレデリック・セルウィン。当代最強と謳われる竜騎士。竜騎士同士による一騎打ちの試合で負け知らずの男。アーネストの一つ年上で、竜騎学舎も二年共に過ごした相手であり、アーネストの良く知る竜騎士の一人。アーネストが知る限りで、彼に勝る技量を持つ竜騎士を知らない。
「面白くない答えですね」
出場すればそれだけで優勝が約束されたような人物の名に、フィーヤは不満そうな表情を浮かべる。
「けれど、残念ですが、彼は今回の御前試合には参加しませんよ」
「え?」
フィーヤの不満そうな言葉の後に続けられた言葉に、アーネストは驚き、思わず聞き返してしまう。
「あら、意外でしたか?」
「はい。私が知る限り、彼は負けず嫌いで、こういった催しには必ず参加していたと記憶していますが……何か有ったのですか?」
「あら、その評価は意外でしたね……ですが、彼は三年前からこういった催しには参加していませんよ。知りませんでしたか?」
「はい……」
「それで、セルウィン抜きでは、誰が勝ち上がると思いますか?」
フィーヤは改めて尋ねてくる。
「そうですね……」
それに、アーネストは考え込み、誰が参加しているのか、知っている参加者はいるのかと視線をさ迷わせ、すでに闘技場へ来ている竜騎士達へと目を向ける。
一つの影が視界を掠めた。周りを飛ぶ飛竜達とは異なり、鮮やかで深みのある漆黒の鱗に覆われた飛竜。そんな美し姿を台無しにするかのような痛々しく大きな傷跡持った飛竜――ヴィルーフの姿だった。
その目立つ姿に、見慣れた姿と相まって、アーネストの視線は、自然とその姿を追ってしまった。
「
アーネストの自然を辿ったのか、黒い飛竜の姿を目にしたフィーヤ尋ねてくる。
「はい。リディア・アルフォード、竜騎学舎の生徒です」
「生徒代表ですか……アルフォード……あれ? 彼女はまだ一年次ではありませんでしたか?」
名前を聞き、それが誰であるか思い当ったフィーヤは、そこから生まれた疑問を問い返してくる。
「そうですね。けれど、彼女は優秀ですから……学舎の代表に選ばれるのも頷けます」
竜騎学舎からの代表は、能力に対する評価の高い者が選ばれる。そのため、基本的に能力の高い三年次の生徒が選ばれるが、稀に三年次の生徒を抑えて、二年次、一年次の生徒が選ばれる事が有る。アーネストも、それにより二年次の頃から御前試合の代表に選ばれていた。
最初、この場でリディアのヴィルーフの姿を見た時は驚いたものの、彼女の能力を考えればうなずけるものだった。
「優秀」。リディアは確かにそう評価できるだけの能力を持っていると思えた。けれど、先日の、あの夜の光景が頭を掠め、どうしてもそう評価することに、アーネストは違和感と後ろめたさを覚えてしまった。
「どうかなさいましたか?」
そんな、微かな心のうちを読みとったのか、フィーヤが尋ねてくる。
「いえ、たいした事は有りません。彼女は優秀な生徒です。もしかしたら、現役の竜騎士達を押しのけ、勝ちあがるかもしれませんね」
視線をヴィルーフから外し、フィーヤへと向ける。そして、不安にも似た思いをはぐらかす様にそう告げた。
「そうですか、それは大いに楽しみですね」
アーネストの言葉に、フィーヤは嬉しそうな声を返し、空を飛ぶヴィルーフへと目を向けた。
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