第4話「神聖なる場所」

 二日後の昼下がり、アーネストは普段とは異なり宮廷服と呼ばれる、王宮になどに赴く際に着る礼服に身を包み、マイクリクス王国王宮ハーティス宮殿の門の前に立っていた。


 1000年の歴史を刻むハーティス宮殿。国土と比べあまりにも大きなその宮殿は、それを初めて見にする他国の使者などが、門の前で必ず足を止め見上げると言われ、アーネストもそれに倣うかのように、足を止め見上げていた。


 アーネストが宮殿を間近で目にするのは二度目となる。それでも、その大きさと、1000年の時を積み重ねてきたと思われるその様相からくる威圧さは、どうしても足を止めさせるものに思えた。


「結構大きいんだな」


 アーネストとはまるで対照的な淡泊な声で、横に並び同様に宮殿を見上げていたアルミメイアがそう感想を漏らした。


 目の前に見える巨大な宮殿からくる重々しさと、荘厳さがアーネストの立ち入りを拒むかのように、緊張を掻き立てる。


「中、入らないのか?」


 しばらく門の前で立ち尽くしていたアーネストに、アルミメイアが尋ねてくる。


「お前、これから立ち入る場所がどういった場所か、分かっているのか?」


「大貴族とか呼ばれる人たちが住む場所だろ? 違うのか?」


 アーネストとは対照的に、緊張など一切感じないかのような表情をアルミメイアは浮かべ首を傾げた。


「いや、その認識で間違ってないよ……」


 アルミメイアは今まで、階級なんかが存在しない環境で育ってきたのだろう、それだけに上位階級の人が住む場所へ立ち入る事の意味や、そこからくる緊張という感覚が分からないのだろう。今、緊張でうまく身体が動きそうにないアーネストにとっては、それは少しだけ羨ましく思えた。


 一度大きく深呼吸をする。それで、どうにか身体を解す。


「それじゃあ、行くか」


 そして、軽く覚悟を決めると共に、そう告げアーネストは一歩踏み出した。


「クルルルゥ」「にゃ~」


 アーネストの言葉に、二つの声が返事を返した。


 王宮と言う場所からはあまりにも遠い二つの鳴き声。それが、アーネストのすぐ横、アルミメイアが立つ場所から響いて来ていた。


「おい」


 アーネストはすぐさま足を止め、アルミメイアの方へと目を向ける。アルミメイアの足元に幼竜と黒猫が一匹ずつ座っており、こちらを見返してきていた。声をかけられたアルミメイアは、言葉の意図が分からないのか、首を傾げる。


「なんで……そいつらが居るんだ?」


 幼竜と黒猫を指して、尋ねる。


「知らん。勝手に付いて来た。こいつらが居ちゃまずいのか?」


 アルミメイアの返答にアーネストは困ったような表情を浮かべる。


 正直な話、アーネストは王宮での所作に付いて詳しくは知らない。そのため、王宮にペットなどを連れて入って良いものなのかどうかわからなかった。王族や大貴族で、猫などを飼っている者がいると聞くが、それ連れて王宮へ赴いたという話はほとんど聞かない。それだけに、どうしていいか判断できなかった。


 幼竜に付いては、そもそも竜族であり、国の象徴であるため、その意思は尊重される。けれど、基本的に王都に居る飛竜はそのすべてが調教されており、竜舎などに居る、王宮の中へ踏み入る事などはまずない。それだけに、幼竜が王宮へ立ち入った際に、どういう対応がとられるか判らなかった。


 アーネストは少し考える。


 昨日一日通してみた限り、この幼竜と黒猫はそう簡単にアルミメイアから離れてはくれないだろう。どちらも、縄か何かで縛り付けでもしない限り、どう指示を出したとしても、自分の足で勝手について来てしまうのが容易に想像できてしまう。小さな動物たちを、縄で括り付けるなど想像するだけで心が痛かった。


 アーネストはため息を一つ付く。


 王宮の中へ入るとはいえ、向かう先は貴族たちが居る会議室や、ホールでは無い。衛兵たちが詰める兵舎だ。貴族たちと接するわけでないのなら、多少の粗相は許されるだろう。そう結論付ける。


「とりあえず、そいつらを連れていくなら、勝手に歩き回らないように見張っていろよ」


 アーネストはアルミメイアに、そう言いつけ、再び前へと向き直り、再度王宮へと向けて歩き出した。



 門を抜け、宮殿を囲う広々とした庭園を抜け、宮殿の中へと踏み込む。宮殿の中は、大きな窓から差し込む明かりで照らされ非常に明るく、古びた石造りの室内を彩るように、様々な装飾品とカーペンとが敷かれ、落ち着いた雰囲気と豪華さを演出していた。入り口から入って直ぐに壁には翼を広げた竜をかたどった紋章が刻まれており、入城者を迎えていた。


 外見と違わず広々とした室内。そして、それを利用して作られた緻密で、躍動的な室内の彫刻、それらを密かに彩るように並べられた装飾品。美しく荘厳な室内に、アーネストはまた足を止めさせられてしまう。


「どうした? 先へ行かないのか?」


 足を止め、魅入ってしまったアーネストに、アルミメイアがそう声をかける。その声で、アーネストは我へと返る。


「あ、ああ、悪い」


「確りしてくれ」


 そうアルミメイアに溜め息を付かれる。その言葉に、アーネストは少しだけ不満の表情を浮かべるが、はたから見れば貴族でもなければ王宮での所作を全く知らないアルミメイアより、今のアーネストの方が浮いた存在に見えてしまいそうなだけに、反論は口にできなかった。


「えっと……」


 頭の中に簡単な王宮の地図を浮かべ、向かうべき先を探す。兵舎はさほど迷う様な場所に有るわけでは無い、けれど、広い上に成れない場所とあって、道を見つけるのに少しだけ時間がかかってしまう。


「こっちだ」


 道を指示し、そこへ向かう様にアルミメイアに声をかける。そこで、アーネストは気付く。


 先ほどまですぐ隣に居たはずのアルミメイアが、何処にもいなくなっていた。


「あいつ」


 小さくいら立ちの声を上げ、アーネストはすぐさまアルミメイアを探す。


 彼女の姿は、直ぐに見つけることができた。


 アルミメイアは、入り口から入って正面の通路を進んだ先、薄暗い、広々とした部屋の中央に佇んでいた。


 アーネストはアルミメイアの姿を見つけると、慌てて後を追う。


「おい……」


 アルミメイアが立つ場所まで近寄り、アーネストは咎めるような言葉を口にしようとする。けれど、その言葉は、アルミメイアが目を向ける先のもの――彼女が立つ部屋の全容を目にし、閉ざされてしまった。


 そこは、神殿の様な場所だった。


 外と繋がる窓は無く。薄暗い室内は、魔法による微かな燐光で照らされ、辛うじて見ることができた。部屋の壁には緻密な、竜達を象ったと思われる彫刻が施され、部屋全体の材質は、王宮の材質と異なっているかのような、まるでつい最近作られたかのように一切の崩れも見せず、綺麗な玉髄の石材で作られていた。


 そして、部屋の最奥、祭壇と思われる場所の上には、虹色を思わせる鉱石で作られた、太陽を象ったものか、それとも月を象ったものか、丸い球の彫刻と、天使の翼を思わせる翼を広げた竜の彫刻が刻まれていた。


 細部の作りなど、多く異なる場所が見受けられる。けれど、この部屋の作りと景色には酷く既視感が有った。


 灰色の竜――ハルヴァラストが眠っていたあの部屋に、酷く似ている様に思えた。


「ここは……何の部屋だ?」


 外界と閉ざされたかのような静かな部屋。その部屋の空気は、外の元とは大きく異なっている様に思えた。


 アーネストが知る限り、王宮に神を祀る講堂は他に有る。このような部屋に付いての話を、今まで聞いたことがなかった。それだけに、この部屋が何のためある部屋なのか、判断が付かなかった。


「スフィリス=アメリシア。原初の竜、始祖竜だ……」


 アーネストが漏らした言葉に、アルミメイアが答える。


 静寂に包まれた部屋。アーネストとアルミメイアの呟きは、大きく響き、部屋全体に響き渡った。



「随分と珍しい名前を知っているのですね」


 静かに響いたアルミメイアの声。それに、何処からか答えが返ってきた。


 アーネスト達が通ってきた扉ではない部屋の奥の扉。そこから二人の女性がゆっくりと部屋の中へ、歩いて来ていた。


 一人は美しい黄金色の髪を流し、白を基調としたドレスに身を包んだ女性。もう一人は、前を歩く女性の一歩後ろに控えるようにして歩き、赤茶色の髪を肩のあたり切りそろえ、腰には長剣を刺しアーネストと同様の騎士の階級を示す宮廷服に身を包んだ女性。


「このようなところで合えるとは思っていませんでした。お久しぶりですね。竜騎士ドラゴン・ナイトアーネスト・オーウェル」


 白いドレスに身を包んだ女性――マイクリクス王国第二王女フィーヤ・ストレンジアスは、アーネストとアルミメイアの直ぐ傍まで歩み寄ると、軽く跪く様に姿勢を低くし両手で長いスカートの裾をつまみ上げ、深く礼すると、柔らかい笑みを浮かべた。

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