ミッション23—3 約束を果たすため

 港に到着すると、そこにはヴェノムを使って遊ぶラムダ、ティニー、サダイジンの3人がいた。

 タイヤのスキール音とエンジンの唸り声が、暗くなる空に響き渡る。

 今のラムダたちは、まるで田舎のレディース暴走族のようだ。


 そんな彼女らではあるが、到着が遅れたファルとヤサカに対し、文句は言わなかった。

 彼女らはいつもの調子でボートを用意し、ファルたちはいつもの調子で護衛艦『あかぎ』に帰ったのである。


 夕食の時間であり、同時に渋丘でのクエスト結果を田口に報告しなければならない。

 ファルたちは護衛艦『あかぎ』に帰るなり、すぐさま食堂へと向かう。


「ただいまです」


 食堂に入るなり、テキトーな挨拶を口にしたファル。

 すると食堂にいたミードンとシャムが、表情をパッと明るくして言った。


「にゃ! 神様たちファルたちが帰ってきたのだ! ご飯の時間なのだ!」


「わたくし、お腹がペコペコですわ!」


 食欲に忠実な少女とネコ型ロボット。

 だが、すぐにご飯というわけにはいかない。

 レイヴンとコトミは、シャムとミードンに言って聞かせる。


「待て待てお子様たち。飯はもう少しだけお預けだぜ」


「シャムちゃん、ミードン、ごめんなさいね。田口さんとのお話が終わったら、すぐにご飯にしてあげるわ」


「むう……分かりましたわ」


「未来の英雄ミードン、魔王討伐のためご飯は我慢するのだ……」


 分かりやすく肩を落としたシャムとミードンだが、の言うことには逆らえない。

 シャムはテーブルに突っ伏せ、時間の経過を待った。


 一方でミードンは、壁に向かって腰を下ろす。

 そしてプロジェクターモードを起動し、映像を壁に映し出した。

 映像に映るのは、田口と沙織である。


《お兄! 遅かったではないか! この妹、少し待ちくたびれたぞ!》


「ああ、悪かった。いろいろ、あってな」


 そう言って、ファルはヤサカと顔を合わせる。

 2人の間を繋ぐ絆は、もはや友達関係を超えたものだ。


《ほお……それはそれは興味深いな……》


「……! 強い霊力、感じる」


「あわわ! 大変です! 修羅場の気配です!」


「沙織、お前の視線から殺気を感じるのは……なぜだ?」


《気にするでない。お兄はこの妹のものだからな》


 どうやら沙織は、ヤサカに対しライバル心を抱いてしまったらしい。

 これにはヤサカも困惑である。

 面倒なので、ファルもヤサカも沙織の言う通り、彼女の殺気を気にしないことにした。


 さて、沙織との会話もここまで。

 ファルたちは本題に入るため、田口に話しかけた。


「田口さん、念のため聞きます。今日は何人のプレイヤーが解放されましたか?」


《260人です》

  

「クエスト参加者全員が解放された、ってことですか?」


《はい、その通りです。三倉ファルさん、さすがのご活躍です》


 短くもはっきりとした田口の答えに、ファルたちの頬が緩む。

 ああああもあああいも、ヨツバもヒヨコも、秋川も、みんな無事にログアウトしたのだ。

 これを喜ばずして、どうしろというのか。


 ただし、田口は真面目な男だ。

 彼は現状を喜ぶだけでなく、大きな問題が残っていることにも言及した。


《それにしても、佐山レオパルトさんはなおも目覚めません。意識の一部がNPCに乗り移るなんて、前代未聞の出来事です。解決法は、未だ発見されていない》


「解決法はあるんだぞ」


《……え?》


 面食らったような表情をして、ぽかんとする田口。

 そういえば、ファルたちは昏睡状態のプレイヤーを目覚めさせる方法を、田口に教えていなかった。

 魔導師姿のサダイジンは魔法の杖(っぽい杖)を握り、よどみない説明をはじめる。


「現実世界では死んでるはずなのに、意識だけがNPCに乗り移ったプレイヤーのことは、知っているんだぞ?」


成瀬なるせ――ディーラー、ですね》


「そうだぞ。そのディーラーが言っていたんだぞ。プレイヤーの意識が乗り移ったNPCを殺してしまえば、昏睡状態のプレイヤーは目覚めるんだぞ。詳しい仕組みはまだ分からないけど、方法は単純だったんだぞ」


《なるほど。では、佐山レオパルトさんの意識の一部が乗り移ったNPCがどこにいるのかは、判明しているのでしょうか?》


 当然の質問。

 こちらにはファルが答えた。


「はい、分かっています」


《でしたら、あとはそのNPCを倒せば――》


「そこが問題なんですよ。実はレオパルトの意識の一部が乗り移ったNPC、倒すのだけで一苦労する相手でして……」


《簡単に佐山レオパルトさんを救うことはできない、ということですか。現実世界にいる私たちでは、お力になれませんね。申し訳ない》


 救出方法は分かっても、それを実現するのが難しい。

 ファルたちを手伝えないことに、田口は悔しさをにじませた。

 

 ところが田口の隣にいる沙織の表情は、田口とは対照的だ。

 彼女は腕を組み、凄まじい上から目線でファルに語りかける。


《フン! だがお兄とその取り巻きは本気だ。お兄たちならば、必ず友を救い出す。そうであろう?》 

 

「さすが俺の妹、よく分かってるな」


「沙織さんの言う通りです。田口さん、ファルくんなら必ず、レオパルトくんを救い出してくれます。だから、田口さんが気を落とす必要はありません」


「レオパルトの解呪、トウヤが適任」


「ファルさんがバーっとやってドーンとやれば、レオパルトさんを助けられます!」


《だそうだぞ。若き内閣府職員よ、この妹のお兄とその取り巻き、信じてやってくれ》


《分かりました。今までも、三倉ファルさんやヤサカさんたちを信じて、ここまで来たんです。これからも、皆さんを信じますよ》


 可笑しそうに笑ってそう言う田口。

 少女たちのファルに対する信頼と、今までの救出作戦を見れば、田口の答えはそれ以外になかった。

 

 ファルは少しばかりこそばゆい気分である。

 ここまで仲間たちに頼られてしまうと、嬉しさよりも照れが前に出てきてしまうのだ。

 だが、レオパルトを救い出す自信はある。


 レオパルト救出という難題は、ファルへの信頼という形で話がまとまった。

 最後に田口は、終わりが見えてきた救出作戦の今後を口にする。


《残るプレイヤーはわずか65人。しかも全員が、サルベーションメンバーかレジスタンスメンバー、そしてその関係者。佐山レオパルトさんを含めれば66人ですが、もう間も無くプレイヤー救出作戦は終了します》


 感慨深そうに語る田口の肩から、少しずつ力が抜けていく。

 しかしファルは、そんな田口の言葉を訂正した。


「いいえ、ゲーム内に残ったプレイヤーは68人です」


 突然の言葉に首をかしげる田口やヤサカたち。

 一方でレイヴンはファルの真意を汲み取ったか、ヘッヘッヘと笑っている。

 ファルは言葉を続けた。


「ゲーム製作者の瀬良カミとスレイブが、まだ残っています。すべてのプレイヤーを解放するなら、彼らもログアウトさせないと」

 

 事件の犯人であり、第2の現実とやらのカミを自称する製作者たち。

 彼らも立派なプレイヤーなのだ。

 ヤサカとの約束を守るためには、彼らもログアウトさせる必要があるのだ。


 どこまでも約束を守ろうとするファルを、ヤサカは微笑み見つめる。

 同時に、サダイジンが苦笑いを浮かべた。


「だぞ……出来の悪い上司たちが迷惑かけたんだぞ……。お兄さん、瀬良カミ兄と斎藤スレイブにお灸を据えてほしいんだぞ」


「とっておきのお灸を据えてやる。なあ、ティニーとラムダ」


「エヘヘ、SMARLスマールが火を吹く」


「わたしが戦車でカミを撃ち抜いてやります! APFSDS弾、避けられると思うなです!」


「おお……怖いんだぞ……」


 頬を歪ませニタニタと笑うティニーとラムダに、サダイジンは数歩後ずさり。

 そんな光景を見て、沙織が仁王立ちし大笑いした。


《ワッハッハ! やはりお兄とその取り巻きはそうでくてはな。しかしだ! お兄! できる限り早く帰ってこい! この妹、そろそろお兄がいなくて寂しいのだぞ!》


「悪い悪い。なるべく急ぐから、もうちょっと待っててくれ」


《その言葉を忘れぬでないぞ! この妹、寂しいと死んでしまうのだからな!》


 魔王口調のくせしてウサギさんみたいな属性持ちである沙織。

 結局は沙織もブラコンの魔王だということだ。


 沙織との会話を終えると、ファルはヤサカに視線を向け、口を開く。


「ヤサカ、きっと次の戦いが、このゲームで最後の戦いになる」


「そうだね」


「だからイミリアを、存分に楽しもう」


「うん。ファルくんと一緒にゲームができる。それだけで、私は満足だよ」


 にっこりと笑ってそう言うヤサカ。

 できればもう少し、こうしてヤサカと一緒にイミリアを楽しみたかった。

 だが、もう救出作戦の終わりはすぐ目の前なのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る