ミッション23—2 知らない世界
ファルとヤサカの2人は、ファルの指差した先にあった、各種ドリンクを揃える露店にやってきた。
小さくこぢんまりとした可愛らしい店である。
「いらっしゃいませ!」
元気の良い若い店員NPCの挨拶。
ところがファルは、特に理由もなくこの店にやってきたのだ。
当然、注文すべきものが思いつかない。
「ええと、そうだな……」
「現在、こちらの商品が恋人キャンペーンの最中ですが、どうなさいますか?」
「こ、恋人!?」
店員NPCの口から飛び出した言葉に、ファルは素っ頓狂な声を出してしまった。
よく見ると、店主NPCがオススメするメニューには『シェイク恋人エディンション』と書かれた商品がずらりと並んでいる。
これは想定外の事態だ。
ただでさえ注文を考えていなかったのもあり、頭が真っ白なファル。
彼はしどろもどろだ。
「いや……その……俺たちは……」
「この、シェイク恋人エディションをグレープ味でお願いします」
「おいヤサカ!?」
「良いよね、ファルくん。値段も安いし」
「ま、まあな」
想定外に想定外が重なった。
ヤサカは堂々と、むしろ乗り気でシェイク恋人エディションを注文したのである。
まさか彼女まで金の亡者と化したのか。
「お待たせしました」
「ありがとうございます。ファルくん、ほら、一緒に飲もうよ」
受け取ったシェイク恋人エディショングレープ味を、ヤサカはファルに差し出した。
シェイクは大きめのカップに入っており、そこに2本のストローがささっている。
とんでもない商品があったものだ。
この状況に、ファルはおそるおそるストローに口をつけ、シェイクを飲む。
するとヤサカもストローをくわえた。
2人の距離は、わずかに10センチ程度。
数秒後にストローから離れたヤサカは、急速に顔を真っ赤に染めながら、明後日の方向を見て言う。
「そろそろ港に行かないと、ティニーたちを待たせちゃうね」
「あ、ああ」
見上げれば、太陽は西に傾き、空は青からオレンジに塗り替えられようとしていた。
ティニーとラムダ、サダイジンはとっくに、港に到着していることだろう。
あの3人のことだ。もう護衛艦『あかぎ』に帰っている可能性もある。
ネックレスをつけたヤサカは、シェイク片手に港へと歩き出した。
そんな彼女を追って、ファルも歩き出す。
しばらく歩くと、露店街を抜けて大きな公園に2人はやってきた。
2人はその公園を歩き、ひたすらに港へと向かう。
他にNPCの姿はない。
公園の中央には小高い丘があり、そこを登る2人。
丘の頂上に立つと、2人の前に広大な景色が広がった。
多葉の廃墟と化した港町から、護衛艦『あかぎ』が小さく浮かぶ大海原まで、その全てが夕日に照らされた美しい光景。
「きれい……」
「ああ」
目の前の景色に、ファルとヤサカは息を飲む。
半年も護衛艦『あかぎ』を拠点にしておきながら、このような景色を目にするのはこれがはじめてだ。
「この景色がゲーム世界だなんて、やっぱりイミリアはすごいよ」
黒く長い髪を風になびかせ、笑みを浮かべながらヤサカはそう言う。
そんな彼女に、ファルは話しかけた。
「
「うん」
「だけどヤサカは、知らない世界を自由に見て回りたくて、このゲームをはじめたんだよな?」
「そうだね」
「後悔はしてないか?」
「後悔? どういうこと?」
「プレイヤー救出のために、俺たちはイミリアの世界を破壊してる。大量のNPCを殺し、プレイヤーをログアウトさせ、イミリアを過疎化させた。
「そうかもしれないね。正直に言うと、自分たちが極悪人に思える時は少なくないよ」
「だよな」
ヤサカの正直な言葉に、ファルは大きく頷く。
この半年間、NPCを殺しまわり戦争を起こし、ゲームバランスを崩壊させてきたのだ。
冷静に考えればヤサカの言う通り、それは極悪人に変わりない。
ここはゲーム世界なのだから、この半年間の行いは間違っているわけではないだろう。
だがヤサカの心は、それをどう捉えているのだろうか。
「……心配なんだ。ヤサカは無理をしてるんじゃないかって。このゲームが、イミリアのことが大好きなお前が、イミリアをめちゃくちゃにしてること、後悔してるんじゃないかって」
どのような理由があろうと、大好きなものを破壊するのは辛いことだ。
もしそれでヤサカが苦しんでいるようなことがあれば、ファルは謝らなければならない。
ところがヤサカは、ファルの言葉にキョトンとした様子。
少しして、彼女は可笑しそうに笑う。
笑いながら、その瞳でじっとファルを見つめる。
「ファルくんは優しいね。だけど、私の本心にはなかなか気づいてくれない。きっと、これは言葉で言わないと通じないのかな」
「え?」
「後悔なんて、一瞬だってしたことないよ。だって私は、プレイヤー救出作戦のおかげで、また知らない世界を見つけられたんだから」
無邪気な笑顔で瞳を輝かせながら、ヤサカはそう言った
ヤサカの言葉ひとつひとつに、彼女の想いが込められている。
そしてヤサカは、ファルの手を握った。
手から伝わるヤサカの温かみ。
「私にとっては、ファルくんは知らない世界。やる気がなくて金の亡者で、NPCやプレイヤーを殺すことなんか、ゲーム世界だからの一言で片付けちゃう冷血漢」
「うっ……」
「そのくせ、とっても優しくて、妙な時に前向きで、レオパルトくんを救おうと必死になる熱い心の持ち主で、私との約束も守ろうとしてくれる」
「…………」
「プレイヤー救出作戦がなければ、私はそんな世界を知ることはできなかった」
ヤサカに握られたファルの手の指に、ヤサカの指がからむ。
夕日に浮かぶヤサカは、恥ずかしさを隠すことなく、それでいてファルの目を見つめ続けていた。
ファルもヤサカの凜とした瞳をじっと見つめ返す。
「私ね、知らない世界をもっと知りたいんだ」
そこまで言って、ヤサカの言葉は途切れる。
自分の想いを紡ぎ出していた彼女の唇は、ファルとのキスによって閉ざされたのだ。
もはや2人の間に言葉は必要なかった。
お互いに、相手のことをもっと知りたい。
そんな想いが、2人の心を繋いだのだった。
長く、そして短い時間が過ぎ、ヤサカはそっとファルから離れる。
彼女はネックレスを握りしめながら、照れた表情で言った。
「私の名前は
ここはゲーム世界だ。
だがヤサカのファルへの想いは、すでにゲーム世界を飛び出していた。
ではファルの答えは?
もはや決まりきっている。
「予約は取れた。現実世界に戻ったら、真っ先に会いに行くさ、八千代」
「うん。楽しみにしてるよ、東也くん」
ファルとヤサカ。
東也と八千代。
バーチャル世界であろうと現実世界であろうと、2人の心は変わらない。
心の底から喜ぶヤサカは、ファルのすぐ隣にやってくる。
そしてファルの腕に抱きついた。
「ファルくん、帰ろう。ティニーとラム、サダイジンちゃんが待ってるよ」
「そうだな。いつティニーがロケラン衝動を起こすか分からないし、急いで帰るか」
2人は仲間たちが待つ、夕日に染まった港町に向かって歩き出す。
公園の丘には、ファルとヤサカの長い影が、仲睦まじく伸びていた。
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