第21章 これが真実ですし
ミッション21—1 アイ・ラブ・ニューカーク
メリア合衆国東部の大都市ニューカーク。
多様性に溢れたこの街も、ロスアン壊滅後は有事体制に移行、街には警察や軍隊が跋扈している。
摩天楼に刻まれた空から降り注ぐ、冷たい雨。
多くの人が行き交いながらも、重苦しい雰囲気に包まれた街並。
目を光らせ警戒に当たる、警官NPCや兵士NPCたち。
そんなニューカークに響くカミの
街に備え付けられたスピーカーから垂れ流される、一種のプロパガンダだ。
《地上に住まう人の子らよ、我の言葉を聞け。汝らは、この世界に在るかぎり、この世の理に従うべきだ。この世界に紛れ込む、悪魔の囁きに耳を貸してはならぬ。理に従い、清く生きてこそ、汝らに福音が与えられるのだ》
カミの言葉を、NPCは聞き流す。
当然だ。
この放送は、NPCでなくプレイヤーたちに向けられたものなのだから。
《汝ら、新世界の住人であることを誇れ。汝らこそが、第2の現実世界を生きる第1世代なのだ。数百年後、数千年後、何万何億という人々に、汝らは新世界の開拓者として称えられよう》
雨の音に負けじと、カミの言葉は語調を強める。
そのためか、ニューカークの地下で爆竹が破裂しているのに、誰も気づけない。
《この世界を遊戯と言って憚らぬ悪魔どもに、この世界を崩壊へ導かんとする悪魔どもに、屈してはならぬ。第2の現実を生き、理に従う者に、福音が与えられる。人の子らよ、理性を信じ――》
終わらぬカミの言葉を遮るように、突如としてニューカークの大きな交差点を歩くNPCたちが悲鳴を上げた。
悲鳴を上げたNPCたちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
なぜNPCたちは逃げ惑うのか。
その答えは、放射状に散ったNPCたちの中心部を見れば分かる。
ゆうに5メートルはあろうかという巨大な白いワニが、下水道から這い出てきたのだ。
爆竹に驚き興奮状態の巨大白ワニが、見境なくNPCたちを襲っているのだ。
そしてそれは、ビルから交差点を見下ろすファルたちの思惑通りの出来事であった。
サダイジンがファルたちに教えてくれたのである。
イミリア開発中に用意していた大規模クエストのため、ニューカークの地下には巨大な白いワニが住み着いていることを。
そしてファルたちは、その情報をプレイヤー救出作戦に組み込んだのだ。
「巨大白ワニ、出てきたよ」
「らしいな。ティニー、作戦開始だ」
《うん》
無線を通して伝えられたファルの指示に、交差点に停められた車――ヴェノムに乗るティニーは頷く。
彼女の視線の先には、白いワニを退治しようと群がる警官NPCたち。
窓から体を乗り出し
すぐにティニーは引き金を引き、ロケット弾が白いワニごと警官NPCたちを襲った。
ニューカークの大交差点に花火が打ち上がったのである。
ますます逃げ惑うNPCたち。
生き残った警官NPCたちはティニーの存在に気がつき、彼女に向かって拳銃を発砲した。
「ヤサカ! ティニーの援護だ!」
「任せてよ!」
ヤサカのスナイパーライフルが火を吹く。
銃弾は雨を切り、警官NPCの後頭部を撃ち抜いた。
排出された薬莢が地面に落ちる時、ヤサカは次の標的を撃つ。
頭を出した警官NPCは即座に殺されるのだ。
正確無比な狙撃に、警官NPCたちは動きを封じられたのである。
この隙に、ティニーを乗せたヴェノムの運転手――ラムダはアクセルを踏み込んだ。
ヴェノムは水しぶきを上げ、唸り声を上げながらニューカークの街を駆けていく。
「ラムとティニーは逃げたみたいだね。私たちも行こう」
「ああ、急ぐぞ」
ビルの階段を駆け下りるファルとヤサカ。
2人はビルから飛び出し、ビルの前に停車していた車――SUVに飛び乗る。
「待ってたよォ。大騒ぎだねェ」
「クーノ、出発しろ!」
「分かってるよォ。シートベルトしておいてねェ」
言われた通り、ファルはシートベルトで体を車に縛り付けた。
ヤサカはサンルーフを開けて、警官NPCたちへの攻撃を続行。
クーノはSUVを発車させる。
警官NPCたちはファルたちの存在に気づいていないようだ。
それでは困る。
少しでも多くの警官NPCを集めるため、ヤサカとクーノは行動を開始した。
路地に入り、ビルの隙間を抜け、再び街道に飛び出すSUV。
そしてクーノは、ラムダが乗るヴェノムの加速に追いつけないパトカーたちの前に、SUVを滑り込ませた。
「やるぞ!」
「うん! ファルくんも気をつけて!」
サンルーフから上半身を乗り出したヤサカは、雨に濡れながらパトカーの運転手を狙撃。
ファルも開けられた窓から手を出し、コピー鬼やコピーアレスターを利用して警官NPCたちを攻撃した。
運転手をなくし道端に転がる、あるいはコピー鬼やコピーアレスターにボンネットを潰されるパトカー。
次々と同僚の乗る車が潰されていくのに焦り、警官NPCたちは無線を手にしていた。
おそらく増援を呼んでいるのだろう。
「あれはァ……ラムさんのヴェノムだねェ」
パトカーに追われながら差し掛かった交差点に、律儀にも赤信号で止まるヴェノムがいた。
何かあったのだろうかと思っていると、こちらの姿を確認したラムダが満面の笑みを浮かべ、ティニーが交差点にSMARLを撃ち込む。
そしてファルたちの乗るSUVと並走するようにヴェノムは発車した。
ロケット弾の爆発で動きを止めた車たちを避け、赤信号の交差点を突破するSUVとヴェノム。
大量のパトカーに追われながら、ラムダは車から顔を出し、ファルたちに話しかける。
「やっと来ましたね!」
「お前! なんで赤信号で止まってた?!」
「パトカーが遅すぎて退屈だったので、パトカーを待ってたんです!」
「そうだな! お前はそういう奴だったな!」
もはやラムダに何を言っても仕方がない。
ともかく今は、パトカーを引き連れ目的地に向かうだけだ。
右には公園、左には摩天楼。
ワイパーが激しく行き来するフロントガラスの向こう側には直線の街道。
振り向けば赤と青の光と鳴り響くサイレン。
一般者を避けながら、SUVとヴェノムは時速80キロ前後で街を駆け抜ける。
ただし、警察もただ追跡しているだけではない。
「前にもパトカーだ!」
「あの警官、スパイクベルトを持ってるよ!」
ヤサカは見逃さなかったようだ。
前方に待ち構える警官NPCの手に、スパイクベルトが握られていることを。
スパイクベルトを踏んでしまえば、タイヤはパンクし面倒なことになる。
「パンクなんかさせません!」
ラムダはとっさにサイドブレーキをかけ、ハンドルを思いっきり回した。
ヴェノムは180度回転し、フロントをパトカーの群れに向ける。
そしてサイドブレーキを外しアクセルを踏み込むと、パトカーに向かって突撃開始。
まさかの事態にパトカーたちは対応できず、アビリティ『スピード狂』で加速するヴェノムを素通りさせてしまう。
強引すぎるやり方で、ラムダたちはスパイクベルトを避けたのだ。
一方のSUVである。
SUVのハンドルを握るクーノは、地面に置かれたスパイクベルトを踏む直前、車を右折させた。
右折した先にあるのは、ニューカークで最も広い公園。
公園の柵を破壊し、雨に濡れた泥や草を巻き上げながら、SUVは憩いの場を走る。
パトカーたちもSUVを追って公園に飛び込んだが、SUVの走破性には勝てないようだ。
「なんか……このままだと警察から逃げられるかもしれないな……」
「大丈夫だよ。警察のヘリコプターが飛んでるからね。そう簡単に逃がしてはくれないよ」
「そうか、じゃあ安心だ」
警察から逃げ切れなくてよかった、とは不思議な会話である。
だが実際、逃げ切ってしまってはダメなのだ。
今回の目的は、警察をある場所まで引き連れることなのだから。
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