ミッション12—5 先客の正体

 フェロウシャスバットの死体が転がる狭い道を抜け、洞窟を進むファルたち。

 洞窟の奥に行けば行くほど、湿気は高くなり、モンスターの死体は増えていく。


「スケルトンの死体にゴーストがいた形跡――だんだん、アンデット系のモンスターが増えてきたみたいだね」


「私の霊感、反応が強くなってる」


「この先に何があるんだろう……やっぱりボスもアンデット系なのかな?」


「もしそうだとしたら、ティニーの出番ですね! ティニーの霊感が大活躍しますよ!」


「悪霊退治は私の専門。任せて」


 モンスターの死体を観察し、武器を手にしながら会話するヤサカとティニー、ラムダの3人。

 対してファルとレオパルト、クーノの3人は、それどころではない。


「湿気のせいか、ヤサカたちは汗だくだな。良い光景だな」


「ああ。特にラムダの胸に滴る汗……神々しい……」


「ヤサちゃんのパーカーにィ、染み付く汗ェ――ああ! クーノはヤサちゃんのパーカーになりたいよォ!」


「ティニーのワンピースも透けて下着が見えてるし……このダンジョン最高だ!」


 この3人は現在、モンスターの死体など眼中にない。

 3人が見ているのは、ヤサカたちだけである。

 ヤサカたちを見て、ただただニヤニヤとしているだけである。


 さて、そんな脳内ピンクたちなど気にせず、ヤサカたちは歩を進めていった。

 洞窟は一本道であり、道に迷うことはない。


 しばらく歩くと、ついに洞窟の奥から銃声が鳴り響いてくる。

 もう少しで先客に追いつけるようだ。


「すっごく派手な音が聞こえてきます! 楽しそうですね! わたしたちも戦いに飛び入り参加しましょうよ!」


「ラム、待って。まずはどんな人たちなのか、遠目から確認しないと」


 中戸島などという知名度の低い無人島で、ダンジョン攻略をする者たち。

 偶然ここにたどり着いたプレイヤーやNPCにしては、重武装すぎる先客。

 となると、下手をすれば何処かの国の軍隊や、ディーラーのような危険な人物の集まりかもしれない。


 素性の知れぬ者たちを相手にするときは、まず相手を知ることだ。

 ヤサカはラムダの大声を制止し、銃声が聞こえてくる方向へ慎重に歩いていく。


 洞窟の狭い通路の先には、まるでコンサート会場のような広大な空間が広がっていた。

 空間の半分以上は、大きな池に覆われている。

 その空間で、モンスターと戦う者たちの叫び声が、銃声の合間から聞こえてきた。


「左側面! そのまま敵の注意を惹きつけろ!」


「分かってる! 俺様を信じろ!」


「よし、いいぞ。右側面からの一斉攻撃! 2つ目の頭をやれ!」


「「「了解!」」」


「グレネード!」


 空間を覗いてみると、9人の武装したプレイヤーたちが、ケルベロスを相手に戦いを繰り広げていた。

 ケルベロスとの戦いは、プレイヤーたちの方が有利なようだ。

 すでに頭の1つを失っていたケルベロスは、プレイヤーたちの一斉攻撃に耐えられず2つめの頭を潰されてしまう。


 ただ、ファルたちはプレイヤーたちとケルベロスとの戦いよりも、プレイヤーたちを見て驚いた。

 というのも、プレイヤーたちはファルたちのよく知る人物たちだったのである。


「キョウゴさんとデスグロー!?」


「ど、どうしてこんなところに……サルベーション本隊が……?」


 ファルたちが驚く間にも、サルベーション本隊は確実にケルベロスを追い詰めていく。

 2つの頭を失ったケルベロスは痛みに悶え、動きが鈍くなっていた。

 ここにサルベーション本隊の放った銃弾が殺到、ついにケルベロスは力なく地面に倒れ、絶命した。


 ケルベロスの死体を横目に、キョウゴは部下たちに命令する。


「ボスは排除。作戦を次の段階に移行する。準備を」


「了解しました!」


岡野デスグロー君、よくやった。君の無敵状態は頼もしい限りだ」


「俺様だぞ? 当然だろ」


 デスグローのものすごいドヤ顔が、遠目からでもよく分かる。

 大人に対してもあの態度を貫くとは、大したものだとファルは感心すらしてしまった。


 そのデスグローなのだが、彼はファルたちのいる方向に視線を向けてくる。

 まさかこちらの存在に気づいたのか?

 

「ああああ! てめえら! なんでてめえらがここにいやがる! ああん!?」


 どうやら気づいたようだ。

 先ほどまでのデスグローのドヤ顔は凄まじい睨みとなり、ファルたちを突き刺す。

 同時に、サルベーション本隊の皆さまもファルたちに目を向けていた。


 こうなれば彼らの前に出て行くしかない。

 ファルたちは通路の陰から空間に踏み込み、サルベーション本隊の前に立った。


 予想だにしなかった人物の登場に、サルベーション本隊も驚いているらしい。

 キョウゴは湿気で曇ったメガネを拭きながら、ファルに話しかける。


三倉ファル君たちではないか。君たちはここで何を? なぜ水着なんだ?」


「ちょっとバカンスで、軽くダンジョン攻略でもと思いまして」


「そうだったか。いや、こんな偶然もあるものだな」


 可笑しそうな笑みを浮かべるキョウゴ。

 対して一部のサルベーション隊員は、ファルたちに敵愾心むき出しだ。

 特に酷いのがデスグローである。


 デスグローはファルのすぐ目の前までやってきた。

 もちろん、喧嘩腰で。


「腑抜けた表情と体つきだな」


「近い……」


「てめえ、何しに来た?」


「おいおい、今キョウゴさんに説明したろ。聞いてなかったのか? バカなのは頭だけじゃなく耳もなのか?」


「ふざけんな! てめえ! 俺たちの手柄を横取りしに来たんだろ!?」


「何をどうすればそういう話に飛躍するんだ。お前らの手柄を横取りしに来た格好に見えるか?」


「任務を放棄して、遊び呆けてるクズの格好にしか見えねえよ!」


「そうか、手柄を横取りしに来た格好には見えないのか。じゃあ良かった」


「な……ムカつく野郎だ! てめえなんか――」


 デスグローがファルに掴みかかった瞬間、彼は頭を撃たれて地面に転がる。

 彼の頭を撃ったのは、AMR82を構えたティニーであった。


「ティニー、グッジョブ」


 親指を立ててティニーに感謝するファル。

 ティニーも親指を立て、ファルの感謝に応えた。


 うるさいのは痛みに悶えて――微妙に笑っているが――いるのだ。

 この隙に、ヤサカがキョウゴに質問を投げかける。


「キョウゴさんたちサルベーション本隊は、どうしてこのダンジョンに?」


諏訪コトミ君から聞いていなかったか? 我々が今、ゲーム製作者の1人である宇喜多サダイジンを捕らえようとしていることを」


「はい、聞いています」


「実は先日、メリアでゾンビ騒ぎがあった」


「ありましたね……」


「どうにもそのゾンビ騒ぎ、凍結されていたクエストが偶然はじまってしまったものらしい」


「みたいですね……」


「ゾンビはすべてメリア軍が排除した。ただ、排除したゾンビからこのボックスが出現した。我々はこのボックスをメリア軍から強奪、調べてみたのだ。そうしたら、面白いことが分かってな」


 そう言うキョウゴの右手には、人間の顔程度の大きさの黒いボックスが握られている。

 

「このボックスは、ゾンビクエストの次のクエストに必要なキーアイテムだそうだ。ボックスに書かれた暗号を読み解くと、このダンジョンのこの場所が示されていた。宇喜多サダイジンが幽閉されているダンジョンを発見できるかもしれないと考え、我々はここに来たのだ」


「つまり、この先に別のダンジョンがある可能性が?」


「その通りだ」


 なんというゲームらしい展開。

 ファルたちはワクワクが止まらない。


「この先のダンジョンは、おそらく危険な場所だ。そこでどうだろうか。せっかくの偶然、三倉ファル君やヤサカ君たちも、この先のダンジョンに行かないか? 協力してくれるとありがたいのだが」


 キョウゴからの魅力的な提案。

 正直、まだ一度も敵と戦っていないファルたちは、ゲーム的な展開を待っていたところである。

 ラムダに至っては、早くも行く気満々だ。


「行きます! 行きたいです! キーアイテムを使わなきゃ行けないダンジョンなんて、気になるじゃないですか!」


 洞窟に響いたラムダの言葉には、ファルたちも全員同意であった。

 ただし、サルベーション本隊の隊員たちは、あまり乗り気ではなさそうである。


「隊長、彼らに手柄を横取りされます」


「任務を妨害される可能性も、捨て切れません」


「今一度、考え直した方がよろしいのでは?」


「彼らは厄病神のような存在です。任務のことを考えれば、賛成できません」


 好き放題言いやがる大人たちだ。

 思わずファルはムッとしてしまう。

 対照的に、キョウゴは本当の大人であった。


「君たちの懸念することは理解するが、この先は未知の領域だ。任務のことを考えれば、特殊技能を持つ三倉ファル君たちを連れてこそ、任務完遂の可能性は高まる。くだらない意地と思い込みで、任務を失敗させるわけにはいかない」


 ぴしゃりと言い放ったキョウゴの言葉に、サルベーション本隊の隊員たちは黙り込む。

 反論しようとしたデスグローも、キョウゴに睨まれ口を閉ざした。

 温厚そうな顔つきのキョウゴだが、彼の醸し出す雰囲気と、公安警察という肩書きが効いているのだろう。


 サルベーション本隊の不満はキョウゴの前に雲散したのだ。

 キョウゴは改めて、ファルたちに聞く。


三倉ファル君たちは、我々に協力してくれるか?」


「未知のダンジョンなんてワード、俺のゲーム感覚が見逃しません。協力します」


「そうか。ありがたい」


 たった今、バカンスでのダンジョン攻略は、未知のダンジョンの攻略に〝クエストアップデート〟されたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る