第12章 地獄で会おうぜ、ベイビー

ミッション12—1 俺たちが求めるものは

 護衛艦『あかぎ』。

 八洲国多葉市沖で座礁した、元八洲軍ヘリコプター搭載護衛艦。

 現レジスタンス本拠地――ファルたちの『我が家』だ。


 短い期間とはいえ、ベレル及びメリアで散々な目に遭ったファルたちにとって『我が家』ほど落ち着ける場所はない。

 あれから4日、何らの緊張感もない、何らの心配事もない朝食は、やはり良いものだ。


「みんな、朝食の時間だよ。はい、どうぞ」


「美味しそう」


「至福の時間だねェ。お寝坊さんのラムさんはァ、ヤサちゃんの朝食が食べられなくてェ、残念だねェ」


「大丈夫。ラムの朝食も用意しておいたから」


「およよォ、ヤサちゃんの優しさにィ、クーノのドキドキが止まらないよォ」


「ヤサカお姉様の朝食は世界一ですわ!」


 食堂で楽しげに会話する女子一同。

 一方で、ファルとレイヴンは食堂の端で、声を潜めながら密談中であった。


「レオパルトからの連絡は来ましたか?」


「ああ、レオパルトの野郎曰く、最高のカメラを持ってすでに待機中だそうだ」


「すでに待機中!? あいつも本気だな……」


 コソコソとこれからの計画・・・・・・・について話すファルとレイヴン。

 そんな彼のもとに、ヤサカが朝食を持ってやってくる。


「お待たせ。今日の朝食は洋食風だよ。ファルくんだけは、特別にスクランブルエッグをいつもの卵焼きにしておいたからね」


「ありがとう。今日もうまそうだな」


 ヤサカの作ってくれた朝食を前に、ファルの目が輝く。

 ところがこの光景に、ある人物が異議を唱えた。

 ベーコンを刺したままのフォークを片手に持つシャムだ。


「ヤサカお姉様! ファルお兄さんのために卵焼き地獄を作るのはやめるですの! ヤサカお姉様の料理ステータスが落ちてしまうですの!」


「聞き捨てならないぞシャム。なんで俺の卵焼きをヤサカが作ると、ヤサカの料理ステータスが下がるんだ?」


「自覚がないのかしら!? そんな隕石みたいな料理を作っていたら、ヤサカお姉様の料理ステータスが下がるのは当たり前ですわ!」


「まったく……子供にはこの味がまだ分からないのか……」


「きっとカマキリでもその味は分からないですの!」


 和やかな雰囲気を切り裂く……いや、さらに和ませるファルとシャムの言い争い。

 その中心にいるヤサカは、ボソッと呟いた。


「ファルくんが喜んでくれるなら、料理ステータスが下がっても……」


「えええ! ヤサカお姉ちゃん! 正気に戻ってよ!」


 ヤサカの呟きがよっぽど衝撃的だったのか、素の口調で驚くシャム。

 しかしティニーとクーノは、小さくため息をつき、シャムの肩に手を乗せた。


「シャムちゃんねェ、よく聞いてェ。これに関してはァ、クーノたちもヤサちゃんを説得したんだよォ」


「でも、聞いてくれなかった」


「何で!? ファルお兄ちゃんに地獄作るのが、そんなに楽しいの!?」


「みたいだよォ」

「うん」


「ちょっとみんな! ファルくんの前でそういうこと言わないでよ! 別に……料理好きとしては、ファルくんが喜ぶ料理を作るのが一番だし……それに……」


「ヤサちゃん、コップの水はァ、スプーンで飲むものじゃないよォ」


「ヤサカの霊力が乱れてる」


「もう! みんなうるさいよ!」


 照れた顔を隠すためだろうか、ヤサカは凄まじい前傾姿勢で食事をはじめる。

 このまま食事に顔を突っ込んでしまうのではないか、という体勢だ。

 クーノとシャムは、そんなヤサカにニヤニヤとしてしまう。


 ところが、ヤサカの焦りとは裏腹に、ファルはヤサカたちの話など聞いていなかった。

 彼はレイヴンとの話し合いで頭がいっぱいなのである。


「フッフッフ……魔王打倒の宿命を果たさんがため、巨大空中戦艦ヴォルケから降り注ぎし雷を払い、メリアに溢れし屍をも打倒した、この未来の英雄ミードン、食堂に堂々登場! ご飯! にゃ!」


「みんな、朝から元気そうで何よりだわ。少し前まで苦労してたのが、嘘みたいね」


 ミードンを連れたコトミが、食堂の出入り口で微笑みながらそう言う。

 彼女はミードンを食堂の机に乗せると、ミードンをプロジェクターモードに移行させた。

 こうなれば、次に田口が出てくるのは確定だ。


《おはようございます》


 イケメンエリート田口と、その隣にいるパナベル社代表取締役有馬との通信。

 しかしファルは、レイヴンとの会話を続行していた。

 となると自然に、田口の話し相手はヤサカ、ティニー、コトミとなる。


「おはようございます。今日はどのような用件ですか?」


《今日は捜査本部の現状を伝えようと思いまして。三倉ファルさんと鈴鹿ラムダさんは?》


「2人は……用事があるみたいで」


《そうですか》


 まさかファルはレイヴンと話し込み、ラムダは寝坊したなどとは言えない。

 ここは適当な嘘をつき、ヤサカは2人の体面を保った。

 田口は話を続ける。


《現在、捜査本部と上層部に不穏な動きがあります。作戦開始から約2ヶ月、救出されたプレイヤーは467人。ゼロからのスタートでこの成果、私としては素晴らしいものに思えますが、上層部や世論はそうは思っていないようです》


「何か……ありましたか?」


《1万3000人以上のプレイヤーに対し、2ヶ月で467人の救出は少なすぎる、という意見が噴出しておりまして、またも作戦の中断、新しい作戦の選定がはじまっているようなのです》


「そんな……」


《なに、田口さんは心配しすぎだ。この件に関しては、我々企業団体が警察に圧力をかけている。内閣も田口さんの上げた情報しか見ていないから、総理や各大臣の君たちに対する信頼度は高い。そう簡単に作戦は中断できない――させないさ》


《まさしく、有馬さんの仰る通りです。今回の件に関しては、私の考えすぎかもしれません。ただ、念には念を。皆様にお伝えした方が良いと判断しました》


「分かりました。私たちも、全力でプレイヤー救出を頑張ります」


《お願いします》


 どことなく、田口は疲れたような顔をしている。

 きっと、彼は作戦中断を阻止するために頑張っているのだろう。

 ファルたち(肝心のファルは興味が別にあるようだが)が頑張らないわけにはいかない。

 

 田口の現状説明が終わると、今度はコトミが現状を伝える番だ。


「では、私たちの現状をご報告いたします。まず、レジスタンスのプレイヤー救出作戦は、IFRが対策を取りはじめ、少々行き詰まりが見えています」


《やはりそうでしたか……》


「しかし、その行き詰まりを突破するため、恭悟キョウゴさんたちサルベーション本隊が新たな作戦を打ち立てました。現在はそちらの作戦準備の段階でして、数日以内にゲーム製作者の1人である宇喜多サダイジンを捕らえる予定です」


宇喜多サダイジンですか。居場所は分かっているのですか?》


「はい、ある程度は絞り込んでいます。詳しい情報に関しましては、恭悟キョウゴさんから説明があると思われますので、そちらから宜しくお願い致します」


《分かりました》


 真面目な話が繰り広げられる食堂。

 だがなおも、ファルは田口の話を聞こうとしない。

 田口とレイヴンは、食堂に地図を広げ会話していた。


「ビーチのどこに布陣します?」


「このあたりが良いだろう。標的がこう動いても、逆にこう動いても、俺たちに死角はねえ。逃げ場もある。彼我の状況がどうなろうと、俺たちは標的を捉え続けられる」


「標的を捉えるなら、このあたりが良いような気がしますが?」


「そりゃ、標的を捉えるだけならそうだろうよ。だが、戦いは標的に気づかれねえように、しかし俺たちは標的を捉えられるようにしなきゃなんねえ。となると、このあたりが良いってことになる」


「なるほど……さすがですレイヴンさん!」


「こう見えても俺、元自衛官だからな」


「行けますよ、これ!」


「ファル、俺たちの目的が何か、分かってるな?」


「もちろんです。俺たちの目的、俺たちの求めるものは――」


 息を大きく吸うファル。

 彼は死地に臨むかのように、しかし小声で言った。


「――今日のバカンスで、女性陣の水着姿を脳に焼き付け、また最高の形で写真に残すことです」


「その通りだ。何があっても、その目的を忘れるんじゃねえぞ」


 これからファルたちは、日頃の疲れを癒すバカンスということで、海に行くのだ。

 海といえば水着。

 ファルたちには負けられない戦いのはじまりである。

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