ミッション8—2 観光気分

 エレンベルクの街に到着した4人。

 ジープはそこらの駐車場に停め、4人はエレンベルクの街に飛び込んだ。


「おお! 石畳の道! 赤い三角屋根! カフェとテラス席が並んだ広場! 大聖堂! 丘の上の古城! お? あれはアヴェンタ! スーパーカーまで走ってますよ! なんですかこの街! 最高じゃないですか!」


 まさに夢心地といった風な表情をするラムダ。

 はじめてこの街に来た時、ファルもヤサカもティニーも、ラムダと同じ表情をしていた。

 おそらく欧州の雰囲気に慣れた人間でなければ、誰しもラムダと同じような反応を示すだろう。


「エレンベルクに来るのは久しぶりだが、変わらず綺麗な街だな」


「異世界っぽい」


「うん。こうやって日常とは違う体験ができるのも、イミリアならではだよね」


 日本人からすれば、エレンベルクの街はファンタジー世界も同然だ。

 逆に欧米人からすれば、八洲の京宮きょうみやにある和風な街並みがファンタジー世界となるのであろう。


 家にいながらヘットギアをかぶりゲームを起動するだけで世界を観光できるというのは、イミリアの魅力のひとつだ。

 これで自由自在にログアウトが可能であれば、文句の付け所がない。


 ところで、ベレル初体験なのはラムダだけではなかった。

 ティニーの腕に抱かれたミードンもまた、初エレンベルクにテンション上昇中である。


「きっとあの古城に、この未来の英雄ミードンを待つ王様がいるのだ! 謁見しなくては! にゃ!」


「ミードン、離れちゃダメ」


「どうしてなのだ、ティニー女神様? ミードンは早く王様に――」


「迷子になる」


「心配は無用! ミードンは未来の英雄なのだ! 城までの道に迷うようでは、勇者の道を極めることはできない! にゃ!」


「この前、『あかぎ』で迷子になって泣いてた」


「あ、あれは違うのだ! あの時は魔王がこのミードンの精神に干渉し――」


「離れちゃダメ」


「しかし……王様がこの未来の英雄を――」


「女神の命令」


「うう、ティニー女神様の命令には逆らえないのだ……」


 勇者スイッチが入ってしまったミードンを説得し、強く抱きかかえるティニー。

 ミードンは大人しくティニーに従いながら、しかし尻尾はテンションの高さを隠さない。


 ティニーとミードンの会話を横目に、ファルは時間を確認する。

 現在の時刻は14時30分。


「で、これからどうするんだ? 掲示板でも確認して、こっちのプレイヤーがどんな感じか調査でもするのか?」


「それで良いと思うよ。ベレルのプレイヤーのみんなが――」


「わたしは拒否権を発動します!」


「はあ?」


「せっかくのエレンベルク初日ですよ! 初日から任務なんて、わたしはイヤです! まずはエレンベルク観光をしたいです!」


「私もラムダに賛成」


「ティニー女神様が賛成なら、ミードンも賛成なのだ!」


 観光気分なラムダたちに、実のところ初日から任務をやりたくないファルの心が動く。

 そんなファルは、ヤサカの次の言葉でラムダの側に立った。


「エレンベルクを観光して、この土地に慣れるのも良いかもしれないね」


「よし、じゃあ観光だ」


 ファルは早速、任務のことを忘れ観光気分に浸る。

 それはティニーやラムダ、ミードン、そしてヤサカも同じであった。


 4人と1匹はエレンベルクの街を歩き、まずは広場の大聖堂前で、空を突き刺す大聖堂の尖塔を見上げる。

 巨大かつ荘厳な、くすんだ灰色の大聖堂。

 きめ細やかな彫刻と大きなステンドグラスの美しさに、女性陣一同は言葉を失った。


 ゲーム世界の建物にしては、存在感も質感も何もかもが現実のよう。

 大聖堂はまるで、長い歴史を耐え抜き、人々の生活を見守り続けたかのような佇まいだ。


 大聖堂の観光を終えると、4人と1匹は丘の上の古城を眺めた。

 近世に建てられた美麗なお城、というよりも、中世に建てられた要塞のような、半ば朽ち果てた石造りの古城は、ファルのファンタジー心をくすぐる。

 あの城で騎士たちと親交を深め、あるいは魔王軍の幹部と戦う自分を想像し、口元が緩むファル。


 ここはゲーム世界だ。あの城にダンジョンがあるのではと、ファルはヤサカに聞く。

 残念ながらヤサカの答えは、ファルの望み通りではなかった。

 どうやらあの城、観光地としてベレル政府直轄の管理下にあり、特に変わったことはないそうだ。


 大聖堂と古城を観光した4人と1匹は、再び広場に戻る。

 露天が並ぶ広場の端では、数人のNPCに囲まれた大道芸人NPCが陽気な音楽を奏でマジックショーを行っていた。


「可愛いお嬢さん! 少し手伝ってくれ!」


 大道芸人NPCの1人が、観衆の中にいた陰陽師姿のティニーを珍しがり彼女に声をかける。

 ティニーは首をかしげながら、大道芸人NPCの隣に立った。

 ついでに、言語は日本語設定になっているので言葉の壁は存在しない。


「お嬢さんお嬢さん、ボクはこれからこの箱の中に入る。そこでお嬢さんは、ボクが入った箱にこの3本の剣を刺してほしいんだ。なに、心配ないさ。思いっきり刺してくれて良いからね」


 それだけ言って、箱の中に体を収めた大道芸人NPC。

 ティニーは3本の剣を渡された。


「さあ、どんどん刺しちゃってくれ! 日頃の不満を解消するチャンスだよ!」


「分かった。幽霊を否定する人、嫌い」


 大道芸人NPCに言われた通り、不満を口にしながら1本目の剣を、大道芸人NPCが入った箱に刺すティニー。


「寝るとき、背後霊に静かにしててほしい」 

 

 ティニーは2本目の剣を箱に刺した。


「トウヤの卵焼きはもう嫌」


 独特な3つの不満とともに、3本の剣を箱に刺したティニー。

 これで箱に入っている大道芸人NPCは串刺しになっているはず。

 果たして、大道芸人NPCは無事なのか。


「お嬢さんの不満、聞かせてもらったよ。少しは不満が解消されたかい?」


 突如、観衆の中から聞こえてきた大道芸人NPCの声。

 同時に開かれた箱の中身は、空であった。

 なんと、いつの間に大道芸人NPCは箱から逃げ出し、観衆の中に紛れていたのである。


「おお! すげえ!」


「すごいです! どうなってるんですか!? 種も仕掛けも分かりません!」


「みなさん、ありがとう! みなさんの驚いた顔が見られて嬉しい! お金をくれるともっと嬉しい!」


「超能力? SMARLスマール撃っても大丈夫?」


「おっとティニー。それはやめておけ。いくら大道芸人さんでも、死ぬ」


 ティニーのSMARL衝動を抑えながら、大道芸人NPCに金を渡すファル。

 あんなマジックショーを目の前で見せられたら、いくら金の亡者でも金を払いたくなるものだ。

 

 さて、観光続行。

 今度はあてもなく、広場をぶらぶらと散歩することにした。


 広場を散歩していると、やたらティニーに人々が集まってくる。

 きっと陰陽師姿がベレルNPCからの注目を集めているのだろう。


「君、珍しい格好だね。君たちは観光かい?」


 露天のオヤジNPCが、ファルたちにそう語りかけてきた。


「はい、観光です」


「そうかい。君たちは友達? それとも家族?」


「友達です」


「友達で観光か、良いねえ。美人さん3人に囲まれた兄ちゃんが、おっさんは羨ましい」


「だろ」


「び、美人さん!?」


「おお! おじさんお目が高いですね!」


「ハッハッハ! エレンベルクは良い街だ、楽しんでくれ! これはサービスだ」


 豪快に笑う露天のオヤジNPCは、商品であるじゃがいも料理をサービスしてくれた。

 もらうだけなのは気が引けたのか、ヤサカはオヤジNPCからいくつかの肉料理を購入、手を振るオヤジNPCの露店を後にする。


「この街、気に入っちゃいました! NPCはみんな優しいですし、街も綺麗ですし!」


「さすがは初心者向けの街って感じだよな」


「プレイヤーの人気が高いのも納得できるよね」


「エレンベルク、また住みたい」


 イミリアで最も良い街、エレンベルク。

 八洲とは違う魅力に溢れた、素晴らしい街だ。


 ただし、エレンベルク――ベレルにも欠点がある。

 実はベレル料理は、あまり美味しくない。

 先ほどオヤジNPCからもらったじゃがいも料理も、少ししょっぱい。オヤジの優しがなければ、ただのまずい飯であったことだろう。

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