ミッション5—2 本日のクエスト

 クーノの操縦する『フクロウのエンブレム』が描かれたヘリ――NH900は、ファルとヤサカを乗せて江京郊外の空港に着陸する。

 この空港でクーノとはしばしお別れだ。


「じゃ、俺たちの援護は任せたぞ」


「任せてェ」


「……寝るなよ?」


「ひどいなァ。さすがにそこまでェ、睡魔に従順じゃないよォ」


「だと助かるんだがな」


「クーノが暇になるようにィ、2人とも気をつけてねェ」


「うん、気をつけるよ。クーノも気をつけてね」


「わおォ、クーノの心配までしてくれるなんてェ、やっぱりヤサちゃんは優しいなァ」


 ヤサカに心配されるのがよっぽど嬉しかったのか、満足そうな表情のクーノ。

 彼女はNH900とともに、どこかへと飛び去っていく。


「ファルくん、私たちも行こう。ティニーとラム、レオパルトくん、プレイヤーのみんなが待ってるよ」


「ああ。だけど、ここから江京駅までどうやって行く?」


「タクシーとか?」


「ダメだ。金がかかる」


「3000万圓を使い込んだ人の言葉には聞こえないよ……」


「他人の金は使うが、自分の金は使わないのが俺だ」


「……電車で行く?」


「よし、駅まで案内してくれ」


 呆れたような表情を浮かべるヤサカだが、ファルは気にしない。

 レジスタンスでは交通費は自腹だ。

 ならば少しでも安い方法で移動するのが最善の選択である。


 ファルとヤサカは、空港から電車を使い江京の中心部へと向かった。

 なお、喧嘩っ早い短気おじさんNPCを電車内で見つけたため、ファルはそのおっさんNPCをコピーしておいた。


 約30分間の移動を終え、江京の中心である江京駅前にやってきたファルとヤサカ。

 晴空の下、駅前では大勢のプレイヤーたちが集っている。


「トウヤとヤサカ、来た」


「おお! ファルさんよ、ヤーサよ、やっと来ましたね!」


「お待たせ」


「待たせたな。にしても、思ったより参加者が多い」


 2日前、ファルたちはとあるクエストを掲示板に掲げた。

 そのクエストの参加者が、今こうして江京駅前に集まっているのである。


 駅前の一角を完全に埋め尽くす、明るい表情のプレイヤーたち。

 一体どれだけのプレイヤーが集まったのか。

 それに関しては、苦悶の表情を浮かべ頭を抱えるレオパルトが教えてくれた。


「ファル、来たか」


「ようレオパルト。どうした? また頭痛か?」


「ああ。いつもの頭痛だ。ここ2年間ずっとこうだ。気にしなくていい」


「そうか……いきなりで悪いが質問。プレイヤー、何人集まったんだ?」


「僕を含めて150人ぴったりだ。ゴミ拾いクエスト参加者の半数近くが参加してる。ダンジョンクエスト参加者の全員が参加してる」


「150人か……救出作戦中止回避は確実だな」


 これからはじめるクエストがうまくいけば、最高150人がイミリアから解放される。

 きっと田口や有馬は大喜びだろう。


 明るい未来を想像し、つい笑みをこぼすファル。

 そんな彼に、ティニーが話しかけてくる。


「みんな、クエストを楽しみにしてる」


「ああ。ダンジョンクエストのおかげで、みんなゲーム感覚を取り戻したみたいだな。ラムダとティニーがプレイヤーたちを支援してくれたおかげだ。助かったよ」


「……感謝されるほどのことじゃない」


「素直じゃないな。褒められた時は喜べ」


「私の背後霊は喜んでる」


「喜び方が独特すぎて分からん」


 表情筋が死んでいるティニーの感情は見当すらつかない。

 ひとつ確かなのは、ファルに褒められた瞬間、ティニーがSMARLスマールの入った袋を強く握ったことぐらい。


 さて、時間を確認するファル。

 時計の針は午後15時30分を指している。

 NPCの帰宅ラッシュに合わせてクエストが本格的になる・・・・・・ようにするには、そろそろクエストを開始しなければならない。

 

「ラムダ、そろそろ時間だ。プレイヤーたちに伝えてやれ」


「伝えるって、何をですか?」


「クエスト内容。ただし、救出作戦のことは黙っておけ」


「分かりました! 任されました! 説明してきます!」

 

 満面の笑みを浮かべたラムダは、プレイヤーたちに呼びかけた。


「みんな~! ラムさんですよ! 注目!」


 呼びかけと同時に発生したラムダの胸の縦揺れに、プレイヤー男性陣は大人しくなる。

 明るく活発なラムダの声に、女性陣たちもラムダに注目する。


「今日は『八洲政府に言うこと聞いてもらおうクエスト』に集まってもらって感謝です! 感謝感激です!」


「巨乳ちゃんとのクエストならどんなクエストでも受けるぜ!」


「今日も楽しませてくれよ!」


「あの……ところでクエスト内容はどういうものなんです?」


「お! 誰かさんの質問に答えますよ! 今日のクエスト内容は、ずばり、デモを起こしてわたしたちの主義主張を八洲政府に聞かせる、です!」


「は?」

「え?」

「な?」


 キョトンとするプレイヤーたち。

 しばらくの沈黙の後、プレイヤーの1人でありフリーターチームの1人が口を開いた。

 

「俺たちの主義主張って? デモをするにも、何を訴えるんだ?」


 至極当然の質問。

 これにラムダは答えず、ただじっと動かず笑うだけ。


「……あれ? 巨乳ちゃんがフリーズした」


「もしかして……デモの内容は決まってない?」


「見て! ラムダさんが冷や汗流してる!」


「やっぱりデモの内容なんて決まってないんだな」


 どうやらバレてしまったようである。

 ファルとしては、ここでラムダがテキトーなアドリブを言って、なんやかんやとデモ内容が決まるという流れを期待していた。

 そう、細かいことは成り行きに任せていたのだ。


 困るファルたち。

 ここでティニーが手を挙げ、抑揚のない口調でプレイヤーたちに提案する。


「ロールの販売終了反対」


 説明のない突然の提案。

 これにプレイヤーたちは顔を見合わせる。


「……ロールって、スナック菓子のか? そういやあれ、販売終了だったな」


「え!? ロール販売終了するの?」


「みたいだぜ」


「マジか!? そりゃ許せねえ!」


「そういえば、ロールだけじゃなくピッツァポテトも販売終了だって」


「ウソ! なんで!?」


「じゃがいもの不足で販売中止してたけど、そのまま販売終了らしい」


「ありえない! 許せない!」


「俺たちのスナック菓子が、ゲーム世界から失われるなんて……」


「販売元の会社を訴えてやる!」


「いや、国に直談判だ! 国から会社に圧力かけてもらって、販売終了を撤回してもらおう!」


「……どうやって国に直談判するんだ?」


「クエスト内容を忘れたの? デモだよ! デモで話たちの主義主張を訴えるの!」


「デモクエストで国に直談判か! よしやろう! 報酬は俺たちの愛するスナック菓子の販売終了回避だ!」


「「「おおーー!!」」」

 

 ティニーの提案がプレイヤーたちの何かに火をつけたらしく、大盛り上がりのプレイヤーたち。

 ファルとヤサカは開いた口がふさがらない。


「なんだあれ。何が起きてるんだ……」


「分からないけど……デモの内容は決まったみたいだね」


 ヤサカの言う通り。

 今のプレイヤーたちは、怒りと熱意に溢れているのである。

 内容はともあれ、あの勢いがあればファルたちが望む・・・・・・・・デモが起こせるはずだ。


 早くも「ロール販売終了反対!」というシュプレヒコールをはじめるプレイヤーたち。

 その中から、ファルはレオパルトを呼んだ。


「レオパルト!」


「どうした? 何か用か?」


「プレイヤーたちには伝えてないが、このクエストはプレイヤー解放のためのクエストだ。デモを暴動に発展させて、警察にプレイヤーたちを襲わせて、最終的にプレイヤーたちが全員死ぬのが目的だ」


「話を聞いてるだけだと、ファルは極悪人だな。人でなしだな」


「お前もその極悪人の人でなしになってもらう」


「僕は何をすればいい?」


「デモが暴動になるように扇動してくれ。プレイヤーたちが積極的に警察に喧嘩を売ってくれるようにしてくれると、なお助かる」


「分かった。扇動するよ。煽りまくるよ」


「それと、プレイヤーにわざと死なれちゃログアウト条件に当てはまらないから、気をつけてくれ」


「心配するな。プレイヤーたちは無事に殺させる。ゲームから解放させる」


「頼んだぞ、極悪人の人でなし」


 149人のデモ隊の熱気は十分。

 デモ隊の扇動はレオパルトに任せておけば問題ない。

 ティニーとラムダも、おそらく嬉々として警察に喧嘩を売ってくれるだろう。

 

 しかし、念には念をだ。

 ファルはメニュー画面を開き、アイテム欄を眺める。


「デモ隊は多けりゃ多い方がいいよな」


 おもむろに、ファルは短気おじさんNPCを200人ほど増殖させた。

 15時50分、コピー短気おじさんNPCたちとともに、デモクエストが開始される。

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