第5章 これ救出作戦ですし

ミッション5—1 あと99人

 ダンジョン攻略から1週間。

 ファルはヤサカの昼食を求めて食堂へとやってきた。


「ヤサちゃんの胸は揉みやすいなァ。寝起きでボーっとした頭もスッキリするよォ」


「そんな目的で……胸を揉まないでよ……!」


「勘違いしないでよォ。クーノはヤサちゃんの胸が揉めるならァ、どんな目的でも構わないんだからァ」


「もっと悪質だよ! うう……」


 食堂のど真ん中で、クーノに胸を揉まれ紅潮するヤサカ。

 クーノの言う通りだ。ファルも寝起きのボーっとした頭がスッキリする。


「おおォ、ファルさん、おはよう。ファルさんのその顔はァ、ヤサちゃんの胸揉みをやりたいって顔だねェ」


「ファルくん!?」


「……は?」


 ヤサカはクーノの言葉を本気にし、クーノを振り払い、ファルの目の前にまでやってくる。

 そして彼女は、ファルの頬に平手打ちを食らわせた。


「……え? なんで俺叩かれてるの?」


「ファルくんまでクーノと一緒になって……私の胸を……狙うなんて!」


「待て待て待て! 冷静になれ! 俺は昼メシを求めて食堂にやってきたんだ! ヤサカの胸を求めてきたんじゃない!」


「……本当?」


「3割本当だ!」


「あと7割は何!?」


「つうかヤサカ、随分と簡単にクーノを振り払ってたよな。胸を揉まれるのが嫌なら、クーノをさっさと振り払えば良かっただろ」


「たしかにィ、言われてみればそうだねェ」


「ヤサカ、実はお前、クーノに胸を揉まれるの好きなんじゃ――」


「ごめんねファルくん! 謝る! ビンタしたの謝るから、それ以上は言わないで!」


 ヤサカの変態ステータスが0ではない理由が分かった。

 このままヤサカをいじるのも面白そうだが、焦るヤサカが可愛いのでファルはそれ以上は何も言わない。

 ヤサカの意外な一面を知ることができただけでも十分だ。


 さて、昼食の時間だ。

 今日はティニーとラムダが不在のため、食堂は静かである。


 静かな食堂で、談笑しながらパスタを食べるヤサカとクーノ。

 この2人、なんやかんやと仲が良い。

 2人の姿を眺めながら、ファルは朝食の残りである卵焼き地獄を頬張った。


 昼食を食べはじめてからしばらく経った頃。

 食堂にコトミとミードンがやってくる。


「魔王を打ち倒す長い戦い。これに必要なのは、ご飯なのだ! ミードンもお昼ごはんが食べたい!」


「ミードン、ご飯の前に、東也ファル君たちに伝えなきゃいけないことがあるわよね?」


「そうだったのだ! このミードンともあろう者が大事なことを忘れるなんて、不覚! にゃ!」


 いつもの様子のミードンと、いつもより厳しい表情を浮かべるコトミ。

 ファルはコトミに質問する。

 

「どうかしました?」


「田口さんからお話があるわ。ミードン、お願い」


「にゃ! 必殺! スクリーンマジック!」


 魔法を発動するかのようにプロジェクターを起動するミードン。

 壁に投影された映像には、イケメンエリート田口が頭を抱えていた。

 そして、田口の隣には見知らぬ男性の姿も。


《おはようございます、三倉ファルさん。川崎ティニーさんと鈴鹿ラムダさんはどちらに?》


「おはようございます。あの2人は今、外出中です」


《そうですか……》


「あの……田口さんの隣の方は?」


《この方は、パナベル社の代表取締役の有馬さんです》


《はじめまして》


「パ……パナベル社って……パソコンやゲーム機みたいなハードウェアを作ってる……あの大企業パナベル社ですか?」


《そのパナベル社です。よろしく》


「よ、よろしくです!」


 内閣府職員とパナベル社の代表取締役と会話するファル。

 一庶民でしかないファルは興奮を隠せない。

 ヤサカとクーノも驚いている様子だ。

  

 ところが、田口は気にせずに話を続ける。


《3週間のうちに100人のプレイヤーが解放されなければ、捜査本部は救出作戦を中止すると決めました。そして、その3週間の期限が今日です。三倉ファルさん、この3週間で解放されたプレイヤーの人数は?》


「……1人です」


《その通り。柳川警部らも未だデバックルームの発見には至っていません。今、救出作戦は危機的状況です》


《救出作戦が中止されれば、事件収束は遠のくだろう。我々パナベル社は、これ以上にVR市場が萎縮するのを憂慮している。我々としては、救出作戦での早期の事件収束を願っている。つまり、救出作戦の中止は望んでいない》


三倉ファルさん、どうにか今日までに99人のプレイヤーを解放していただきたい》


「心配無用です。100人どころかそれ以上のプレイヤー解放の準備はできてますので」


 あっさりと答えたファル。

 これに一番驚いたのは、田口でもなければ有馬でもなく、コトミである。


「準備ができてるって、どういうことかしら? 私、何も聞いてないわよ?」


「ごめんなさいコトミさん。サルベーション本隊に邪魔されたくなかったんで、コトミさんには伝えてなかったんです」


「そんな……もう少し私を信用してくれてもいいのよ?」


「ごめんなさい」


 聖母に嘘をついたのだ。

 ファルが謝罪するのは当然のことである。

 田口と有馬は、少しだけ表情を明るくしながら言った。


《今日のうちに100人以上、解放できるのですか?》


「できます」


《君を信じて良いのか?》


「はい」


 力強く答えるファルに、半信半疑の田口と有馬。

 一方でファルは、すでに別のことに興味が移ってしまっている。


「それより、俺たちって現実世界でも話題になってるんですか?」


《……なっていますよ。いくつかの雑誌でも取り上げられています》


「どんな風に取り上げられてるんです?」


《手元にある雑誌の見出しを読み上げましょう。『IFR事件救出作戦失敗――3週間で成果1人』『未成年を利用する冷酷松原内閣』『引きこもりが足を引っ張る救出作戦』『IFR事件被害者の正体』『警察〝ゲーム実況〟』『VRが子どもの脳を――》


「もう……いいです……」


 見出しだけでも分かる。

 ファルたちサルベーションとイミリアは、世間の非難の的になっているようだ。

 やはり現実はクソである。


《兎にも角にも、IFRに取り残されたプレイヤーたち、救出作戦そのもの、松原内閣の支持率は三倉ファルさんたちにかかっています。どうか、あと99人のプレイヤーを救出していただきたい》


《VRゲームの未来も君たちにかかっている。我々パナベルも、プレイヤー救出作戦の成功を祈っているよ》


「了解です」


 やけに重たい責任を負わせられるファル。

 現実の面倒ごとを押し付けないでくれ、というのがファルの正直な思いだ。

 だが田口たちの信頼を裏切るわけにもいかない。

 

 ファルはただ、今まで通りにゲーム感覚を維持するだけである。

 田口たちとの会話を終え、ミードンが壁に投影していた映像が消えると、ファルはヤサカとクーノに顔を向けた。


「ティニーとラムダ、それにレオパルトから、プレイヤーたちが江京に集まって、準備も終わったっていう連絡があった。ヤサカとクーノは準備終わってるのか?」


「私はいつ出発しても大丈夫だよ」


「クーノも準備万全ですゥ。今すぐにでもォ、ヤサちゃんとファルさんを江京に送ってあげるよォ」


 ダンジョン攻略から1週間、ファルたちは何もしていなかったわけではない。

 彼らは着々と、救出作戦の次の段階の準備を進めていたのだ。


 富岳島の坑道ダンジョンでは、ボスの間の先にさらなるダンジョンが発見された。

 それを利用し、レジスタンスはダンジョン関連のクエストを募集、数十名のプレイヤーがティニーとラムダの支援を受けながら、ダンジョン攻略――ゲームを楽しんだ。

 おかげで現在、ログアウト条件が揃っているプレイヤーが100名を超えている。


 あとはプレイヤーたちが迷惑行為を行い、警察に殺されるなりすれば、100名前後のプレイヤーが救出される。

 そうすれば、救出作戦が中止されることはない。


「あなたたちが何をしようとしているのかは分からないけど、私も応援するわ。みんな、頑張ってね」


「コトミさん……黙っててすみませんでした! 俺たち、必ず救出作戦を成功させます!」


「頼りにしてるわよ」


 微笑むコトミに、ファルはあらためて救出作戦の成功を誓う。

 ファルは最後の卵焼き地獄を口に放り込み、宣言した。


「よし! ヤサカ、クーノ、出発だ!」


「うん。行こう!」


「出発だァ」


 この瞬間、ファルたちの本格的な救出作戦が開始されたのである。

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