ミッション4—6 ボスの間

 ラムダの乗るバギーに、ファルたちは驚いた。

 簡素なフレームで囲われる4輪バギーの先端には、鋭く尖った鉄パイプが2本括り付けられ、側面には機関銃が装備されていたのだ。

 凄まじい手作り感、世紀末感がする。


「行きますよ! やりますよ!」


 エンジンを全開にさせ、メガビートルに突撃するラムダ。

 彼女は途中でデスグローを轢いたが、そんなことは気にしない。


 バギーとメガビートルは正面衝突。

 メガビートルはバギーのフレームに体を持ち上げられた。

 エンジン全開のまま、バギーは土煙を巻き上げ、メガビートルを壁際まで追い込む。


「アッハハ! カブトムシの裏側気持ち悪いです!」


「巨乳ちゃんがあの化け物を追い込んでるぞ!」


「すごい! バギー1台でメガビートルを追い込むなんて……!」


 ラムダを賞賛するプレイヤーたち。

 ファルも彼らと思いは同じであった。


 突然のことに混乱したメガビートルは、羽を広げ現状打破しようともがく。

 しかしメガビートルが空を飛ぶ前に、バギーがメガビートルを壁に叩きつけた。

 さらに、バギーの先端から突き出た2本の鉄パイプがメガビートルの体に刺さり、メガビートルは壁に釘付けにされ動けなくなる。


「おお! 目論見通りです! 次は機関銃です! 撃っちゃいますよ! 撃ち込んじゃいますよ!」


 ニヒヒと笑うラムダは、バギー両側面に装着された機関銃の引き金を引いた。

 機関銃から次々と発射される弾丸は、メガビートルの腹部をグッチャグチャにしていく。


「なんか変な汁が飛んできます! 変な汁がいっぱい出てきます! くさいです! あ! 汁が口に入りました! 気持ち悪いです! エグいです!」


「……あいつ、楽しんでるのか? 気持ち悪がってるのか?」


「ファルくん、そんなこと言ってる場合じゃないよ! みんな、メガビートルに一斉攻撃!」


 現在、メガビートルは弱点である腹部をあらわにしている。

 このチャンスを逃すわけにはいかない。

 

 ヤサカの号令により、プレイヤーたちは一斉に銃を発砲した。

 15人のプレイヤー全員と、ヤサカ、ティニー、そしてラムダの2つの機関銃から飛び出す、音速を超えた数多の銃弾。

 メガビートルは弱点の腹部を粉々に破壊され、静かに地面に横たわる。


「やった……やったぞ! メガビートルを倒したぞ!」


「獲得経験値500! イミリアで中ボス撃破ははじめてだ!」


「私たちの力で中ボスを倒したのよ!」


「俺たちの勝ちだ!」


 歓喜するプレイヤーたちは笑顔に彩られた。

 ある者はガッツポーズをし、ある者は雄叫びを上げ、ある者は抱き合う。

 

「やりましたね! 中ボス撃破ですよ!」


 バギーを降りてファルたちの元までやってきたラムダ。

 しかし、ファルとティニーはラムダから少しだけ距離をとった。


「ん? あれ? なんで2人ともわたしから離れるんですか?」


「ラムダ、メガビートルの汁でグチャグチャ。くさい」


「ひどい匂いと見た目だぞ。ラムダ、お前よくそのグロさに耐えてられるな」


「目と鼻の先でグロい映像見てたら、感覚がおかしくなっちゃいました! それにしてもファルさんよ、巨乳美少女が何かの体液でヌルヌルなんですよ? グロいっていうよりエロいじゃないですか!」


「誠に残念ながら今のお前がエロいのには同意する」


「さすがトウヤ。ゲテモノでもいける」


「……すぐに汁を落としてこい。鼻がもげそうだ」


「分かりました! ところで、ヤーサもなかなかゲテモノ好きみたいですね!」


「はあ?」


 いやいや、あの天使ヤサカがゲテモノ好きなわけない。

 そう思いながら、先ほどから姿が見えないヤサカを探すファル。


 少しばかり辺りを見渡すと、ヤサカはメガビートルの死体に寄り添っていた。

 なぜだか分からぬが、ヤサカの表情は幸せそうである。

 

「大きなカブトムシ……足の付け根とか可愛い……生きたままコレクションしたかったなぁ……。でも、餌とか大変そうだし……」


「ヤサカ? お前、何言ってるんだ?」


「ふぁ、ふぁふぁ、ファルくん!? う、ううん! 別に何も言ってないよ! コレクションがどうとかそんなことは――」


「オーケー、聞かなかったことにしてやる」


「聞かなかったこと以前に、何も言ってないもん!」


 腕をバタバタさせ、真っ赤になりながら何かを必死に否定するヤサカ。

 その動作がすごく可愛いので、ファルはヤサカの言葉を記憶から消去する。

 こんなに可愛い子が、昆虫の裏側を見て喜ぶはずがないのだ。


「おい! なんかスイッチが出てきたぞ!」


「メッセージ付きだ。ええと……『両手を塞げ。さすれば――」


「――さすれば首が開かれる』だな。よし! スイッチの上に岩を置け!」


 ファルの指示に従い、プレイヤーたちは大きな岩を運ぶ。

 ボスの間はもう目前だ。

 しかしプレイヤーたちが岩を運ぶ間、ファルはデスグローにからまれてしまう。


「俺様はてめえに感謝しねえからな!」


「感謝? 何の話だ?」


「てめえらが中ボスを倒せたのも、俺様が囮になって注意を惹きつけたからだ! てめえらは、俺様がいなきゃ何もできなかったんだよ! むしろてめえらは俺様に感謝すべきだ」


「……はぁ。ありがとうございました、スグロー様」


「何度言ったら分かる! 俺様はデスグローだ! 人の名前も覚えられないような低能は黙って――」


 デスグローの罵声を遮る、1発の重い銃声。

 放たれた弾丸はデスグローの頭に直撃し、デスグローは痛みにのたうち回る。

 誰が撃ったのかは明白だ。AMR82を構えるティニーである。


「ティニー! どうして撃った!?」


「ウザかったから」


「そんな理由で人を撃つな! 世紀末思考なのか、お前は! グッジョブ!」


 親指を立てるファルに、親指を立てて応えるティニー。

 時を同じくして、プレイヤーたちは大きな岩をスイッチの上に置いたようだ。


 岩の重さでスイッチが押されると、どこからともなく歯車の回るような音が聞こえてくる。

 ゲーム感覚で判断するならば、この音は確実にどこかの扉が開いた音。

 少なくとも、ファルたちがいる広い空間で開いた場所はない。


「どこかの扉が開いたみたいだね。どこだろう?」


「メッセージは『首が開かれる』です! 首って何でしょうかね?!」


「モンスターの首は何も起きてない」


「スイッチが両手だとすると……もしかして、道が分かれてた丁字路じゃないか?」


「そっか! 首が開かれる、つまり丁字路が十字路になってるってことだね!」


「よし! 丁字路改め十字路に向かうぞ!」


 金銀財宝を他のプレイヤーに寄越しはしない。

 ファルはプレイヤーたちを置いて、急ぎ十字路へと走る。

 そんなファルを追って、ヤサカとティニー、ラムダも走り出した。


 十字路へ向かう間、ラムダはティニーから受け取った水入りバケツを使い、大量の水を頭から浴びる。

 メガビートルの体液は綺麗に落ち、代わりにびしょ濡れになったラムダはエロさ倍増。

 ファルのテンションは上がるばかりだ。


「あった! 見ろ、思った通りだ! 丁字路が十字路になってる!」


「この先にボスの間が――」


「行くぞ! 宝は俺たちのものだ!」


「あ! ファルくん! ちょっと待ってよ!」


 ヤサカの忠告も聞かず、ファルは新たに出現した通路を走り抜けていく。

 通路の先には、坑道とは違い自然にできあがった広大な空間が広がっていた。

 天井からはいくつもの鍾乳石が垂れ下がっている。


「ここに金銀財宝が……!」


「ファルくん! ファルくんってば!」


「焦るなヤサカ。宝なら俺たちが独り占め――」


「宝物の前にボスモンスターがいるんだよ?! 忘れてない?!」


「あ……」


「その顔、完全に忘れてましたね!」


「金の亡者トウヤ」


「すまん……」


 金銀財宝に目がくらみ、すっかり忘れていた。

 ヤサカの言う通りだ。ここは宝の在り処であり、同時にボスの間でもあるのだ。


 ようやくボスの存在を思い出したファルだが、時すでに遅し。

 ボスの間の出入り口が巨大な岩で閉じられてしまった。

 ファルとヤサカ、ティニー、ラムダはボスの間に閉じ込められてしまったのである。

 

 加えて、獣の唸り声が空間に響き渡り、突如として空間を囲むように配置された松明が光り輝く。

 明かりに照らされた空間の中心には、体長10メートルを超える1匹のドラゴンの姿が。


「みんな……ホントに悪かった」


 はじまってしまったボス戦。

 わずか4人でドラゴンを倒さなければならくなったこの状況に、ファルは謝罪することしかできない。

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