第5章:2度目の反発
25話:衝撃
「それで、国崎さんと愛を語らってきたってわけね」
昨日、国崎に会いに遠い東京まで行って帰ってきた本田は、疲れを癒すためにずっと自室でゴロゴロしている。だが、だからといってそっとしておいてやろうという溝口や千弘ではない。2人が出てくるとなると当然鹿島もついてくるわけで、本田の貴重な休息のための休日は、着実に潰されつつある。
「そうだねぇ」
本田は無視されているのではなく、全く気付いていないらしい。溝口のほうが恥ずかしくなってきた。本田の邪魔をしている罪悪感も出てきた。
それにしても、本田の話は衝撃的だった。溝口は、先日本田の話をあしらってしまったことに少し後悔をしていた。かなり複雑で長い話を本田から聞かされたが、それでも国崎との会談のほんの一部だというから驚きだ。
「ネットショックがまた起こるだなんて、考えたくもない」
ようやく以前の半分の数までSNSの友達を増やした千弘が震える。
「俺は、ADLERがそんな汚い企業だったというのが驚きだな」
失望したように言うのは鹿島だった。
「外資系ソフトウェアって、そういう話から遠いイメージがあったから。まだ信じられない」
やはり、工学部系の人間にとって、ADLERというのは、入ろうとして入れるものではない憧れの企業だったのだろう。ネットショックが起こるまでは、本田もそうだった。
「ADLERの名誉のために言っておくと、社員が何十万人といる中の1人だからな」
「国崎さんも手先だったんだろ、そいつの」
「でも協力は取り付けた。裏切ってもいいとは言ってるけど、国崎さんの性格を考えると、多分ないと思う。最悪、裏切ったとしても、結果はやらないのと同じだから」
憧れていた企業の人間と対等にわたり合わなければならないうえ、ここまで割り切って考えなければならない本田は、この状況をつらいとは思わないのだろうか。プレッシャーに思わないのだろうか。思わないからできるんだろうな、と溝口は妙に納得した気分になる。
「ここまで言ってアレなんだけど、第2次ネットショックは、俺とADLERだけじゃどうしようもないんだよね」
部屋着の本田はクッションに顎を乗せ、のんびりとスマートフォンを触っている。
「じゃあどうするの?」
インターネットが復旧してから、ネットショックの当事者であり続けているのは、忙殺されている本田だけで、溝口たちはどこか蚊帳の外にいた。土産話を聞くだけで十分で、渦中に入る気もなかった。だから、他人事のように軽い気持ちで尋ねた。
「溝口たちにも協力してもらおうと思って」
本田は寝返りを打ち、後頭部をクッションに乗せた。
「……え?」
溝口は横を向く。鹿島と千弘と目が合った。疑問を抱いているのが自分だけではないと確認して、また本田に確かめる。
「溝口たち、って言った?」
「言った。協力してもらおうと思って」
頼むよ、と本田は笑う。寝っ転がって、笑ってお願いできることなのか? それにしては話が重すぎないか? わざと、軽薄そうに言うことで話に乗せようとしているのだろうか。
「俺はさすがに無理」
「うーん、僕も無理だな」
鹿島が軽く手を上げて本田の部屋を出て行こうとする。溝口もそれに倣って話から降りようとした瞬間、本田が素早く溝口の腕を掴んだ。
「4人いないと無理なんだ。お願い。頼むよ。報酬も出す」
鹿島も、部屋のドアに手をかけようとしたところを止められた。溝口たちは顔を見合わせる。
「みんながいないと、またインターネットが死ぬんだ。頼むってば」
本田はあくまで笑顔だ。千弘をしのぎ、国崎をも丸め込む話術はこれかと溝口は思った。
ドアの前に立っていた鹿島、立ち上がりかけている溝口、2人を交互に見る千弘、そして溝口の腕を掴む本田。一瞬静まり返った部屋で最初に動いたのは鹿島だった。
「話だけは聞く」
鹿島は本田のそばに戻ってきて畳の上であぐらをかいた。本田はそれを聞いて顔がぱっと明るくなる。そんなにインターネットが好きなのか、と溝口は思う。
本田は、自分の趣味が世界の経済などに関わったとしたら、それに積極的に飛び込んでしまう男だっただろうか。それは、情熱なんかでは片付けられない。
「まず、なんで協力するのが僕たちなの? 言っとくけど、僕はただの一般人だからね。パソコンについても、インターネットについても、知識はゼロだから」
「ADLERの人がダメだって」
「ダメってどういうこと?」
本田は国崎に協力を取り付けたのではなかったか。それがあっさり拒否されるというのは、どこか怪しい。
「相手はCIOだから、日本ADLERの社員の名簿なんか簡単に手に入るだろ。それで俺の計画を実行したら、後でどの社員が協力したかわかってしまうからだって。ただ、バックアップは万全にすると約束してもらった」
溝口たちは顔を見合わせる。ADLERがやったことがバレたら、大変になるような計画を自分たちにさせようというのだろうか。
「どんな計画を持ち込んだんだ」
本田は鹿島の問いに答えず、誤魔化すように笑っている。
「言いたくないの?」
「いや、そんなことはないんだけど」
言いたくないのだろう。本田が、こういう時にこんな対応になるというのは、前のネットショックの時に学習した。
「わかった、具体的内容は後で聞くね。で、その計画を実行したところで、第2次ネットショックを防ぐなんてできるの?」
千弘は単刀直入に尋ねた。
「詳しくない僕が言うのもなんだけど、もう全世界のサーバーにウィルスは感染してるわけでしょ。いくらADLERのバックアップがあるといっても、それを僕ら数人でなんとかできるとは思えない」
いつになく真面目だった。弁も立ち頭もいい千弘は、いくら本田でもそう簡単に口説くことはできまい。
「まさか、ちゃんと考えてあるよ。国崎さんに、仕込んだウィルスの詳細はちゃんと教えてもらってる」
「国崎さんって、そういうのできるの?」
彼女はエンジニアではない。計画のある程度の概要はわかっていても、ウィルスの詳細を本田に伝えるというのは非常に難しいことになる。
「出来るっちゃできるだろうけど、大変らしいよ。俺には言わないけど」
溝口は、かつて一瞬だけ見た国崎の顔に思いを馳せる。あの無口ながらも繊細そうな彼女が、板挟みの末に日本、いや本田を選んだ。さらに、誰にもバレないようにウィルスの詳細を持ってくるほど身を捧げるとは、えらく信用されている。
本田は、パソコンテーブルの奥から、1つのUSBメモリを取り出す。
「あ、例のコンピュータウィルス?」
「だったらいいんだけどね。さすがにウィルスを持ち出すってのは厳しいから、代わりに持ち出せるだけの情報を全部をもらったんだ。これが送られてきたのが今朝」
「ADLERだったら、USBメモリって持ち込みできないよね」
「相当危険な橋を渡ってるんだと思うよ」
会ったこともない国崎の覚悟が伝わってくる。鹿島は黙り込んだ。
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