04

 『しらゆき姫』のおうひさまからの逃れたすずは、甘いかおりで目をさました。

 ごしごしと目をこすりながら顔をむけた先にあったのは、”読者の世界”ではまず見ることのないものだった。

 カラフルな色合い、こんがり焼けたカベ、ピカピカのまど。

「お、おかしの家……だなあ、これは」

 森のなかにデデーンとかまえる、そのスイーツハウスは、もちろんテーブルにのるようなドールサイズのものではない。

 クッキーのドアに、水あめのまどガラス、スティックキャンディーのまどわく、ビスケットのやねに、マーブルチョコのタイル。

「信じられない。本当に絵本のとおりのおかしの家が、目のまえにある」

 すずは目をきらきらとさせ、おかしの家を見つめる。

 そのとき、ガサガサと地面を歩く音が、近づいてきた。

 すずは、とっさに家のかげにかくれ、ビスケットのカベから、ようすをうかがう。

 足音のぬしは、ふたりの男の子と女の子だった。

「うーん。あの子たち、ぜったいヘンゼルとグレーテルだよね」

 すずは、かくしんする。

 ふたりはさっきのすずとおなじように、目をかがやかせておかしの家を見上げると、なんのまよいもなく、おかしを手にとり、ぱくりとかぶりついた。

 そのときすずは、ふいに絵本のおはなしを思いだした。

 このあと、魔女があらわれ、ヘンゼルがつかまり、グレーテルは魔女にこきつかわれることになるのだ。

 クライマックスでは、ヘンゼルが魔女に食べられそうになってしまう。

 そんなことになっては、かわいそうだ。

 すずは、しげみからとびだし、ふたりへむかってさけんだ。

「だめっ。それを食べたら!」

 ヘンゼルとグレーテルが、すずをふりむき、おどろいたカオをしている。

「なんでだよ」

「え、それは、その……」

 ふしぎそうに見てくるヘンゼルに、どうようする、すず。

 『ヘンゼルとグレーテル』のお話なのに、自分が勝手にお話を変えてもいいのだろうか。そう思ったのだ。

 ヘンゼルのうしろには、グレーテルもいて、不安そうにしている。

「アンタ、だれ?」

 ヘンゼルがすずたちをまじまじと見ながら言う。

「えっと」

 なんと言えばいいのだろう。

 もたついているすずに、ヘンゼルがせかすようにおかしの家をゆびさした。

「もしかして、この家のヒト?」

「ちがう、あの家は……魔女の家で…-」

「魔女っ?」

 すずの言葉に、グレーテルが飛び上がる。両手で口をおさえ、ふるえだす。

 おうひさまが”何度も何度も同じ話をくりかえすのは、あきあき”とか言っていたのを思い出す。グレーテルが絵本のとおりのいい子のようで、すずは安心した。

 自分は、絵本のキャラクターではないから、カレらのキモチはわからないけれど。でも、やはり絵本のキャラクターたちにはそのままでいてほしいなあ、なんて思った。

「あれ、魔女の家なの?」

「そ、そうだよ。だから」

 おびえるグレーテルに、すずもひっしに真実を教えようとするが、それをヘンゼルは鼻で笑った。

「魔女だって? 魔女があんなかわいい家にすんでるわけないだろう。どうせ、アンタもあの家を食べに来たんじゃないの。食べるぶんがへるのがイヤで、そんなこというんだろう。気にすることないぜ、グレーテル」

「そ、そうなの?」

 グレーテルが、すずにたずねる。

「ちがうっ、あれは本当に、魔女の家なの」

「あーっ、もう。うるさいな!」

 ヘンゼルはグレーテルの手をひき、おかしの家までもどると、ドアノブのドーナツボールをとり、すずに向かってゆるく放った。

 思わず、うけとってしまう、すず。

「食べたいなら、食べればいいじゃないか。あんなにあるんだから、よくばるなよな」

「あ、あのね、少しは話を」

 ドーナツボールをにぎりしめながら、すずはうったえるが、ヘンゼルとグレーテルはおかしの家のゆうわくに負けたのか、またぱくぱくと食べはじめてしまった。

「ちょ、ちょっと」

 そのとき、おかしの家のまどがガタン、とひらき、なかから丸いタマがみっつ、いきおいよくとんできた。

 するとタマはヘンゼル、グレーテル、そしてすずのカラダにひっつく。

「なにコレ! ネバネバしてとれない!」

 よく見ると、それはガムだった。しかも、ネバネバがハンパじゃない。

 ガムはおかしの家のまどからミョーンとのびている。そのガムはとても伸び縮みがよく、コシがあった。

 ぐいっと家のなかから、ガムがひっぱられた。

「なんなのっ?」

 すずはあっというまに、家の中にひきずりこまれてしまった。


 *


 ルイスが目をさましたところは、さばくのまん中だった。

 だまって立ち上がったルイスは、ぐぐっと右手をにぎった。

「いでよ、黄色い絵本の精霊”パージナ”」

 右手をパッとひらくと、そこにまるい光の玉がうかんでいた。黄色のあわい光をはなちながら、きらきらとした光のこなをこぼしながら、とんでいる。

「パージナ。ここがどこの世界の物語なのか、あたりのようすをさぐってくるんだ。気づかれないように、すがたを消して」

 パージナはくるくるとルイスのまわりをとんでから、ぴゅーと、さばくの地平線へと飛んでいった。

 ルイスはさばくのまん中にすわりこみ、じっとまっていると、しばらくしてパージナがもどってきた。

 精霊の声はとても小さいので、ルイスは耳をすませる。

「すずは、『ヘンゼルとグレーテル』の世界のなかか。なぜそんなところに」

 ヒソヒソと話すパージナは今まで見てきたコトをほうこくする。

「ここは『アラジンと魔法のランプ』の世界なのか。わかった、ありがとう」

 ルイスはパージナを左手のなかにつつみこむととそのままパージナは消えてしまった。

 ルイスは、ステッキをふりあげ、また呪文となえはじめた。

「いでよ、透明の絵本の精霊”レ・アーリ”」

 すると、細長い光があらわて、ルイスのせなかにとまったかと思うと、ルイスのすがたはさばくから消えてしまっていた。

 そのとき、さばくの黄色いすなに、黒く大きなカゲがうつった。ルイスが困ったように言う。

「こらっ、レ・アーリ」

 すると、そのカゲもパッとその場から消え、あとにはかわいたすなの海がはてしなく広がっていた。


 *


 ネバネバのガムからかいほうされたすずの目のまえには、おおきなカマドがあった。

 その前に、黒いローブをきた、いかにもな魔女がヘンゼルとかかえ、立っていた。

 そのとなりにはグレーテルが、真っ青な顔をしてガクガクとふるえていた。

 ヘンゼルがグレーテルをなだめている。

「グレーテル、そんなカオするな。とにかく、おちつけ」

「でも、でもヘンゼルが」

 そんなふたりを、魔女がおもしろそうにこうごに見てから、ニヤリとわらう。

「もう少し太らせてから、食べてやろうと思っていたのだけれどねえ」

 グレーテルの目に、いっきになみだがあふれる。

「た、たべ!?」

「ヒッヒ。まあ、いいさ。おうひさまのご命令だからねえ。アタシら、ワルモノの天下がくるとあらば、しゅだんはえらんでられないってワケさ」

 魔女はヘンゼルのあたまをつかみ、カマドへちかづける。

「ヘンゼル!」

 グレーテルがさけんだ。

「ヒヒヒ。邪魔な主人公たちには、きえてもらわないとねえ」

 魔女がまたさらにグイッとヘンゼルをカマドによせつける。

「ちょっと、ヘンゼルたちをどうするつもり!」

 すずが、前へ出て、さけんだ。

 魔女がカオをあげる。

「アンタ、だれだい? 見たコトがないが、新キャラかなにかかい」

「『ヘンゼルとグレーテル』の新キャラじゃあないけど、なぜかここにいる鈴井すず。てかさ、ヘンゼルから手をはなしたら?」

「スズイスズゥ? おかしな名前だね」

 ヘッと、くちびるをひきつらせる魔女。

 すずは気にすることなく、そばに立てかけてあったモップを手にとり、両手でにぎりしめた。

「あのさ、ヘンゼルとグレーテルたちには、あたしにたいしてなんの義理もないかもしんないけど、ずっと小さいころから童話をよんできたあたしには、ふたりをたすける義理があんの」

 モップをふりあげ、魔女にむかってはしり出す、すず。

「とにかくさ、ワルさなんてさせないよ。あたしの目のまえで」

「にくたらしいガキだこと!」

 魔女がパチンとゆびをならす。

 すると、カマドのほのおがゆらゆらともえだし、パチパチとはじけだす。

 グレーテルがさけんだ。

「魔女が魔法をつかったわ! にげて!」

 すずは、ハッとみがまえるが、モップではどうすることもできない。

 カマドのほのおが、すずにおそいかかる。

「やばっ」

 モップをかまえながら、あたまをかかえる、すず。

「もえつきな!」

 魔女のわらい声が、ひびきわたる。

 そのとき、なにかがとんできて、天井からぶらさがっていた小さなシャンデリアにぶつかり、おちてきた。

 ガタンッ、ガシャン!

 カマドのほのおの上に、それはおちた。

 シャンデリアのハヘンが、とびちる。

 パチパチパチ、とシャンデリアのしたで、カマドのほのおがゆれている。

「水あめとキャンディーのシャンデリアか。もう、とけてしまったね」

 ふわふわのシフォンケーキのじゅうたんの上を白い髪の男があるいてくる。

 すずがモップをすて、かけよった。

「ルイス!」

「すず。ごめんよ。だいじょうぶかい?」

 すずはコクリとうなずく。

「ぶじだったんだ!」

「ああ、わたしはルイス・キャロルだからね。童話の世界でそうかんたんに、やられたりしないさ。ただ、すずには、心配かけてしまったね」

 ルイスが、すずのあたまにポンと手をおいた。にっこりとほほえむ、すず。

 ルイスもわらった。

「すずをおいて、どこかになんて、行ってられないよ。わたしはキミをぶじに、”読者の世界”にかえさないといけないんだから」

 魔女にむかって、ルイスがステッキをかまえた。

 魔女がくつくつとわらいだす。

「アンタ、この世界の案内人だね。名前はたしか、ルイス・キャロル。かりにも、童話を書いてきた人間が、キャラクターをしりぞけるのかい?」

「そのとおりだよ。わたしはこの世界の案内人だ。だからわたしは”読者”を守る」

 すっかりトロトロにとけ、さとう水にもどったシャンデリアのまわりをとんでいた、細長い光がステッキにとまる。

「”レ・ア—リ”」

 さとう水のしたで、チョロチョロとゆれているほのお。

 魔女がためいきをつく。

「すっかり、しおれたほのおになっちまって、かわいそうにねえ、カマド」

「もう、あきらめたらどうだい」

 ルイスが、言う。

「チッ、ナマイキな男だね」

 魔女はふてくされたカオをした。

 ルイスはステッキでヘンゼルの服のうしろエリにひっかけ、カレをくいっとひきよせた。よろけながら、おぼつかない後ろ足でひきよせられるヘンゼル。グレーテルがなみだににじんだ目を細めヘンゼルにだきついた。

 ルイスがステッキで、かたをポンポンとたたきながら、魔女に言った。

「さあ、こうさんするんだよ」

「バカな。あたしゃあね、『ヘンゼルとグレーテル』のおろかな魔女でおわるつもりはないんだよ。これを見な!」

 魔女はローブのそでのなかから、まっ赤なリンゴをとりだした。

 ルイスがれいせいに、ぶんせきする。

「『しらゆき姫』のリンゴ?」

「つまらない男だねえ。これは、ただのどくりんごじゃあないのさ。”魔人”のチカラをやどした”さいきょうになれるどくリンゴ”、『アップル・デル・ディアボロ』」

「魔人のチカラ、”アップル・デル・ディアボロ”……だって」

 ルイスが目をみひらく。

「見るがいいさ。アタシのさいきょうのすがたをね!」

 魔女が口を大きくあけ、リンゴをかじろうとする。

「そうはいかない。”レ・ア—リ”」

 あわてて、ステッキにとまっていたレ・ア—リをとばすルイス。

 ビュン! と、すばやいうごきで、レ・ア—リは魔女のもとへとんでいき、その口のなかにとびこんだ。

 魔女は目をむきだし、なにごとか! と、もがいている。

 すると、みるみるうちに魔女のそのカラダはちぢんでいく。ゴトン、とじゅうたんのうえに、リンゴがおちた。

「な、どうしたと言うんだっ」

「好き勝手させないよ、読者の子どもたちがおびえてしまう。今キミがしようとしたことは、絵本の適正年齢をあげる行為だ」

「このおジャマ虫が〜!」

 すずのくるぶしほどのしんちょうになってしまった魔女がさけぶ。コビトのような大きさに、すずも、ヘンゼルとグレーテルも、ふしぎそうに魔女を見おろす。

「ルイス、なにしたの?」

 すずがルイスを見上げ、言う。

「ああ、これだよ」

 ルイスの手には、小さなビンがにぎられていた。

「それ! おやゆび姫にあげたアリスの小ビン」

 すずが口をおさえ、言った。チャプチャプとなかで、液体が音をたてている。

「いつ、きんきゅうじたいになるかわからないから、ここにくるとちゅうで、”あるルート”から手に入れておいたんだ。レ・ア—リにコレをもたせて、魔女の口のなかへとばした。ただそれだけのコトさ」

 ルイスは、小ビンをジャケットのポケットにしまった。

 ルイスのところへもどってきたレ・ア—リが、くるくるとステッキのまわりをとんで、ゆっくりともち手にとまった。

「たすかったよ、レ・ア—リ」

 細長いレ・ア—リが、カラダのはしとはしをパタパタとうごかす。鳥のようなうごきではあるが、鳥ではないらしい。

「ルイス、おやゆび姫が」

「ああ、わかっている。つかまっているんだね」

「うん、たぶん『しらゆき姫』のおうひさまに」

 ルイスのみけんに、ふかいシワがきざまれるのをすずは見た。

 そのとき、ヘンゼルが魔女のうしろエリぐりをつかんで、つかまえていた。

「コイツ、にげようとしていたぜ」

 そばにあったカラっぽのティーポットに魔女をポイっといれてフタをしてやった。

「どうする? グレーテル」

「ど、どうするっていわれても」

 あせるグレーテルに、ルイスがかわりにこたえた。

「ヘンゼル、グレーテル。この魔女のコトは、キミたちにまかせる」

「オレたちに?」

 ヘンゼルがティーポットをヨコにふる。

 なかから、おこっているようすのどなり声がかすかに聞こえた。

「すぐに、かいけつしなければならないモンダイができました。なので、おまかせできますかね?」

 すると、ヘンゼルより先に、グレーテルがきんちょうしながらも、むねをはって、こたえた。

「は、はいっ」

 そのとなりで、ほほえんだヘンゼルは、ルイスを見て、うなずいた。

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