02

 気づくと、薄暗い地下室に横たわっていた。

「ここは……」

 すずは、さっき起こったコトを思い出す。

「ゆ、夢じゃないのかな……」

 すずはホッペタとつねってみる。しかし、やっぱり痛い。

 さっきの穴から、どのくらい落ちたのだろう。カラダで特に痛い場所はない。

 目のまえは薄暗く、じめっとした空気だ。床が冷たいので、すずは体を起こし、立ち上がった。

 あたりをぐるりと見渡してみる。たくさん置かれたワインが目についた。棚に、何百本としまわれている。

「すごい数のワイン。ワインセラーってやつかな?」

「魔人は、ワインが大好きなんだ」

 誰かの声がしたハズだが、あたりには誰もいなかった。声のしたほうを見ると、その奥の棚から、しましまの模様をしたフサフサのしっぽが垂れ下がっていた。

 ネコがいるようだ。すずは声のしたほうへと歩みよる。しかし、ネコのカゲもカタチもない。

「たしかに、声がしたんだけどなあ」

「鈴井すず。”キミの絵本の世界”へようこそ」

「ウワッ?」

 思わず、ネコから飛びのく、すず。

 やはり、声はネコから聞こえる。と、いうコトは、そういうコト?

「ネコがしゃべった」

 ネコの口が三日月形に歪んだ。

「キミが”絵本を愛したこの世の星の数ちょうどの命”だよ。だからここにトクベツに呼んであげたのさ」

 すずは、ネコのカオをのぞきこむ。

「どういうこと? アリスみたいに、あたしもここで何かをすればいいの?」

「まあ、呼んだのはたしかにボクなのだけれどね。ボクも、キミが何をすればいいのかは、知らないのさ」

「え」

 ナニ、それ?

「その支配しているヒトに聞けばいいの? そうすれば、家に帰れるの?」

「ん〜。どうだろう。ボクは何も知らないから」

 すずは、あいまいなネコに小さく息をつく。

「アナタがそのヒトのところに案内してくれるの? てか、アナタはなんなの?」

「ボクは、チェシャネコ」

「や、やっぱりそうだったんだ」

 すずの大好きな絵本のひとつ『ふしぎの国のアリス』のチェシャネコ。

 彼はにんまりと口を大きく曲げて、笑う。

「ボクはキミのことを見守るだけなんだ。案内するのは、ルイスさ」

 チェシャネコがシッポでさした先には、ルイスと呼ばれた不思議な格好の男のヒトがいつのまにか立っていた。さっきまではいなかったハズなのに、ケムリのように現れた彼に、すずは肩を震わせ、驚く。

 白いボブカットに赤い目、黒いスーツに黒い革グツ。手には白い手ぶくろをしている、おじさんだ。

 ルイスがペコリとあたまをさげたので、すずもならって、腰をおった。

 チェシャネコは言う。

「カレの名前はルイス・キャロル。ボクたちの、心臓だよ」

「うん、知ってる。『ふしぎの国のアリス』を書いてくれた人だよね」

 すずが、ルイスをまじまじと見る。

「でも、写真見たコトあるけど、こんなカッコウしてなかったよ」

 すると、チェシャネコはルイスの頭の上に飛び乗り、シッポをゆらす。

「ここは”絵本の世界”。そして、このルイスは絵本のチカラが作りだした、マボロシのようなものなのさ。だからこの彼は本人じゃあないんだよ」

「本人じゃない……」

「そう。イメージのようなモノなんだ。彼にはこの世界の案内人をしてもらっているよ」

「じゃあ、チェシャネコはなんなの?」

「ボクはただのチェシャネコだよ」

 チェシャネコは、その大きなムラサキの瞳を細め、すずを見つめる。

「すず。それじゃあこれから、ルイスについて、この世界を支配している『彼』のところに行ってきて」

「ちょ、ちょっとまって。その彼って誰なの。そこに行けば、本当に家に帰してもらえるんだよね?」

 焦るすずに、チェシャネコは言った。

「そこに向かう途中で、無事に帰れると思う」

 それだけ言うと、チェシャネコは、スーッと消えていった。

「なんなの。どういうコト」

 チェシャネコの言った最後の言葉に、すずはサーっと血の気がひいていくのを感じた。

 青ざめているすずの頭に、大きな手がポンとおかれ、よしよしとなでられた。

 ルイスだった。

「あの」

「なんだい?」

「あなた、本当にルイス・キャロルなんですか?」

「ああ、そうだよ。生きていたころの記憶も、ちゃんとある。でも、タマシイとかユーレイとか、そういうのじゃあなくて、絵本の中のただのマボロシなんだけれど」

 ルイスはそういうと、すずのそばにあった木箱にすわり言った。

「キミは、うさぎを追いかけて、ここへ来たんだろう?」

「うさぎ……」

 そういえば、色々あって、忘れていた。

 あの雲からおりてきた、うさぎ。それを追いかけて、こんなところへ来てしまったのだった。

「あのうさぎは、わたしの精霊なんだよ。絵本の世界だからね、色んな精霊と友人になったんだ。チェシャネコに言われて、アリスの童話どおりにキミをつれてこようってなったのさ。ワクワクしたかい?」

 ルイスは楽しそうに笑っているが、すずはまったく理解できなかった。

「魔人ってなんなの?」

「彼が今この”絵本の世界”を支配しているんだ。魔人は”絵本の世界のトリコ”になっている”読者”が大好きなのさ」

「トリコって、わたしのこと?」

 すると、ルイスはまたすずの頭に手をのばし、やさしくなでる。

「大丈夫。必ず、わたしがキミを守るよ」

 やわらかにほほえむ、ルイス。

「無事に、魔人のところに連れていく。そして、家まで送り届けるよ」

「ありがとう。ルイスさん」

「ルイスでいいさ。そういえば、キミの名前を聞いていなかったね」

「えっ」

「教えてくれないかい?」

 すずは、なんとなくルイスの赤い目から、カオをそらして言った。

「す、鈴井すず」

 ルイスの赤い目が、こっちをじーっと見ているのを感じる。

「あの」

「ん?」

「あんまり、見ないでくれる?」

「なぜ?」

 ルイスが、首をかしげている。

「恥ずかしいからに、決まってるでしょ」

 すずはくちびるをとがらせ、ルイスをうらめしそうに見上げた。

「すず、という名前があんまりいい名前だから、ついね」

「あ、そう……」

 ルイスがあまりにも、嬉しそうに見てくるので、すずはつい口を開いた。

「すずって名前はね、おばあちゃんがつけてくれたの。すずのような、コロンとしたキレイな音色の女の子になるようにってさ。名字に鈴井って入ってるのにね……おかしいでしょ。でも、あたしは気にいってるから、別にいいんだ」

 それで、男子にからかわれてることもあった。”すずと、すずが二個もあるなんて、ヘンな名前だな!”と。

 けれど、別に気にしなかった。でも、少し内気な性格になった。

 一歩、ふみだす勇気をどこかに置いて来てしまっている。そんな気がしていた。

「あたしも、アリスみたいに冒険したいってずっと、思ってた。こうやって」

 すずが、伏し目がちに笑う。

「本当は、少しだけわくわくしてる。でも、あたしなんかが、こんなトコロに呼ばれるなんて、あるんだね」

「すず」

 ルイスが言う。

「キミがここにきたのは、キミだからだよ。それをキミ自身が”ちがう”と言って、突き放してしまわないでほしい」

 そんなコトを言われるとは思っていなかったすずは、驚いた。

 すると、絵本を読むときのワクワクが、またわきおこる。

 ルイスとのこれからの冒険に胸がときめくのを感じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます