短編集*子どもと人ならざるもの

狐塚ポップコーン洋品店

クロスオーバー・フェアリーテイル*不思議の国のすずちゃん (連載中)

すず「ここ、どこなんですかっ?」女神さま「ん~わかんないから、自分で聞いて来て~」

01

「あなたがおとしたのは、『金のオノ・銀のオノ』の絵本? それとも『ふしぎの国のアリス』の絵本?」

 そんな質問を泉のなかから出てきた女神さまにされたのは、たしかうさぎを追いかけてきたからだ。

 うさぎをおいかけてきて、泉からでてきた女神さまにこんなようなコトを聞かれるって――。

 すずは、思った。

 そんな童話、どこかで読んだことある。でも、いやちょっと待って。

 うさぎ? 泉のようせい? ――その話、なんかおかしくないかな。


 *


 その、おかしなうさぎに出会う、ちょっと前のコトだ。

 すずは、菜の花畑で、一人絵本を読んでいた。おやゆび姫、シンデレラ、ヘンゼルとグレーテル、ふしぎの国のアリス。何回も何回も読んで、「ふう」と息をつくと、黄色のじゅうたんに、ごろんと寝っ転がった。

「絵本の世界はいいよなあ」

 ぽそり、と空を見ながら、つぶやく。

 空には、ふわふわとした雲がうかんでいる。天気のいい日だった。 

 じっとそれを見つめていると、丸いかたちをした雲が、不自然にもわもわと動き出す。こんなに雲は、せわしなく動けたっけ。

 もこもこ……ぴょこん! と、丸い雲の上に、二本の細長い雲ができあがる。

「ん?」

 まるで、うさぎみたいになった雲に、思わず、頭をあげた。

 いつの間にか、カラダも出来上がっており、それは完全に、うさぎのカタチとなった。

 ぴょんぴょん、といずこかへはねていくうさぎの雲は、空からいっきにジャンプして、どこかへと降りて行った。

 菜の花畑から急いで起き上がり、うさぎを追いかけようと、散らばった絵本をかき集め、手さげバッグにつめこむと、急いで走りだした。

「なんか、ふしぎの国のアリスみたい」

 すずは、胸がワクワクしてきているのを感じていた。


 *


 すずは、うさぎをおいかけ、いつのまにか森のなかを歩いていた。

 キレイに育ったコケがもっさりとそこらじゅうに生え、うっそうとしげった大きな木は、森のなかに天井があると言えるほど、空をおおいつくしている。スキマからさしこむ光が、葉っぱに伝う雫をきらきらと照らしている。

 絵本のつまったバッグをだきしめ、歩くすずだったが、そのときパキン、と細い枝をふみつけてしまった。

 はいてきた白いフラットシューズは、あきらかに森を歩くのに、不便だった。

 腰まである、まっすぐの長い髪。前髪はまだキッチリとまゆ毛の上に切りそろえたばかりで、視界はよく見えた。

 今日のコーディネートは白のブラウス、むなもとに赤いリボン、黒のカーディガン、グレーのスカート、黒いタイツ。その黒いタイツが、さっき飛び出していた小枝にひっかかり、少しぬい目が乱れた。やぶけなくてよかったが、今すぐ帰りたいと思ってしまった。

 こんな深くまで、歩いてきてしまったことをすずは後悔した。

「もう、帰ろ」

 引き返そうとしたとき、木々のスキマから、ポチャンという水音が聞こえた。

 目をこらすと、そこに泉があった。どうやら、魚がはねた音のようだ。

 だいぶ歩いたので、足が疲れてしまっていた、すず。あそこで、しばらく休憩するのもアリかもしれない、と歩き出す。

 すずは生い茂る雑草をかきわけ、泉のほとりにようやくたどり着いた。

 透き通った水。こんなにキレイな泉を見たのは初めてだった。

 底のほうをよく見ようと、身をのり出す、すず。

 そのとき、いきおい余って、カラダがよろけ、そのひょうしにバッグから手をはなしてしまった。ボトン、とバッグが泉におちた音が、森にひびく。

「ああああっ!」

 すずはへたへたとその場に座り込む。

「絵本……あたしの絵本が……」

 急いで拾おうとするが、すぐそこに落したはずなのに、バッグが見当たらない。こんなに泉の水は透き通っているのに、あたりを見回しても、バッグは見つからない。

「そんな……」

 なんで、ないの?

 悲しみに、涙が目に、じんわりとにじんでくる。

 絵本は、すずにとって一番大切な宝物だった。

 絵本の世界を読んでいる時、とても胸がわくわくする。その感覚が、大好きだった。

 絵本をぜったい見つけ出す。

 すずは、意を決して泉のなかに入ろうと、足を水面の上までのばした。足先が、すこし水面にふれた。

 そのとき、泉のまん中あたりから、細い光のスジがのぼる。

「な、なに」

 すずは、眩しい光のスジに、カオをしかめ、足をもとに戻した。

 その光のスジはまたたくまに太くなり、輝きを増していく。

 そして最後にはあたり一面を光でおおいつくし、すずはあまりのまぶしさに、うでにカオをうずめた。

 そのとき、声がした。

「あなたが落としたのは、『金のオノ・銀のオノ』の絵本? それとも『ふしぎの国のアリス』の絵本?」

 泉から、とてもキレイな女神さまがあらわれた。女神さまは泉の上にへいぜんと立っていた。女神さまの足もとの水面に、波紋がひろがっている。

「えっと、これって、まるで……」

 すずは、読んだ覚えのある、この状況に、目を白黒させた。

 これは、夢? それとも、現実?

 だけど、さっき水面にふれた水はたしかに冷たく、リアルな感触だった。

 混乱しているすずだったが、女神さまはおかまいなしだ。それが仕事と言わんばかりに、さっきと同じ言葉をすずに言った。

「あなたが落としたのは、『金のオノ・銀のオノ』の絵本? それとも『ふしぎの国のアリス』の絵本?」

 深呼吸をする、すず。

 童話では『オノ』だったが、すずの場合は『金のオノ・銀のオノ』の絵本か『ふしぎの国のアリス』の絵本のどちらかを選べと、言われている。

 すずは今日は、『金のオノ・銀のオノ』の絵本を持って来ていなかった。なので、間違いなく答えは『ふしぎの国のアリス』だ。

 しかし緊張して、なかなか声にだせない、すず。

 すずが言いよどんでいると、女神さまはもう一度おなじトーンで、これで三回目のあの言葉を言ってくる。

「あなたが落としたのは、『金のオノ・銀のオノ』の絵本? それとも『ふしぎの国のアリス』の絵本?」

 すずは、三度目の正直で、覚悟を決めた。キッと、顔をあげると、女神さまに向かってキッパリと言った。

「あたしが落としたのは、『ふしぎの国のアリス』です!」

 すると、女神さまはニッコリと、柔らかな笑顔でほほ笑んだ。

「大正解! 正直者なのね、えらいわ。おめでとう!」 

 嬉しそうにパチパチと拍手をする、女神さま。

 わけが分からず、すずはボーっと立ちつくした。

「あ、あの」

 いったい、どういうコトなのか? 聞こうとしたら、女神さまはいきなり、花の鉢植えをすずによこしてきた。

「えっ」

 すずの頭の上に、クエスチョンマークがいくつも浮かんだ。

 鉢植えには、赤い小さな花たちが、咲いている。

「このセンデットゼラニウムの花言葉は、『思いがけない出会い』」

 女神さまは、再び陽だまりのようなキレイな笑顔をすずにむけた。

 そのとき、泉がまっぷたつに割れて行き、だんだんと泉の底が丸見えになっていく。

 すずは、いよいよどんな顔していいのか分からず、ただボーゼンとするしかなかった。

 すると、女神さまが鉢植えを抱えるすずの手に、自分の手をそっと添えた。

 泉の女神さまだからなのか、ひんやりとしたその手に、少し心が落ち着く。

 しかし、その女神さまは、またさらに理解の追いつかないコトを言い出した。

「さあ、行ってらっしゃい。アナタを必要としている世界に」

「はい?」

 泉の裂けた部分から、すずの目のまえに現れたのは、ドーンと開いた大きな穴だ。

「あの……どこへ行けば……」

「アナタを呼んでいるわ」

「だ、誰が」

「わたしは、この泉から”読者の世界”と”絵本の世界”をつなぐだけの仕事をここでしているだけなの。だから、わからないわ。ごめんなさい。行って、自分で聞いてくれる?」

 言い終わるやいなや、女神さまはすずの背中を穴に向かって、ポンとおした。

「い、今、なんて……ってか、ひゃあああああーっ!」


 これじゃあ、あたし……本当にふしぎの国のアリスみたいだよ。

 落ちながら、すずはそう思った。

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