春の陽気に誘われてでも良いから
芝生の庭が緑に染まりはじめている。
近所の猫が通り過ぎていくのを横目に、ベンチに座り、ひざの上のラジオをつけた。
国営放送にチャンネルを合わせると、春の童謡が流れてくる。
それは陽気な空気による穏やかな気分によく似合った。
「娘よ。また、そんなヒラヒラしたものを履いているのか」
くちばしからため息を漏らす黒羽の鳥人は、長い付き合いになる同居人の女子高生のためにフリースの膝掛けを用意してきた。
ラジオを乗せながら、器用に足をぱたぱたと揺らしている彼女の無防備な丸い膝に、ふわりとそれをかけてやる。
「いやいや、スカートだってば。いい加減、覚えたら? レイヴン。てかさ、いいじゃんか。今日、あったかいよ?」
「夕方になれば、風が出てくるぞ」
「なんでそんなの、わかるの」
「長年生きていれば、わかるものだ」
「マジ? レイヴン、年いくつ?」
いつの間にか、春の動揺はクラシック音楽に変わっていた。
妙に緊張感を帯びた、生真面目そうな音楽家の旋律だ。
「そんなことは、知らなくてよい」
「そんなに言うならさあ、隣に座れば?」
「……なぜ?」
「レイヴンってさ、実はコートより、あったかいじゃん。ヘタすりゃ、ホッカイロよりあったかいよ? 羽毛、サイコー!」
「そんな理由か。くだらん」
「あれー? どんな理由ならイイワケ?」
急にその瞳をいやらしく細め、年頃の女子高生が鳥人の涼やかな顔をのぞきこんだ。ほとんど化粧っ気のない、きめ細やかな白い肌。赤く色づいた、くちびる。
普段はクールな鳥人だが、その予測の取れない少女の行動には、いつも悪戦苦闘する。
沈着冷静な表情を必死に装いながら、レイヴンは答えた。
「娘よ。私は、この羽をモノのように扱う、その物言いに苦言を呈しているのだ」
「何、小難しいコト言ってんの? はーい、おいでー」
「まったく……」
漆黒のクチバシから、ため息がもれた。
しかし、今度はさっきとはちがう色を帯びている。
桜も咲かない、弥生の中旬だった。しかし、桜のつぼみはしっかりと、ふくらみ始めている。
黒羽の鳥人の羽は、美しく陽光に照らされ、まるで布団を干した後のような心地よさだった。
「夏はさあ、レイヴンってマジ暑苦しいじゃん? 羽とか! でも、それで近づきたくない、って言ったらレイヴンすねるしさあ。だから、今のうちにベタベタしといてあげるからね!」
「あ、ああ……」
それは、優しさと受け取っていいのだろうか、娘よ。
真面目なレイヴンは一晩、その鳥頭を抱えるのだった。
了
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